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<1話> 第1回 追放会議 前編【志桜里side】

 私――多部 志桜里(たべしおり)は、ちらっと腕時計を確認する。


 時刻は、19時59分。


 パソコンを持ち、自席から立ち上がった。

 そして、周りを見渡す。


 Web編集部の島には、誰ひとりとして編集部員がいない。

 でも、隣の島――雑誌の編集部のデスクには、まだちらほらと人が残っていた。


 その様子を数秒間、目に焼き付けるように見つめてから――歩き出した。



 カツカツカツ。



 6cmヒールの靴が軽快に音を鳴らす。


 きっと、時計の秒針があと1周回ったら――今見えている景色が180度変わる。


 そう信じている。



 カツカツカツ。



「多部さん?」



 ふいに呼び止められた。

 たしか――人事部の羽田(はた)さんだ。


「羽田さん、お疲れさまです」

「これから会議?」

「はい」

「ずいぶん、遅いね……新卒はやること多いだろうけど、頑張りすぎないようにね?」


 私は「ありがとうございます」と伝え、深く頭を下げた。

 頭を上げると――羽田さんの背中はずいぶん遠くなっていた。


 彼は考えもしていないだろう。


 私がこれから――謀反を企てようとしていることを。


 いや、この会社の誰ひとりとして想像すらしていないはずだ。


 羽田さんの背中が見えなくなったのを確認して――目的の会議室に向かって、歩みを進めた。


 これから先、何が起こるかは――私も予想がつかない。

 最悪の場合、異動、もしくは退職しなくてはならなくなるかもしれない。


 でも、自分の行いは、絶対に間違ってなどいない。

 最後まであがいてやる。


 時刻は、20時ジャスト。


 私はためらいなく、会議室のドアを開けた――。



「「「お疲れ」」」



 3人の声が同時に重なった。


「お疲れ。みんな今日は集まってくれてありがと」

「志桜里さ~業務時間内に会議設定できなかったわけ?」


 不満げな声を上げたのは――瑠奈(るな)だ。

 彼女は私と目線も合わせず、自爪に集中している。


「ネイル、浮いてきちゃったから、今日お店行きたかったのに……」


 やっと私に視線を向けた瑠奈は、ふてくされた表情を浮かべていた。


「ごめんね。業務時間内だと、ちょっと話しにくい内容だったからさ」


「手短に頼むよ。俺も早めに帰りたいからさ」


 輝弥(てるや)もあまり乗り気ではなさそうだ。


「あんたはさ、予定があるんじゃなくて、彼女が待ってる家に早く帰りたいだけでしょ?」

「それの何が悪いんだよ?ネイルなんていつだっていいだろ?」


 瑠奈と輝弥の言い合いはいつものことだ。


「ごめん、ごめん。すぐ終わらせるからさ」


 私は、空いていた優花(ゆうか)の隣の席に座った。


「それで、相談って何?私、何もディスカッションとかの準備してないよ……?」


 優花は不安げな面持ちを浮かべている。


「曖昧な会議設定にしてごめんね。

 今日集まってもらった理由は……和香(わか)様についてなの」


 “和香様”という言葉を聞いた3人の表情は、一瞬にして変わった。


「和香様についてってどういうこと?」


 瑠奈が眉間にシワを寄せながら問いかけてきた。


 私はふーっとひと息ついて、気持ちを落ち着かせた。



「今日、私がみんなに提案したい議題は――

 この会社から和香様を追放する方法を考えたいってことなの」



 一瞬、シーンと会議室が静寂に包まれた。


 その後――3人が浮かべた表情は、それぞれまったく異なるものだった。



 もっとも食いつきが良かったのが――他でもない、瑠奈だった。


「何それ。最高すぎ」


 瑠奈はふっと不敵な笑みを浮かべた。


「ずっと思ってたんだよね。あんな女……いなくなればいいって」


 その言葉を機に、会議室には一段と重い沈黙が流れた。


 誰も同意もしなければ、否定もしない。

 みな、おのおのが心の中で思っていたことだけど、簡単に口に出すことが許されない言葉だったから――。


「俺は……ごめんだけど、賛成はできないかな」

「え?なんで?輝弥だって、あの女に思うことあるでしょ?」


 瑠奈が食い気味に噛みつく。


「……まあ、そうだけどさ……新卒の俺たちに何ができるっていうんだよ。相手は勤続25年の大ベテラン。誰も逆らえないお局様だぞ?」


 輝弥の言うことは正しい。


「……ごめん。私も賛成できない」


 小さな声で、優花も輝弥に同意した。


「優花まで?一番の被害者は優花じゃない?ムカつかないの?あの女に」


 瑠奈は不満げだ。


「……もちろん、思うことはたくさんあるよ?だけど……追放するとかは……」


 優花は口をつぐんだ。


「はじめから……3人が全員賛同してくれるだろうとは思ってない。和香様に歯向かうということは……異動や退職の可能性があるってことだし。私たちは新卒。まだ入社して、1か月半しか経ってない。リスクが大きすぎる」


 それをわかったうえで――私は今の現状を何とかして変えたいのだ。


「だからまず、みんなの被害状況をヒアリングするところから始めようと思って。今日、みんなを呼んだの」


 再び――会議室に沈黙が流れた。

 お互いの様子をちらちら伺いながら、誰も何も言わない。


「じゃあ……発起人の私から共有がてら話すね」


 私はひと息ついた。



「まあ、3人はなんとなくわかってると思うけど。私は、和香様に目をつけられているからか、企画を徹底して通してもらえないことに不満がある。この1か月くらいで、たぶん、30案以上は出した。でも、ひとつも通らない。内容もろくに読まず、理由もなくボツにされた。


 あとは、私の人格に対するヘイト。一般的な会社なら、一発パワハラ追放レベルのね」



 そう、あの女――私たちが所属するWeb編集部の副編集長の座に君臨する外崎和香(とのざきわか)。私たちは、その女王様っぷりから彼女を和香様と呼ぶ。



 彼女は――私の最大の天敵だ。



 今朝も、新たな企画案を提出したけれど――内容も見ずに、目の前でゴミ箱へ捨てられた。


 そして、あの女は言った。


「しつこい女はモテないわよ?」


 あの、人を小馬鹿にしたような態度。

 少したるんだ目元、シミを隠そうと塗りたくられた濃いファンデーション、不似合いな真っ赤なリップ――あの女の顔のパーツ一つひとつが癪に障る。



 ――絶対に、今のポジションから引きずりおろしてやる。



 ぎゅっと拳を握った。


 3人は――そんな私の様子を見つめながらも、依然としてだんまりを決め込んでいた。


「自分のためだけじゃない。みんなも――和香様からいろんな被害を受けてること、私は知ってる。なんとかして、働く環境を良くしたいの。だから……協力してほしい」


「お願い」と、深く頭を下げた。

第1話をお読みいただきありがとうございます!

本作に期待頂けそうであれば「★★★★★」やリアクションいただけると嬉しいです♪

それでは引き続きお楽しみください!


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