28 魔法使いの理解
『誰もが心の底では思っている。第一王子エリアスこそが、この不死鳥に相応しいと』
そう、険しい表情で語っていたギルバート王子の横顔はゲームの記憶じゃない。スピカとして生きていた私の記憶だ。
言いたい奴には言わせておけば良い。連中を実力で見返す為にも、今は実績を積み重ねるしかないのだと、そう強い眼差しで当時は語っていたけれど、……きっと今は違う。
だからこそ、執拗にエリアスを狙ってきた。
ギルバート王子は、精霊堕ちになっても尚エリアスを恐れている。
「いつの間にか、暗くなってきたな。確かギルバートは夜も出没するんだったな」
エリアスに、奪われると思っている。
外に視線を向けては窓の端に肘を置きその向こうへと僅かに顔を乗り出すエリアスが、いくらそんなことを思っていなくても。
不死鳥の精霊を得てからずっと言われ続けたものは、そう簡単に拭えない。ギルバート王子は強い人だったから、その言葉を撥ね除けられただけだ。精霊堕ちになるほど追い詰められた今、当時の言葉は言われた時よりも鋭利にギルバート王子に刺さっている。
セシル王子と違ってエリアスとの思い出も少ないギルバート王子は、エリアスへのコンプレックスも大きく歪み膨らんでいる。
エリアスに精霊が奪われると、そして精霊を奪われたら自分には何もなくなると、…………自分にはもう不死鳥しかないと思い込んでいる。
「確かに町の人の話ではそういう話でしたね。昼は途中から追ってきませんでしたが、本当に夜に現れるのでしょうか」
セシル王子も眉を寄せながら窓へと覗き込んだ。確かにその通りだ。
森の方は、まだわかる。ギルバート王子にとって大事な森だから、恐らく今は唯一心を置けるような場所だからこそ守ろうとしている。精霊堕ちが自分の領域を維持しようとするのはセシル王子でもみられたことだ。
けれどそうなると、わざわざ町に降りてくることが気になる。森が大事ならずっと森にいた方が良いに決まっている。夜に狙うのは、ただでさえ目立つ自分の姿を目撃されないようにする為だろう。けどもともと町も森を害していたわけではなかったようだし、わざわざ町の治安まで…………、……。
「現れる……と思います。治安……を、守る為に」
「治安?件のギルがやっていたらしい悪党退治のことか」
「ギルバートがこの町にも思い入れがあるということか?」
今、唐突に腑に落ちてしまった結論を言葉に出してしまう。ギルバート王子のことを思い出していたからだろうか。同時に振り返る二人の視線に、私も頷きで返す。
セシル王子の言う通り、ギルバート王子は別段この町そのものには思い入れもないだろう。ゲームでも町については特にこれといって振り返ることもなかった。けれど、……ギルバート王子にとって思い入れがあるものは別にある。それこそが〝治安〟だ。
まず、二人にこの町へ向かう道すがらにも伝えたギルバート王子の精霊堕ちのきっかけを再び持ち出せば、思い出した二人も表情が曇った。
ギルバート王子が復興そのものにどれだけ真剣に取り組んでいたか、特にセシル王子はすぐにわかってくれた。……あの時、ギルバート王子の傍にいるのが私じゃなくてセシル王子だっただけでもきっと結果は変わっていただろう。
「精霊堕ちも村の復興を失敗した理由も村人との諍いですが、……ギルバート王子が一番後悔してるのはそこで死者を出したことです」
王命任務の失敗じゃない。ギルバート王子がそれだけで折れるような弱い人ではないことは、彼を知る人間であれば誰もがわかることだ。
戦闘での仲間の死にも毅然と振る舞える。ただ、あの時の死者は本当に必要のない死者だった。ギルバート王子と村とが分かり合えてたら、誰も命を落とすことはなかった。私自身、記憶を思い出す前もそして今もあの少女の言葉が忘れられない。
そして暴動が起きたのは、村での治安もそもそもの原因だった。ギルバート王子や一緒にいた私達を攻撃するどころか村人同士が争う内乱があの死者を出した。
「もう二度とあんな内乱が起きないように、今度こそ治安を維持しようとされているんじゃ……?」
「なるほど。ギルバートも面白いことを考えたものだ。全員家に閉じこもっていれば確かに諍いもない」
「それが平和とも言えませんが、いくらギルとはいえ精霊堕ちならばそういう思考になっても無理はありませんね」
精霊堕ちになっていたご本人からだと、なんとも説得力がある。
精霊堕ち中の記憶はない筈だけれど、それでも感覚的にセシル王子もわかるのだろう。そして事実、精霊に主導権を奪われている間は思考も単純化しやすい。精霊は複雑なことを考えない。触媒にした宿沼の思考を基盤に「良い」「やだ」の二極端に行動理由を仕分けてしまうようなものだと、お師匠様が昔話していた。
今のギルバート王子はあの悲劇が起きることを恐れ、同時に心の安寧を求めてる。それこそが守り神の正体だ。……そして恐らく今、は。
「ならば、私が外に出て悪人のふりでもしようか?そうすればギルバートもまた襲いかかってきてくれるかもしれん」
「多分、もう〝ふり〟は必要ないと思う……」
ん??と私に首を傾げてくるエリアスに、顔が正直な感情を上手く出せずに強張る。
どういうことだとセシル王子からも尋ねられる中、私は改めて窓の向こうを見る。今の間だけでもカーテンで窓を覆っておくべきかと席を立つ。
「とにかく今は、ギルバート王子の精霊堕ちが最終段階まで悪化する前に止めないと。不死鳥がもしあれ以上凶悪化したら本当に町もー………!」
青白い炎が夜空にいた。
「ッッ?!」
思わず、言うよりも先にカーテンを閉めた。一瞬星の見間違いじゃないかと思おうとしたけれど絶対違う。
どうしよう今二人が顔を出していたのが見えていたらと、きょとんとこちらを見返す二人へ飛び込み、頭を押さえ伏せさせた。私の細腕でも、意図を理解してくれたように二人とも椅子から前のめりに転がり落ちるようにしゃがんでくれた。
どうした、とそれぞれから掛けられる中でも息を飲む。声を抑え「ギルバート王子が」とカーテンで塞がれた窓の向こうを目で示す。
青い、星だと今でも思いたい。近くじゃない、上空に小指の爪程度の大きさでにしか見えなかった。町の人達が見上げてもきっと何なのかわからないだろう。それでも間違い無くギルバート王子がそこに浮かんでいる。
想像よりも、早く来た。唾を飲んだ後にも変わらず喉が渇いていく。〝ふり〟の説明をするまでもなかった。やっぱりギルバート王子を引き付けるのに悪人のふりも小芝居も必要ない。背筋が汗でみるみるうちに湿っていく。
「恐らく今ギルバート王子はエリアスを探してる……!」
「私を??」
「どういうことなんだ説明してくれスロース!」
ひそひそと声を抑えながらも、きょとんと聞き返すエリアスに続き、セシル王子も床のカーペットに身体をくっつけながら険しい表情で私を覗き込む。頭ではわかっていても、二人を床に押さえつける手から力が抜けない。
本来、ギルバート王子が探しているのは悪人だ。今までも恐らく上空からああやってパトロールのように不審者がいないかを監視していたのだろう。ただ、悪人を探していたのも、……治安を守ろうと思ったのも、それは〝以前の〟精霊堕ちになった時だ。
今悪化した精霊堕ちになった時のギルバート王子の望みはもう違う。
『渡すものか貴様には何一つ!!!!』
「最後に精霊堕ちになる直前、ギルバート王子は精霊を渡さないと叫んでた……!!今、精霊堕ちになったギルバート王子の目的は変わってるッ」
安寧の場所を守ることも、治安を守ることも、一年間自分の行動理由になっていた全てを上塗るエリアスへの劣等感と恐怖。今はそれがギルバート王子を動かしている。
恐るべき王の中の王と呼ばれた歴代最高峰王子の影響力。精霊を渡さない。いっそエリアスをこの場で倒すこと自体をギルバート王子は望んでいる。今、ギルバート王子が町に来たのはエリアスを探す為だ。
「つまり……」と、状況を理解したらしいエリアスからぽつりと声が漏れた。
私が押さえつけていた頭が、ぐぐっと当然のように上がっていく。俯きがちに上目で慎重にこちらを見ていたエリアスが、顔正面をはっきりと向けてきた。
「今ならばなにがなんでもギルバートが私を追ってきてくれるということか?」
きらきらと嬉しそうに目を二色に輝かせるエリアスに、表情筋全てが強ばった。
実の弟に命を狙われて尚嬉しそうな長男はもう怪我も胸の痛みも忘れたように晴れやかだった。




