31.魔法使いの開示
「……ロー……ス……ス!なにしてるんだスロース!」
まずい、一瞬意識飛んでた。
回復回復回復回復……と。今にも擦れ消えそうな意識の中で、自分の頭へ何度も何度も言い聞かせる。
ぼやけて狭い視界の中でよく見えないけれど、エリアスがちょっと怒った顔だと思う。
セシル王子まで駆け込んできて、二人に叫ばれながらも今は返事よりも一番に治癒魔法を自分にかける。セシル王子か様子を見て魔法を解いてくれたのか、それとも人魚の精霊が不死鳥の高熱に耐えられずに解いたのか、今は確認するすべもない。
回復、じゃなくて治癒魔法をかけないと、二人に返事もできない。
唇どころか顔全体も腫れているからか、喋りにくい。治癒魔法は詠唱無しで使えて良かったと心底思う。師匠に「舌を抜かれても良いように第一優先で」としごかれた甲斐があった。
空間魔法の中じゃ使えなかったけれど、ここなら私の魔法でも治癒できる。環境に左右されるというのは精霊魔法の欠点の一つだろう。
杖を握ったまま何倍にも腫れあがってしまったのだろう手は、私の意志関係なく杖を落とすこともなかった。全身の激痛が少しずつ魔法で回復していくのを実感しながら呼吸を整えれば、視界も広くなってきた。
ふと、エリアスの肌にも治癒魔法がかかっていることに気付けば、そういえばこの人も人間なのだと当然のことを思い出す。それでもこうして倒れている私と、元気に呼びかけてくるエリアスとの違いは純粋に鍛えられているか否かの差もあるだろう。
どちらにせよ、私の魔法で治癒が彼にもかかっている。出力馬鹿の巧妙といったところだろうか。
「すみません……ちょっと、のぼせました……」
「「それどころじゃない!!」」
ようやく舌が回るようになってから言ってみれば、まさかのエリアスとセシル王子にまで怒鳴られた。
二人とも殆ど声も揃っていたのを見ると本当にご兄弟なんだなと、どこか呑気に思う。
酷い火傷なのだぞ、全身が爛れていたとエリアスに言われつつ、セシル王子が「兄上もです!!」とエリアスに向けても怒鳴る。セシル王子に怒られたことにエリアスもちょっと片方の肩が上がって身を反らした。
セシル王子が怒鳴るほどということは、エリアスも大分無理をしていたのだろう。
私と違い、何度もギルバート王子を相手にした後だ。怪我に熱湯を浴びたと思えば、想定以上に無理をさせてしまったと今更ながらに反省する。けれど、そんなに無理した後でも兄弟でもない私を心配してくれているというのなら、また少し彼の人間らしいところを見れたと……そこまで思考が巡ったところで、ようやく完全に怪我も癒えたと自覚する。
仰向けから起き上がってみれば、べっちゃり濡れたままの服で予想以上に身体が重かった。
エリアスの方は止血と腫れが引いた程度で、まだ大きな傷が残っていることに今気付く。もう少し長めに回復魔法が必要だった。
セシル王子に背中を支えられながら、ようやく上体だけでも身を起こした。「冗談です」と自分の発言を誤魔化しながら、改めて二人と目を合わせた。
「どちらにせよもう大丈夫です。それよりギルバート王子は……」
「お前は誰だ……?」
低い震わせた声に、うわ塗られた。見れば、片膝をついてしゃがんでいたエリアスとセシルの後方で、ギルバート王子も佇んでいた。信じられないものを見るようにこちらへ目を大きく見開いて、棒立ちにも近かった。その視線の照準が私になのかエリアスになのか、セシル王子になのかも密集する今はわからない。
けれど良かった、まだ浄化されたままだ。
ギルバート王子にしては珍しい焦燥も滲んだ表情に、そういえば彼の前で回復魔法を使うのも初めてだと思い出す。ならば照準の先は私だろうか。
こんな魔法が使えれば、……使う勇気があれば、あの時ギルバート王子を精霊堕ちにすることなく死者だって出さずに済んだ。そう思い知るだけで今も胸が鋭く痛む。
セシル王子が「ギル」と片膝から腰を上げた。ここでギルバート王子を説得できるのは、信頼される兄であるセシル王子しかいない。
「………っ。……馬鹿げているッ……」
ギルバート王子は憎々しげと言えばいいのか、それとも苛立たしげと呼ぶべきか。ただただ険しい表情で、一瞬ギルバート王子が目眩のように頭を押さえ大きくグラついた。
「……スピカ」
倒れずに踏みとどまったその直後、まるで今私の存在に気がついたかのような呟きと共に眼光が明確に突き付けられた。あまりの鋭さに、思わず喉が干上がる。
ここで下手なことを言えばそれだけでまた精霊堕ちにしてしまいそうな気がすれば、たった一言すら躊躇った。
沈黙を返す私に、ギルバート王子は「……回復魔法か……」とぽつりと溢し、歯を軋ませる音を溢した。
そしてとうとうその足が踏み出される。たった一歩でさえダンッと鈍い音が鳴らされた。ギルバート王子の肩にいる蒼白の不死鳥が、同調するように羽ばたいた。
「待つんだギルバート」
前に立つセシル王子も肩を掴まれ、押しやられる。
彼の眼光に私も刺され、あまりの威圧感に思わず逃げ腰になった。まだ体力までは回復しきれてなかったようで即座に立てずにふらつく。
再び尻餅をついてしまう間に、エリアスが振り返ると同時に立ち上がり、ギルバート王子の前に阻み立ってくれた。
ドン、とエリアスがただの壁かのように肩をぶつけるギルバート王子は、至近距離のエリアスではなくまだ私だけを睨んでいる。目だけで殺せそうなほど鋭い眼光で「スピカ!!」と怒鳴られ、それだけで身が竦んだ。
「ッ何故エリアスの前に出た?貴様如きが私の魔法を防ぎきれると本気で思ったか?!!」
ヒッ!と今度は喉が鳴った。ギルバート王子の叱咤は、多分王子達の中で一番怖い。
言葉だけで上から殴られたかのように足が崩れ地面に後ろ手を付いてしまう。どこか既視感を覚える怒鳴り声に、一年前を思い出す。確か、私一人で魔獣を相手に戦おうとした時だ。
魔獣の大量発生に私も同行だけでなく少しは役立とうとした時に同じくらいギルバート王子に怒鳴られた。「勝てる確証がなければ動くな!!」と怒鳴られ、あの時からもう前には絶対出ないと決めた…………筈だった。
そうだ、わかっていた。ギルバート王子はこういう人だ。
「も、申し訳ありません……」
「思ったのか?!」
「ッ思ってません!!!」
ヒィィッ!とまた声が裏返りかけた。
ギルバート王子が普段通りに戻られたのは良いけれど、そもそも厳格な人であることは変わらない。セシル王子に背後から「落ち着け!」と肩を掴まれ、更に真正面からエリアスに押し返されても尚突き進もうとするギルバート王子はあの時よりも更に怒っている。
当時は、討伐隊の人達が止めに入ってくれたらそこで止まってくれた。それを今はあのセシル王子が止めに入っても、コンプレックスの塊であるエリアスを眼前にしても全く意に介さず「はっきり言え!!」と声を荒げてくる。
当然、ギルバート王子の不死鳥に私が防ぎきれるとは思ってはいなかった。謙遜でもなんでもなく、事実だ。
殺し合いならともかく、ギルバート王子と精霊堕ちで進化した不死鳥を前に私の防御魔法で防ぎきれるとは思わない。それほどに、不死鳥の火力は常軌を逸している。
ゲームの精霊堕ちしていないギルバート王子の攻撃でさえ無敵の破壊力を誇っていた。今この世界でギルバート王子の最大火力を防げる人間なんて、それこそお師匠様くらいのものだろう。
それでも、死にたいだけの自己満足で前に出たわけでは決してない。
「ですが」と震える舌で、言葉を続ければ消え入りかけた。もう一度吸い上げ、今度こそ聞こえる声を張る。
「か……確証は、ありました。……精霊堕ちではないギルバート王子ならば、きっと私を巻き込んだりはしないと」
ビクッと、ギルバート王子の肩が激しく上下した。限界まで見開かれた目を私は見つめ返しながら、地面についた手に力を込めて拳を握る。
ギルバート王子の魔法が、放った途中でもかき消すことができることはゲームでもそして経験上でも知っていた。厳しい人だけれど、関係ない人間を巻き込むような人じゃない。精霊堕ちの時ならともかく、正気に戻ったギルバート王子ならエリアスごと私のことを意図的に焼くことはないと確証はあった。
私がなにもできなかったこと自体は責められて当然だ。けれど、あの時エリアスを狙っただけのギルバート王子は決して恨みを混同する人じゃない。
だからこそ、あそこで前に出ればギルバート王子はエリアスに攻撃する炎も止めてくれると思った。
私がギルバート王子にとって特別なわけではなく、ギルバート王子が特別優しい人だから。
「ギルバート王子殿下。村での一件ではお力になることができず、申し訳ありませんでした。ですが、貴方の選択そのものは決して間違ったものではなかったと私も、この場にいるセシル王子もエリアスもわかっています」
そして、今なら言葉も届く。
標的だったエリアスよりも、私の無謀な行動に怒っている今なら会話もできると、今は注意も向けられている私からそのまま謝罪と説得を試みる。村での一件、という言葉から目に見えて顔色を変えたギルバート王子は口を結んでしまった。見開かれた瞳が微弱に震える。ギルバート王子にとって思い出したくない現実で、…………けれど一番誤解を解かないといけない事実でもある。
私の言葉に、セシル王子とそしてエリアスも首肯した。当事者ではなくても、私の拙い説明を聞くだけですぐに頭の良い二人は理解してくれた。
あの村で、決してギルバート王子は身勝手な行動を取ったわけじゃないと。
『……確か、その村は以前にも魔獣被害に遭っています。ギルもきっと、それを警戒したのでしょう』
『ああ、私でもそうするだろうな。町の復興も大事だが、魔獣をたった一匹でも見逃せばいくら復興しても、いずれは全滅もあり得る』
ただでさえ、大型魔獣に荒らされた村には処理しきれないほどの匂いや痕跡が残っていた。逃げ延びた魔獣がその匂いに引き寄せられてまた集まってくる可能性は高い。だからこそギルバート王子は、何よりも先に魔獣が他にいないかと徹底的に捜索と退治を優先した。…………村に被害が、これ以上出ないように。
賢い二人と違って、私がそのギルバート王子の本意を知れたのは、ゲームの記憶を思い出してからだった。
主人公スピカがギルバート王子と村との関係を取り持とうと動けば、本人から打ち明けてもらえた。「ただ村の機能を回復させるだけでは復興と言えない」と。
「ギルバートは間違っていない」とそう、セシル王子とエリアスも断言した。
ただ、必要だったのは厳しい言動のギルバート王子と村の人達との間に立とうとする存在だ。私が努力を怠らなければ決してギルバート王子はあんな責められることも誹謗を受けることもなかった。
けれどギルバート王子は、それをたった一度も国王にさえ言い訳しなかった。全てを自分の責任として受け入れて、村人の被害さえ自分一人が背負って、誰より真剣に村の復興を考えたことを理解されないまま、精霊に支配権を奪われてしまった。
一体どれだけの孤独だっただろう。
「貴方の精霊も、誰一人狙っていません。エリアスはただ、貴方を精霊堕ちから救い城に戻す為だけに私達に協力しているだけです」
「ッ嘘を吐け!!」
「嘘ではありません!そもそもっ、……そもそも、精霊の力を借りるならばまだしも、精霊そのものの所有権を移し替えることなど不可能です」
これはお師匠様からではない、ゲームで知った設定だ。この場の誰も知らない真実に、息を飲む音が複数重なった。
召喚で宿った精霊を、他の何者かに移す。継承させる、譲り渡す、奪う。そのどれもが古来から研究されている大きな議題の一つだ。
その為の試みも歴史上無数に行われているものの、成功例は未だにない。それでも無責任に「血縁者であれば」「もっと相応しい宿主であれば」「双方の合意があれば」「宿主の肉体を移植すれば」と可能性と事例ばかりが一人歩きしている。
けれど、この世界では不可能だ。そして模索するべきでもないと、今の私は知っている。
無数の精霊が引き寄せられ契約する条件はたった一つ、それは能力でもましてや才能でもない。
「精霊魔法の使い手として断言します。契約した時点で魂同士が連結した不死鳥を移し換える方法などありません」
〝相性〟と、一言で集約してしまうにはあまりに乱暴で曖昧だ。けれど、それが真実だ。
たとえ神にも近い存在だったお師匠様ですら、きっと不死鳥を奪うことはできない。無数にいる精霊の中から、不死鳥がギルバート王子を選んだのは偶然でも間違いでもない。本人の意思関係なく、ギルバート王子という人間の性質が不死鳥を引き寄せた。精霊は何があっても決して宿主から離れない。むしろ離れられないからこそ、宿主の主導権を奪うという方向で暴走する。
「他者にも己にも厳格で、誇り高くそして優しさも併せ持つギルバート王子だからこそ、不死鳥は召喚に応じました。私も、そんなギルバート王子だからこそ攻撃の手を止めてくださると思いました」
「ッ貴様が俺の何を知っている!!」
「私如きでもわかるほど貴方様がそういう御方であるのだと申しております!!」
激昂するギルバート王子に私も喉を張る。これだけは、自信を持って言える。
ゲームの主人公のような理想的な関係ではない。けれど、ゲームの設定を思い出す前からギルバート王子がそういう人だということはわかった。そうでなければそもそもあの村で意見がギルバート王子派と反対派で二分することも、当時の部下だった兵士達がギルバート王子が行方不明になった途端、捜索に出たりすることもなかった。
精霊ではなく、ギルバート王子の良さをわかる人は大勢いた。だからこそ王位継承者候補の一人として期待もされ、そして敵視もされた。
主人公スピカが攻略していれば、ギルバート国王の下でちゃんと平和で統治された国になっていた。この人は決して、精霊だけの人間ではない。
私に刃向かわれるとは思わなかったのか、ギルバート王子が僅かに身を反らした。
濡れ乱れた髪のままぐっと顔全体に力の入った表情でエリアス越しに私を睨む。
「実際、不死鳥の炎は私の目前で掻き消されました。貴方の強い意志に他なりません」
「っっ……」
奥歯を食い縛る音が、耳に届いた。直後、ギルバート王子の身体が一瞬軸からぶれる。それ以上言葉が出ないように固まるギルバート王子は、思い出したようにエリアスへ目を向けた。
突然の眼差しにエリアスも腕が身構えたけれど、ギルバート王子からはもう攻撃の意思はなかった。まじまじと信じられないようにエリアスと、そしてまた私に目を向ける。
セシル王子が呼びかけても返事をしないギルバート王子は最後、右肩にいる不死鳥とエリアスを交互に見比べ、ゆらりと後ずさった。
背後に立っていたセシル王子を背中で押し返すように真正面を向いたまま後退しそして
「愚かにも……程があるッ……」
ドサリッと、膝から脱力するように崩れるギルバート王子を正面からエリアスが抱き留め、そしてセシル王子を背後から支えた。
ギルバート、ギル、と呼びかけられても返事も反応もないギルバート王子はいつの間にか灰色の血色で、……その顔は酷く疲れ切っていた。
<<ご報告です!!>>
なんと、本作「バドいち」が書籍化して頂けることになりました………!!?
活動報告にもお伝えさせていただきました。
宜しければ是非。
本当に、読者として楽しんでくださります皆様のお陰です。本当にありがとうございます…………!
心からの感謝を。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/list/userid/1248483/




