32.魔法使いの反省
「あの……エリアス、怒って………ます?」
ギルバート王子を背負って歩くエリアスに、私は恐る恐る問いかける。
気を失ったギルバート王子に一先ず治癒魔法をかけたものの、夜で身体も冷えてきていたから宿へ移動することになった。細身のセシル王子にも貧弱な私にもギルバート王子の鍛え抜かれた身体を運ぶことは難しく、エリアスが軽々と背負ってくれている。けれど、………………エリアスの態度が、ちょっと怖い。
見事に無言だった時からおかしいとは思った。こうして夜道を歩く間も一度も私に話し掛けるどころか目も合わせてくれない。
セシル王子も明らかに気まずそうに私とエリアスを見比べているし、エリアスが不機嫌なら間違い無くその原因は私にある。
まだ王子二人も見つかっていないのにここで諍いは困る。なにより、今すぐエリアスが機嫌を直してくれないと困る理由がある。
エリアスが、治癒魔法をかけさせてくれない。
「ねぇ、一度立ち止まって治癒魔法だけでもかけよう?傷、痛むでしょ?」
私が自分に治癒魔法をかけた時、一緒に効果を受けたものの、エリアスの怪我は私の比じゃない。ギルバート王子を引き付ける役を買って出てくれたのだから。
沼中での全身煮沸の火傷は癒えたけれど、深手の怪我は血が止まっただけで明らかに残っていた。
ギルバート王子に治癒魔法をかけた時も、エリアスへ勝手に治癒魔法をかけようとした時も、まさかのひと跳ねで逃げられた。ギルバート王子の炎とまさかの同じ扱いだ。
まるで猫を風呂にいれた後のように背中で不機嫌を示すエリアスに、反応だけでももらおうと裾に手を伸ばせばあっさり振り払われた。
まだ知り合って期間も短い私にはどうすれば良いかもわからず、隣を歩くセシル王子へ「どうしましょう……?」と小声で助けを求める。セシル王子も変わらず困り顔のままではあるものの、そっと耳打ちできる距離まで近付いてきてくれた。
「……兄上のあそこまで不機嫌な姿を見るのは、戦から帰還してこられた時以来だぞ」
「やっぱり怒ってるんですね?」
「きっと君があまりに無茶をしたからだ……ちゃんと謝った方が良い」
ええええええぇぇぇ………。セシル王子からの助言に、口が開いたまま引き攣った。まさかの戦争帰りレベルの不機嫌じゃ私にはどうしようもないんじゃないかと思う。しかもセシル王子やギルバート王子を危険に晒して怒るならまだわかるけど、私の無茶でそこまで怒る???
けれどぽっと出の私よりセシル王子の方がエリアスに詳しいのは間違い無い。
謝る……謝る………と、謝る方法を考えながらまたエリアスの背中を目で追った。背中にもはっきりと火傷の痕があるエリアスに今すぐ治癒魔法をかけたいけれど、それをしたらむしろ身体を酷使してでも避けるともう知っている。
謝るだけならいくらでもできるけど、正直今回のことで私がエリアスに謝る要因が「私が無茶した」一点については納得できない。エリアスの大事なギルバート王子は無事精霊堕ちから脱却したし、王子達を精霊堕ちから戻すのは私の役目だとエリアスにも話したしその為に協力してもらっている。どっちかというと、エリアスに単身でギルバート王子を任せたり事前説明無しで強制熱湯風呂させたことの方なら今すぐ素直に謝れた。
そう考えている間に、宿に着いてしまう。
ギルバート王子の分も部屋を借りようかとも話したけれど、セシル王子が自分のベッドで看病するといってくれた。治癒魔法もかけた後だし大丈夫とは思うけれど、気を失った弟を前にきっとセシル王子も傍にいた方が安心するのだろう。
「私はギルを看ています。目を覚ましたらまた兄上を襲わないとも限らないので、兄上は自室で休んでください」
「ギルバート王子の看病なら私もお付き合いし」
「スロース。君は兄上を頼んだ。治癒魔法もまだだったな?」
ガシリ、と両肩を押さえつけるかのように掴まれた。セシル王子にしてはなかなかの力強さと、柔らかい言い方に反して目が真剣だった。今までになく顔を近づけられながら、乙女ゲームのようなときめき皆無の圧をひしひしと感じ取る。断言できる、これは恋愛イベントじゃない。弟達に本気で言うこと聞かせる時と同じ釘刺しだ。
つまりはエリアスと仲直りして治癒魔法もかけて来いという意味だろう。セシル王子としてもエリアスをあの怪我のままにしておけないのもあるし、単純に仲違いも見逃せないのもきっとある。流石は長年長男の代わりに問題児王子達をまとめ上げてきたお兄さんなだけはある。
はい……と擦れた声の代わりに頷きでしっかり答えれば、私の倍強い頷きで返された。ベッドに寝かされたギルバート王子を見つめるエリアスの横顔をちらりと確認した後、再び耳元に顔を近づけられた。
「……私もあの無茶は、胃も胸も痛んだ。兄上の人間関係の希薄さは君も聞いただろ?お願いだからギルが目覚める前にちゃんと仲直りしてくれ……!」
「はい……」
本当にすみませんと、言いながら今も私に囁きながら胃を抑えるセシル王子に凄まじく肩が丸まった。兄弟至上主義のエリアスはともかく常に人に気を遣うセシル王子にまで胃を痛めさせたのは流石に申し訳なさが勝った。
セシル王子に促されつつ扉を開けられれば、エリアスも素直に部屋を出た。私もその背中にくっつくように歩きながら、まっすぐにエリアスの部屋までついていく。
意外にも、部屋の前で閉め出されることもなかった。私が入れるように扉も開けたまま部屋に入るエリアスは、それでもやっぱり背中を向けたまま何も言わない。どこに腰を落ち着けるわけでもなく、立ち止まったまま動かない。
敢えて視界の入る場所にはいるけれど、口を利かない。まるで子どもの喧嘩だ。
「エリアス……?あの、無茶してごめん。ギルバート王子にもう一度浄化魔法をかけるにはアレしかなくて……」
「お前は私ほど丈夫ではないだろう」
ぼそりと呟きに似た小ささだったけれど、ようやく返事がきた。普段の上機嫌の言い方と違ってむくれた声だ。エリアスがこんな声を出すとは思わなかった。
丈夫じゃない、と言われればその通りだ。エリアスより丈夫な人間なんてきっといない。実際、あの熱湯は危険だとわかっていたからセシル王子にはあくまで空間魔法だけで外に待機してもらった。
浄化の光から、沼が沸騰し始めたのを気付いて急ぎ魔法を解いてくれたらしい。相変わらずセシル王子の判断力には頭が下がる。
「その通りだけど、仕方なかったんだよ。私は国王陛下にギルバート王子達全員を浄化すると約束したし、エリアスだってギルバート王子を元に戻したかったでしょ」
「酷い火傷だったんだぞ……!」
背中を向けたまま発せられた、怒鳴ったかと思うほど空気を震わす声だった。
一瞬肩が揺れてしまったけれど、すぐに首を捻る。命に換えても王子達を連れ戻すと私は決めている。国王陛下も同じことを期待してるはずだ。確かに盛大に火傷はしたけれど、第一王子のエリアスの方が大ごとだ。私は魔法でこの通り完治したし、火傷や怪我も今回が初めてではない。それを言うならギルバート王子が攻撃を途中で打ち消していなかったら怪我どころか死んでいるし、火傷なんて些細なものだ。
「私には魔法もあるし……」
「死ねばかけられんだろう!それに!最後のギルバートの攻撃など間違ったら死んでいる!!」
「……。あの、まさか。…………心配、してくれて……?」
「ッ他に何がある!!!?」
私を、と。そう続ける間もない即答で、エリアスが初めて振り返った。
風を切る速さでこちらに向けた顔が戦闘中にさえ見なかった険しさで、眉が狭まり生乾きの髪を振り乱し叫んだ後の口を食い縛った。肩まで必要以上に強張るエリアスに言葉をなくす。
まさか、この人にそんなこと言われるとは思わなかった。
だって、とあまりにもの言葉を一度は言葉にしかけて飲み込んだ。だって、……山賊の被害者を見殺しにするような人が私の心配をするなんて。セシル王子の時もハリー公爵と険悪になるほどで、過去の人間関係の希薄さも全てが全て語れば語るほど騒然とさせた人が、ギルバート王子の為の行動で私を心配するなんて思わなかった。
まさかの、つい数時間前と立場が完全に逆転して私が怒られる。
顔中の筋肉を全てを中央に寄せ真っ赤にするエリアスは正真正銘本気で怒っている。茫然としてしまう間も、食いしばった歯から鋭い息音を放つ彼をただただ見つめ返してしまう。
「お前も私のように丈夫ではない!簡単なことで死ぬのだと!お前もギルバートと戦場を経験したことがあるならば分かる筈だろう!!」
「ご、……申し訳ありません、でした……」
あまりの剣幕に押され、気安い謝罪すら言えなくなった。ぎこちなく頭を下げてしまえばまだ怒りが治らないように「ッ二度とするな!」と念を押すように荒げられた。
確かに戦場経験もあるエリアスなら、味方の死に目にも立ち会っている以上、私が死ぬのも簡単に想像できてしまっただろう。だけど、あのエリアスが私を心配するとは思わなかった。七年ともに過ごした村人さえ名残惜しさの欠片もみせなかった人なのに。
私に睨みを効かせるエリアスは、唐突に再びぐるりと背中を向けた。それから右腕で拭うような動きに……目を疑う。まさか、泣かせた?私が?!
背中を向けて、顔を見せずに顔を拭う動きだけが隠せてない彼に、恐る恐る歩み寄る。
「その、……エリアス。本当に、ごめんなさい」
もう、謝るしかできない。
まさかそこまでどころか、心配されるとも思ってなかったなんてとても言えない。よりによってエリアスがここまで動揺してくれるなんて考えもしなかった。
けれど今、こうして泣かせたのは間違いなく私だ。セシル王子を攻略するほど仲良くなれず、さらにはエリアスにも一年前の攻略どころか会ったことさえなかった自分の立場を正しく理解してなかった私に責任がある。
エリアス?と正面に乗り込まないまま彼の腕に触れれば、唐突に反対の手で私の方が裾を掴まれた。人差し指と中指だけの力でも充分な力だ。
突き飛ばされるでも弾かれるでもなく掴んでくれた手に、離されるまで私からは動かさない。まだ顔を向けてくれないエリアスに、今度こそちゃんと言葉を選ぶ。
「……治癒魔法、受けてくれる?私も、エリアスが……とても、心配だから」
「…………わかった」
顔を背けたままポトリと手を下ろし、立ち止まったまま力なく垂らす。まるで子どものような下手な謝罪とお願いに、今度はひと言で許してくれた。まだ顔を見せたくないだろう彼に、私も背中を見つめたまま治癒魔法を展開する。
今後はもっとお互い傷付かない方法を選ぼうと、心に決めた。
………思ったより、この人の心を育てるのは険しくない道のりかもしれない。
<<ご報告です!!>>
「バドいち」のコミカライズが発表されました……!
宜しければ是非。こちらでメイン二人が拝見できます!!!
https://x.com/GAComicOfficial/status/2065343639132488116?s=20
本当に、読者として楽しんでくださります皆様のお陰です。本当にありがとうございます。
心からの感謝を。




