<5話> 私の天敵【瑠奈side】
「ちょっと、何してるんですか!?」
私は思わず、大きめの声を出していた。
悪びれる様子もなく――和香様が、私のメイクキープミストを使っていたから。
「声が大きいわよ。ちょっと借りただけじゃない?」
「借りたって……」
「検討している企画がメイクアップなのよ。このミスト、新作でしょう?レコメンドアイテムとして紹介しようかと思っててね。でも、使用感はきちんと確かめないとダメでしょう?」
「だからって、勝手に私の許可なく使うなんて……」
「ろくに仕事で成果も出せていないんだから、これくらい協力してもらわないと。あなたのデスク、無駄にメイクアイテムが多いじゃない?実物の商品を購入する予算が削れていいでしょう?」
和香様は「これ、ありがと」と、あっけらかんとした態度でデスクに戻っていった。
私はその背中をじっとりと睨みつけた。
このアイテムたちは、プライベート用のもの。仕事用じゃない。
それに――仕事を理由に言い訳をしていたけれど、ただ自分が使ってみたかっただけだろう。和香様はそういう人だ。
「ほんと最悪……」
私は迷わず、勝手に使われたメイクキープミストをゴミ箱に捨てた。
「おいおい。まだ残ってるんだろ?」
隣の席の輝弥が小声で話しかけてきた。
「だって、あの女の指紋ついたし」
「あのさ、言いにくいんだけど……他のメイク道具も触ってたぞ?」
「はぁ?ありえないんだけど!」
「まぁ……許可なくってのは良くないけど……副編集長が言うように、瑠奈はメイク道具たくさん持ってるんだし。うちは美容企画も多いわけなんだから、協力したら…」
「あんたさ、私じゃなくてあの女の肩を持つわけ?」
「別に……そういうわけじゃないけどさ……」
輝弥が言葉を濁したところで――。
「伊田くん。ちょっと来てくれる?」
和香様が輝弥を呼んだ。
輝弥は「はい!」と明るく返事をすると、そそくさと和香様のほうへ向かった。
私はその背中をじっと見つめた。
輝弥は、あの女のヤバさをまったくわかっていない。
あの女の肩を持っているようでは、たぶんいつか――痛い目を見る。
和香様は、わかりやすく女を売りにする。
あの人の女売りに、需要なんてあるはずがないんだけど。
それでも、女であることを武器にしようとする。
その最大の強みは――豊満な胸。たぶんFかGカップ。
こればかりは、どうしたって自分は勝てないし、正直、羨ましくもあるのだけど。
彼女は惜しげもなくアピールするかのごとく、いつも胸元のざっくり開いたタイトなワンピースを着る。
そして、そのワンピースには太もも裏まで大胆にスリットが入っている。
別に特別スタイルがいいわけではないけど――程よくふくよかで筋肉質な、メリハリのあるボディライン。
男性が好みそうな体つきだ。
メイクにも抜かりはない。
ハイライトを入れ、涙袋を作り、アイシャドウを複数色使い――そして、深紅のリップで強烈に口元をアピールする。
彼女は私に対抗心を抱いているようで、毎日のようにつっかかってくるけど――45歳の和香様が、22歳の私に全面から女として勝負を挑んでも勝てるはずがない。
でも、その負けん気の強さと、女としての自信には恐れ入る。
そんな勝気な女だからこそ――絶対に地雷だと私は思う。
――ああ、ほら。言わんこっちゃない!
和香様の左手が、輝弥の右ひじの辺りに触れた。
そして、輝弥の腕を何度も行ったり来たりとなでている。
今日も、輝弥は意味不明なボディタッチの餌食だ。
ふと――和香様がこちらに視線を向けたので、目が合った。
彼女は、右頬だけ軽く口角を上げ、私を蔑むような表情を一瞬浮かべた。
そして、再び輝弥に視線を戻し、上目遣いで女の顔に戻った。
「何なの、あの女……」
心の声が思わず漏れてしまい、正面の席の志桜里に「ちょっと、ちょっと」といなされる。
「瑠奈はいちいち気にしすぎ!仕事に没頭して忘れよ?ね?」
「仕事に没頭って……自分たちがやりたい企画もできないのに?」
志桜里は一瞬、口をつぐんだ。
でも、「……雑誌の記事をWeb転載する業務があるでしょ?」と私を諭すように言った。
「Web転載ねぇ……」
Web編集部は『Dating for web』という、雑誌『Dating』のWeb版のオウンドメディアの運用をするのがミッション。だから、雑誌のWeb転載記事は、私たちのメイン業務だ。
だけど――。
――所詮、雑誌編集部の記事の丸パクリじゃん……。
心の中で毒を吐く。
さすがに……志桜里には言えない。
彼女は、仕事に対する熱量と責任感が人一倍強い。
私とは違う。
この会社に入ったのだって、大層な理由があったわけじゃない。
ただ、「編集部で働くOL」という華やかな肩書が欲しかっただけ。
でも、実際に入ってみると、仕事も地味だし、和香様にも目をつけられ、窮屈さで押しつぶされそうだ。
「瑠奈はさ……」
改めて、志桜里のほうに目線をやった。
「どんな企画をやってみたいの?」
「……」
私たちはまだ新卒だし、和香様もいる。
私は志桜里のように、どんどん企画案がひらめくわけでもない。
だから、考えることすら諦めていた。
「……考えたことなかったかも」
「じゃあ、瑠奈がシンプルに好きなことって何?」
「美容、ファッション、それからSNS……かな」
「SNSって、今も自分のアカウントやってるの?」
「うん。会社にも許可とって、インフルエンサーっぽいことしてる」
「瑠奈はさ、どうしてSNSやってるの?」
「え……?そんな大した理由はないよ。みんな当たり前に入れるでしょ?」
「私入れてないし!なんでみんなSNSやるのかなって」
「うーん。友達の近況知りたいとか、好きなものでつながりたいとか……あとは、承認欲求を満たしたいとか……」
――承認欲求か……。
私は、ふいに和香様のほうに視線を向ける。
彼女はまだ、輝弥をその場に引き留めていた。
編集長もその輪に加わり、和香様はふたりの男に囲まれて、楽しそうに笑った。
その瞬間――ひらめいた。
「そうか!その手があったか!」
「え?何?いい企画でもひらめいたの?」
「志桜里、ちょっと来て」
志桜里は「デスクじゃダメなの?」と言い、困惑している。
私は志桜里の腕を引っ張り、オフィスの給湯室の死角へと連れ込んだ。
そして、周りに誰もいないことを確認して、小声で伝えた。
「SNSだよ。志桜里」
「……え?」
「あの承認欲求の塊みたいな女、SNSをやってないわけないじゃない?」
「……和香様のこと?」
「そう。SNSって良くも悪くも本音のはけ口になるから、絶対に糸口があると思うの――あの女を追放するための」
志桜里は苦笑いを浮かべた。
「……仕事のことじゃないのね」
たぶん――志桜里は、私が仕事に対するモチベーションを失いかけていることに気づいてる。だからこそ、私が好きなことを探って、なんとか仕事に対する意欲を高めようとしてくれたんだと思う。
その気持ちに応えられなくて、真面目な志桜里には申し訳ないけれど――良くも悪くも、私のモチベーションは爆上がりだ。
「絶対、和香様のSNSアカウントを見つけ出してやるんだから……」
私はこの会社に来てから失いかけていた、自分の中に渦巻くめらめらとしたものが再燃しているのを自覚した。
6話は7/22(木)に更新予定です!お楽しみに♪
【お詫び】
内容が一部重複している部分がありましたので、修正しています。




