<2話> 第1回 追放会議 後編【志桜里side】
「私は……容姿に対するヘイト」
顔を上げると――瑠奈が、怒りをはらんだ険しい表情を浮かべていた。
「今日も『あなた整形顔ね?』って言われた。それから、『チークが濃すぎる』だとか『ネイルが派手すぎる』だとか『スカートが短すぎる』だとか。この会社って“服装・ネイル自由”でしょ?学校の風紀委員長かよって」
瑠奈は大学時代、インフルエンサーとして活動していた。
SNSのフォロワー数は約7万人。
入社式の日から、男性社員たちの視線を集めていた。
「女としてだけじゃなくて、お金でもマウントとろうとするんだよね。『それ、安っぽいブランドのピアスね』とか言って。あんたには関係ないじゃんっての!ほんとウザイ」
心底憎んでいるのだろう。
その表情は、明らかに歪んでいた。
「私は、志桜里の提案に全面的に賛成だから。協力するよ」
「……そう。ありがとう」
瑠奈は不敵な笑みを浮かべた。
「志桜里」
輝弥が口を開いた。
「俺は……この会社に恩があるし、退職は絶対したくない。だけど……志桜里が覚悟を持って本気で職場を変えたいと思ってることは……わかってる。だから……和香様への不満くらいなら話すよ。でも、絶対口外しないでほしい」
「……わかった」
輝弥は沈黙した。
やはり抵抗があるのか、口が重い。
「俺は……」
「セクハラでしょ?」
瑠奈が口を挟んだ。
「おまえさ……」
「事実でしょ?」
「……そうだよ」
輝弥は投げやりな様子で話し出した。
「でも、そんな大げさな感じじゃないよ?肩を触られたり、話す時の距離感がちょっと近いかなと思うくらいだから。ま、ボディタッチくらいさ、日常的になくはないじゃん?」
「いや、あれは完全にあんたのこと狙ってるよ?今日もご自慢の胸、押し付けられてたじゃん?」
「……勢いあまってちょっと触れただけかもしれないだろ?」
「そうは見えなかったけど?」
瑠奈はわりと真面目な表情で輝弥に釘を刺した。
「抵抗せず受け入れ続けたら……絶対エスカレートするよ?」
その言葉に――輝弥は下を向いた。
「……今はさ、席も遠いから。なんとかうまく距離を取るようにするよ……」
輝弥は、はーとため息をついた。
「……優花はどうかな?」
優花に話を振ると、彼女は身体をびくっとさせた。
「私は……」
そこから言葉が続かず、口をつぐんだ。
私はそんな優花の背中をさすった。
「大丈夫だよ。言いたくなかったら、無理にとは言わないからさ」
しばらくして――優花は「ありがとう。大丈夫」と言った。
そして、ぽつりぽつりと話し始めた。
「私は……志桜里と似ていて、人格否定とかパワハラっぽい言動がきついなって思ってる。それと、私は志桜里みたいに……自分の意見を和香様にはっきり言えないから……雑用を押し付けられて、仕事が全然回らないのも困ってる」
「優花、誰よりも早く出社して誰よりも遅く退勤してるよね?」
「……うん。朝は6時半には出社して、夜は21時半過ぎとかまでかな」
瑠奈は目を丸くした。
「なんでそんな朝早いの?9時定時の1分前に出社すればいいのに」
「おまえは、出社がギリギリすぎるんだよ」
「女の子は準備が大変なんです~」
輝弥と瑠奈の言い合いがヒートアップする前に、私は「まあまあ」と仲裁に入った。
「朝は……和香様のコーヒーを買いに行ったり、和香様のデスクを掃除したり、書類整理したり、観葉植物に水をあげたり。それから……和香様から頼まれた仕事を処理してる」
「頼まれる仕事って……具体的には?」
「和香様の出張の経費精算とか、請求書の対応とか。細かい雑務が多いかな……まあ、でもさ……私たち新卒だし……先輩と比べたらできる仕事って少ないわけで……まずは頼まれ事を精一杯やって、部署の役に立てることを……」
「でも、雑務のせいで自分の仕事に手が回らないって本末転倒じゃない?」
瑠奈の言葉に、優花は下を向いた。
「新卒だから暇だとか、雑誌編集部よりWeb編集部のほうが楽だとか、みんな言うけど。逆だしって感じ。新卒だから覚えることも多くて大変だし、Web編集部には、雑誌とは違う忙しさがある。新卒だから、自分を犠牲にしてまで上司に言われたらなんでもかんでもやるって、私は納得できない」
瑠奈の言い分も、優花の言い分も、たぶんどちらも間違ってはいない。
まさにこの言い分の違いこそ――「新卒の私たちが和香様をこの会社から追放すること」の最大の難しさの本質だろう。
私たちは社会人デビューして、まだ1か月半。
厳しく指導されること、雑用を頼まれること、提案を突っぱねられること、なんて当たり前。
パワハラ、セクハラに対する世間的な風当たりは強くなっているものの「新卒だから我慢しないと」と言われればそれまでだ。
和香様の私たちに対する言動のラインもかなり微妙なところ。
人事に相談する、労基に通報する、といった行動に出るには、もう少し様子を見たほうが良いのかもしれない。
だけど――入社2年目以降のWeb編集部の先輩を見ていて思う。
この部署に、明るい未来など絶対にやって来ない、と――。
先輩たちにはまったく覇気がない。
仕事だって、自分の企画を提案して積極的に動くのではなく、編集長、副編集長の言いなり。ふたりの顔色ばかり窺っている。
何かを変えなくてはいけないのは、間違いないのだが――。
「……みんな、ありがとう。いろいろ話を聞けて良かった。とりあえず、何か具体的に行動するとかはまだ考えてない。だけど、何かを変える必要はあると思ってる。だから……もし可能なら――和香様からの被害を証拠として残しておいてほしいの」
私の言葉を聞き――輝弥と優花は下を向いた。
「……ごめん。俺……それはできない」
「……私も」
「うん。わかった。無理にとは言わない。だけど、今日話したことを――頭の片隅にでも置いておいてほしい」
「「……わかった」」
ふたりは伏し目がちながらも、きちんと応えてくれた。
「私はもちろん、協力する」
ふたりとは対照的に、力強い眼差しを向けていたのが――瑠奈だ。
「まあ、証拠っていっても、言われたことをメモしたり録音しとく、とかくらいしかできないけど」
「うん。それで十分。ありがとう」
瑠奈は「OK」とだけ言って、にやりと笑った。
「それじゃ、今日はここまでにするね。みんな、遅い時間にありがとう」
こうして――第1回目の追放会議はお開きとなった。




