そして決める。
「私だって、命くらいはかけます」
コポリと、気泡とともに呟いた。
セシルの空間とギルバートの炎で茹で死のうとも、ギルバートに浄化魔法を当てるには湖に待機するしかなかった。
セシルに沼魔法を頼んだ時から自分が死ぬ可能性も織り込み済みだ。エリアスが命がけでギルバートを引き付けてくれているのにも関わらず、自分が命をかけないなんて卑怯な真似は〝もう〟できない。
一年前、王子達が最も助けを必要としていた時ただの一つも力になれず、必死にもなれず何もできなかった自分には。
本来あるべきゲームの主人公らしく、ほんの少しでも彼らに寄り添えていれば精霊堕ちなどという最悪の顛末だけは避けられた。彼らを一人でも精霊堕ちという結末から救えるのならば、今は命の三つや四つかける覚悟で国王への謁見を挑んだのだから。
─ギルバート王子を〝返す〟為ならば。
誰よりも孤独で、寂しい人だった。しかしそれ以上に慕われた人間でもあると、スロースは思う。
ゲームの知識だけでなく、その目で見てきた。支持する者は多く、そして部下達に慕われていた彼の姿を。
誰よりも誇り高い人間だったからこそ、理解さえされれば慕われる人だったと知るまでに、時間はかからなかった。
そんな彼を城に連れ帰る為ならば、熱湯に揉まれることも厭いはしない。
今のギルバートに浄化魔法は効かない。しかし、このままエリアスを殺させてしまえば今度こそギルバートもまたセシルの時のように精霊堕ちが再発し、最終段階まで堕ちてしまうとスロースは確信する。不死鳥の最終段階など、自分でも敵うかどうかわからない。
とうとう小さな太陽がギルバートの手から放たれる瞬間を、熱湯で焼け爛れる感覚の中でも必死に目を凝らし捉えた。この瞬間を逃してはならない理由があった。
たとえ自分が氷魔法を放とうと、被害を受けるのはエリアスだけで不死鳥を宿すギルバートには大して効果もない。しかし、魔法使いである彼女は決して何も打つ手がないわけではない。
魔法で形成された異空間とはいえ水中で、そしてこの空間を扱う精霊はセシルの人魚だ。つまり、人魚の精霊から借りられる魔法は使用できる。
「〝水中走行魔法〟」
瞬間、急激にスロースの身体が高速で水中を移動した。魚すらも追いつけない、魚雷に近い速度で水中を走り抜け一瞬でエリアスまで接近する。
エリアスも動きを捉えることはできても喉を反らすのが限界だった。熱湯の中で泳ぎ抜けば余計に皮膚が熱に擦られ、赤く爛れた。頬まで赤く腫れだしたスロースに目を見張るエリアスは、彼女の火傷にばかりに注意が向き、…………自分に背中を向ける彼女が、太陽による攻撃の最前線に出てしまったことに気付くのが遅れた。
炎魔法が放たれ、既に一秒も経過した。ギルバートによる高熱が空間だけでなく、高速で彼女に迫る。
エリアスでさえ、手を伸ばしても間に合わない。息を飲む間も惜しみ無理矢理にでも彼女を引っ張り背後に下げようと思ったものの、指先が届くのがやっとだった。先にスロースの顔面へ炎がぶつかっ
─ぼしゅんっ。
ぶつかる、とスロース本人でさえ思わず目を瞑った瞬間に、消失した。
小さな太陽が、急激に縮みだしたと同時に沼の空間そのものに飲まれるように消えたのをエリアスの目は捉えた。
瞑ってしまったスロースも一拍遅れて目を開けば、そこでギルバートが視界に入った。彼の眼差しがエリアスではなく、今は真っ直ぐに自分へ突き刺すように向けられている。顔の筋肉全てが引き攣るかのように強ばっているギルバートのその表情にも、俄に笑んだ。
確信通り、魔法を〝消してくれた〟ことに安堵する。
ふわりと、足場のないまま身体が翻る。
両手の力が抜け、握りしめた杖がかろうじて指と指の間に引っかかる感触を最後に、意識を手放した。自発呼吸も困難なほど全身を焼かれ煮え立たされ、赤黒に腫れた彼女へエリアスの手が届き、両腕で抱き寄せる。
スロースと、彼女の名を呼ぶが気泡となって届かない。そしてまたギルバートも、追撃の手はもう上がらなかった。
光が満ちあふれ、そしてゆっくりと包まれる。
ギルバートの身体から精霊の炎がかき消えた。視界が真っ白になるほど気泡を吐き呼び続けるエリアスと、スロースを見つめ続けたまま、そこで再びギルバートの意識は遠退いた。
「兄上!!スロースになにが!!?」
気付いた時、一瞬また記憶が飛んでいると勘違いしたギルバートは薄目を開ける。
いつの間にか深夜になっていた星夜と、そして響かされるセシルの叫び声を聞きながら夜の風と森のざわめきに頭が冷やされていった。




