30.魔法使いの呼び声は
「素晴らしいぞギルバート。本気を出せばこの森も一瞬で消し炭にできるのではないか?」
炎の渦が次々と放たれる中、エリアスは称賛の言葉をかけながらその全てを避け続ける。
ギルバートの広範囲攻撃のせいで回避の一つ一つで長距離を余儀なくされ、気付けば自分の目でもセシルとスロースを見失った。それでも今は、彼の注意を惹きつけるべく囮を続ける。
少なくとも自分が攻撃を受けている間はセシルにも、そしてスロースにも攻撃は向けられず、そしてギルバートも自分からは離れない。
説得を呼びかけても意味がないように、精霊堕ちと化したギルバートに意志などない。今は特に完全体と呼べるほどに青い炎に全身が一体化したギルバートには、声も届かない。
しかしエリアスが言葉にするのはどうしても賛辞になり、目も輝いた。ギルバートの燃えさかる蒼白い炎も、それを鎧のように纏う姿も全てが美しく惹きつけられると本心から思う。
たとえ足の裏が焼け、皮膚が爛れ、肉が溶け全身の皮膚のあちこちが炎症と火傷で悲鳴をあげていようとも。
「……ギルバート。私の声は聞こえないだろうが、それでも言わせて欲しい」
ギルバートとの逃走劇を始めて長い時間は経過していない。それでも、広範囲攻撃で足場を奪われ、追い詰められた。もともと踏み慣らし続けたボロの靴はいつ壊れてもおかしくなかった。何度も何度も焼けた足場を踏み、蹴り、跳ね、とうとう靴底は完全に焼け落ちた。
今のエリアスは魔獣退治や戦争時ような武装などしていない。身軽ではあろうとも、あくまで生身の人間である彼の足裏は地面を蹴る度に傷つき破れ、肉から血も滲み出していた。
痛みよりも血で滑りやすくなることが面倒なエリアスは、敢えて焼けた地面に足を擦りつけたが、ただの炎ではない蒼白の炎はその度にエリアスの肉まで焼き焦がす。
「……私はきっと、死ぬまでお前が羨ましいと」
ハァ、と息を切らしながらエリアスは笑う。
再び足場が燃やされ、飛び移った枝も大木ごと蒼白く炎に這われていた。
唯一の逃げ場である更に上方の岩もその先は絶壁になっている。飛び降り上手く壁に引っかかる自信はあるが、落下中に上から炎を向けられれば今度こそ焼け死ぬと、エリアスは他人事のように思う。頭では冷静に回避以外の生存方法は無数に思い浮かぶが、全てエリアスは思考の中で叩き捨てた。
見据える先では自分の目線まで跳び上がったギルバートが、とうとう自分の目線と同じ位置にきた。蒼白の炎でできた大翼を広げる。
自分へ照準を合わせるように手を掲げ、突き出す弟を見てエリアスはただ笑う。自分の身体を何度も焼き焦がし、視界に入る全てを熱に包む蒼白が、心から美しいと思う。
次の回避方法も精査しながらどこか頭の隅の冷たい部分では、この炎になら焼き殺されても良いかもしれないと思うほどに魅入られた。
「エリアスッ!!!!!」
目を覚ますようなその声と、ギルバートが炎を放つのは殆ど同時だった。
枝を蹴り折り、その反動で上空に逃げたエリアスは今だけはギルバートではなくその声を追う。
見つけた瞬間、腕ごと使い招く動作をする彼女の合図とその先に、エリアスも次の行動を理解した。説明よりも前にスロースに魔法をかけられればもう間違いないと確信する。彼女が勇敢でそして聡いことも知っている。
跳び上がった矢先から再び自分を狙う炎の渦に、今度は背後の岩を蹴り避ける。そして初めてエリアスは、ギルバートへと飛び込んだ。放たれたばかりの炎の渦が左頬と左肩を抉り霞むのも構わずに、弾丸のように自分を狙う彼へと向かう。
今まで逃げ続けていた標的が逆に近付いてきたことに、ギルバートも動きが止まった。迎撃と、脅威への回避で迷い一瞬の隙が生まれたのが敗因だった。
エリアスの腕が、燃えさかるギルバートの胸板ごと肩を引っかけ捉え、共に落下へと巻き込んだ。真正面からの腕打ちを受け、背中から叩き落とされるギルバートは落下の一瞬に次の攻撃が浮かばない。炎を纏った飛行よりも遙かに上回る、エリアスからの力になぎ倒される。大木の高さから急降下のまま、とうとう
どぷんっ。
底なしの沼へと、墜落した。
無意識にも警戒していた筈の湖、そこからは充分に離れていた筈にも関わらずの水の感触にギルバートの身体を使う不死鳥は目を見張る。炎の翼がチリチリと縮れてその威力を大幅に失われ、風も空気もない空間で飛行の力を奪われる。
エリアスの屈強な腕にひっかけられたまま、炎だけでの抵抗など空しく下へ下へと沈んでいった。湖付近に近づいてからずっと意識を払っていた筈の空間に引きずり込まれ、遅れて手足を動かした。
炎を発せば高火力は数秒は保ったものの、長くは続かない。それどころか、水中では圧倒的にエリアスの方が優位だった。足場もなければ、抵抗するすべも炎しかないギルバートはその腕力だけではエリアスに足下にも及ばない。
セシルの精霊による底なし沼で、次の瞬間浄化の光が二人を覆った。




