<4話> 外崎和香という女【志桜里side】
「外崎さん、おはようございます!」
編集長は立ち上がり、軽く会釈をしながら和香様に挨拶をした。
「裕也くん、おはよう」
和香様は軽く右手を上げ、編集長に向かってにこやかに笑いかけた。
椅子に座ると――腕を組んで、私に向かってこう言った。
「編集長の言った通り。納得した?」
――何もわかってないくせに。
だったら、私にそう指導すればいい。
今まで何ひとつまともなアドバイスもしなかったくせに、わかったような口を利かないでほしい。
何か反論してやりたいが――編集長が言う『安定してマネタイズできるスキームがない』というのは、その通りで……Web編集部の大きな課題だ。
予算の見直しが必要、という点には納得していたので何も言い返せない。
かといって、和香様の言葉に「はい」と屈するのも癪だ。
「……」
私は口を閉ざした。
すると、和香様は畳みかけるように私に言葉を浴びせた。
「あなた、大学時代に『Twinkle』の雑誌編集部でインターンしていたらしいわね?あの雑誌、部数も1万部を切ってオワコンって話じゃないの?そんな売れてない会社で、雑誌編集をちょっとかじったごときで、敏腕編集者にでもなったつもり?」
ぎゅっと拳を握った。
私が雑誌編集を志すきっかけをくれた、大切な雑誌だ。
「オワコン」という言葉に血が上った。
私はいくら蔑まれたっていい。
だけど、『Twinkle』の編集部のことを悪く言うのは我慢ならない。
どれだけの熱量で、あの雑誌を作り上げてきたかも知らないくせに。
「あの、お言葉ですが…」
「裕也くん」
和香様は私の言葉にかぶせるように、編集長の名を呼んだ。
「そんなもの読む暇があるなら、早く来週の撮影の香盤表を作ってちょうだい?」
「はい。すぐに……」
編集長は私の企画書を隅に追いやった。
和香様は、その企画書をおもむろに手に取る。
そして――。
「井坂さん」
優花を呼んだ。
彼女は急ぎ足でこちらに向かって来た。
「この企画書、シュレッダーにかけといてくれる?」
優花はちらっと私のほうを見た後――うつむき加減になりながらも、小声で「……はい」とそれを手に取った。
「あなたが作った無意味な企画書は全部、あなたの同期の井坂さんがシュレッダーにかけてくれてるのよ?彼女の仕事を増やしてどうするの?」
唇を噛む。
悔しい。
「……申し訳……ありませんでした……」
優花の仕事を増やしてしまっていたのが自分だったとは――不覚だった。
自席に戻る途中――優花に「ごめんね」と声をかけた。
すると、「全然大丈夫だよ!気にしないで」と笑顔で応じてくれた。
そう――優花は誰よりも優しい。
どんな些細な仕事でも嫌な顔をせず、引き受けてくれる。
でも、その優しさがこの部署では仇となっている。
私は知ってる。
彼女が――和香様だけでなく他の部署の人からも陰で「雑用係」と呼ばれていることを。そして、今では他部署からの雑務まで押し付けられているということを。
さりげなく「仕事手伝うよ」と、何度となく声をかけた。
でも、責任感からなのか、「全然大丈夫だよ」とひとりで背負い込んでしまっている。
すべての発端こそ――あの女だ。
優花のことを「雑用係だ」と吹聴し、他部署からの雑務も進んで引き受けては、優花に押し付けている。
キッと、和香様のデスクのほうを睨んだ。
編集長は今日も、へこへこしながら和香様にこびへつらっている。
みんなそうだ。誰も彼女に逆らえない。
なぜなら、外崎和香は――このエンゲージグループの創業者であり代表取締役会長の外崎 敦夫の次女だから。
和香様がエンゲージグループに入社したのは、25年前。
当時は、婚活相談・イベント事業が軌道に乗り始め、ファッション、ウェディングと事業を拡大させていた時期だったらしいが、出版事業には参入していなかったそう。
そんな折、「雑誌を作りたい」と会長に直訴した張本人こそ、和香様だったという。
和香様が自分の武勇伝として、新卒の私たちによく言い聞かせてくる。
「私のおかげで『Dating』が誕生したのだ」と。
正直――会長の娘だから直訴できたわけで、彼女の武勇伝にはまったく凄みを感じない。
それに、「私が会社のルール」とでも言わんばかりに自己中心的で、わがままな和香様だ。他の編集部員たちと上手くやれていたなんて到底考えられない。
当時のことはよくわからないけれど――『Dating』を立ち上げたのは和香様でも、たぶん、雑誌を成長させたのは別の編集部員たちの努力あってのことだろうと思う。
雑誌編集部の島をチラッと見る。
みな今日も、どこかに電話をかけたり、小道具を準備したり、編集部員同士で意見を交わしたりと、忙しなく動き回っている。
デスクにへばりついて仕事をするWeb編集部とは、まったく違う。
そして、生き生きと働く雑誌編集者たちの中には――新卒として同期入社したメンバーが何人も含まれている。
出版社でのインターン経験がある人もいれば、ない人もいる。
経験がある人のほうが、圧倒的に即戦力になるのに。
どうして、自分はあちら側にいないのだろうか――。
私はふいにハッとする。
――いかん、いかん……。
卑屈になってはいけない。
今後、雑誌編集部に異動できる可能性だって十分にある。
Web編集部という与えられた環境で、いい企画をたくさん上げて、結果を出す。
そうすればきっと、雑誌編集部のほうから「欲しい人材」として名前を挙げてもらえるかもしれない。
私は、パソコンに向き直った。
直後に――突然、大きめの声がWeb編集部のフロアに響いた。
「ちょっと、何してるんですか!?」
何事かと思い、視線を上げると――声の主は瑠奈だった。
瑠奈は、食ってかかるような勢いで和香様に迫っていた。
瑠奈と和香様は犬猿の仲。
言い合いをするのは日常茶飯事だ。
でも、今日の瑠奈はいつにも増してお冠な様子。
何があったんだろう――?




