25 魔法使いの問いと、
「本ッ当なんであんな無茶するの……!!」
「?無茶ではない。ちゃんと逃げられただろう?」
椅子の上に座りながら平然と自分で血塗れの上衣を脱ぎ出すエリアスに、未だ冷や汗が止まらない。怒りたいけど無理をしたのが私を庇ったせいだと思えば怒るに怒れない。平然と眉をあげてこちらを見返すエリアスに、痛覚がないのかと叫びたくなる。
ギルバート王子から退却した後、エリアスのお陰で無事に森の入り口まで逃げ切れたもののそこからもひと呼吸置く余裕はなく、私達は町で隠れられる場所を探した。
ハリー公爵の援助のお陰で無事に宿を二部屋借りることができ、エリアスが「先にスロースが治せ」と私のたかが火傷を治すまでまとめてさえ治癒魔法を受けさせてくれず、今ようやくエリアスの怪我の治療に取り掛かった。
見れば見るほど酷い傷は、炎の鉤爪にでも引っ掻き抉られたかのようだった。この傷で私を抱えていたかと思うとそれだけで自分の腕まで疼く。私を抱える腕ごともげたんじゃないかと思うほど、一見でも傷が深い。
「スロース!本当に医者や薬を用意しなくても良いのか?!」
「大丈夫です。ここでなら落ち着いて魔法も使えますし……!」
大量出血のエリアスよりも真っ青な顔で私を凝視するセシル王子は、さっき私が回復魔法使えなかったから心配しているのもあるだろう。私やギルバート王子と違って戦場に出たこともないからか、血でべっしょり重く染まったエリアスの上衣にそれだけで胃を押さえつけていた。
私の使う魔法は特にいつでもどこでも使えるわけじゃない。そう知ったのも、ゲームの設定を思い出してからだ。それまではただただムラがあると思っていた。
治癒や怪我の治療をする癒しの精霊は、生命体の傍には必ずいるとされている。だからじっとしてさえいれば精霊も集まってきている筈だから回復魔法も治癒魔法も使える。逆に走り回ったり移動していると、精霊も一箇所にとどまらないから効果そのものも出にくい。
それまでは自分の魔法の出力が低過ぎただけとしか考えなかったけれど、精霊魔法だったとわかってからはゲームのスピカもそして現実の私も効果を出せる条件がわかってきた。効果的な環境さえ理解していれば、精霊魔法は普通の魔法よりも遥かに大きな効果を出せる。それが出力下手の正体……いや、どちらにせよ私が魔法に加減ができず最大出力しか出せないから、出力下手はやっぱり変わらない。
ゲームのスピカはそれを解き明かすところから攻略対象者との恋愛のスパイスだったけれど、私はバッドエンド後にようやく発揮した。
「治癒魔法!」
魔法を展開する。エリアスの怪我に向けて杖を振れば、効果も光になって現れた。火で溶かされた皮膚から焼き抉れた傷も元通りに再生していく。
エリアスも興味なさそうだった自分の傷を、魔法をかけた途端治っていく様子だけは瞬きひとつせずに見ていた。
セシル王子も大きく息を吐いて蹌踉めくまま壁に寄りかかる中、私も脱力する。続けてエリアスの血塗れの衣服も魔法で元通りにするべく展開しつつ、口を動かす。
「あくまで治ったのは傷だけで貧血は変わらないと思うから、まだ大人しくしてて」
「動かなければ良いのだな?」
汚れが消えたエリアスの服を手に取り、投げ渡す。
血の汚れはなくなっても、焼かれたままの袖はボロリと焦げて大穴が開いたままだった。気楽そうにエリアスは気にせず着たけれど、もともとボロに近い衣服でさらに穴まで空いていると流石に衣服と呼ぶに忍びない。細身なのに肩幅も筋肉もしっかりしていたエリアスは、私の服はおろかセシル王子の服も着ることは難しそうだ。
セシル王子も私と同じことを考えたのだろう、困った表情を浮かべると「着替えを買ってこよう」と買い出しに名乗りでてくれた。ハリー公爵から援助の金銭を預かっているのはセシル王子だし、ここはお任せした方が良いだろう。何より、私やエリアスより遙かにセシル王子はギルバート王子に襲われる心配がない。
「スロースはここで兄上が無理しないように見ていてくれ。買い物を終えたらすぐ戻る」
ついでに必要物資も買っておこうと、野生児な私とエリアスに反してしっかり者のセシル王子に感謝しつつ扉が閉じられるまで見送った。
パタンと静かに閉められた音と、そして遠くなっていく足音を聞き終えてから私は改めてエリアスにむき直る。大人していろと言ったからか、今も椅子によりかかったままのエリアスは閉じられた扉に向け、口角を上げただけの笑みを浮かべていた。その笑みを浮かべているのは実はまだ体調が悪いのか、それとも……自覚無自覚はさておき少なからずの気まずさを感じているのか。
心なしか、今は目も合わない。
「……次は、ちゃんと攻撃は避けてね」
「!あ、ああ……すまなかった。少々気が散ってしまってな……」
口角の上げた笑みに、眉がほんの僅かだけど垂れている。
普段よりもちょっと複雑に見える表情だけど、きっと口角以外の方が本心なのだろうと今はわかる。じっと上目に睨んでみれば、すぐにエリアスから逸らされた。
行方不明になっていたギルバート王子と八年ぶりの再開で、しかも不死鳥の精霊にあれだけはしゃいでいた分際で、あの土壇場にギルバート王子とセシル王子以外のことで気が散るわけがないでしょうにこの弟大好き長男が。
いや、そもそも攻撃の的になるように仕向けた私が言える立場でもない。気が散っていたのもある意味嘘でもないか。彼が気を取られていたことだけは間違いない。ただそれは気が散ったわけではなく、ギルバート王子本人からの言葉にだ。
『精霊に選ばれなかった分際で!!!!!!』
ゲームの知識を思い出す前の私も、そして弟王子達も全員が知る事実。
エリアスは歴代王家の中で唯一、精霊を加護を受けることができなかった王子だ。
あくまで知るのは城でも一部の人間だけで、城外の人々にはエリアスの精霊は隠匿され、まさか加護を受けられなかったことは公にされていない。……言えるわけもない。
将来国王になること間違い無しとされていたエリアスが、王族の特権とも呼ばれる加護を得られなかったなんて王家への神聖視すら揺るがすことになる。
表向きエリアスただ表舞台から姿を消しただけの王子で、そして事情を知る人間はエリアスが消えたのも精霊の加護を得られなかったことによる失踪と考えている。
『兄上は、……あのことを気にされておられるのでしょう』
セシル王子達もずっと、そう考えていた。
十五歳の誕生日、王族が儀式により精霊が召喚される日。大勢の期待に包まれていたエリアスに、精霊が降りてくることはなかった。何度やり直してもエリアスの元には精霊は訪れなかった。
原因は不明。王子達のルートを全部クリアした私でさえわからない。エリアスの隠しキャラルートも攻略できていれば何かしら原因が掴めたかもしれないけれど、今となってはもうその術はない。
ただ、セシル王子とのやり取りでも、エリアスは精霊を得られなかったことそのものが城を出た理由ではないと発覚した筈なのだけれど。…………こうして見ると、やっぱり全く気にしていなかったというわけでもないらしい。どう考えても、エリアスの動きが悪くなったのはギルバート王子に精霊について指摘されてからだ。
正直、……人の心もとい情緒もへったくれもないようなこの人が、精霊を持たないことを指摘されただけで動けないほどショックを受けたというのも考えにくくはあるけれど。
「そう睨まないでくれ。次はしっかり避けると約束しよう」
口角を上げて笑うエリアスは、凄まじく下手だけどこの笑顔だけが一般人に対する、そして恐らくは〝対等〟な社交術だ。
気付けば私も睨むまま無言が長かったことに気付く。「ごめん」と意識的に視線を外しながらも、やっぱりすぐに横目でエリアスを見た。この人の深層を私は知りたいのか、それともこれもゲーム主人公として無意識に引き寄せられてしまっているのかも自分ではわからない。だけど、一つわかることは……ここで一歩引いたまま放置したから、四人のバッドエンドを招いた。
もう、踏み込むことを怠けてはいられない。今はもう私の意志で彼らと関わっているのだから。
「……精霊のこと。選ばれなかったことは城を出て行ったこととは関係ないんじゃなかったの?」
「…………その言い方だと、やはり知ってたのだな」
今まで指摘もしてこなかったと、自分の右肩を指で叩きながら笑うエリアスを私からも見つめ返す。
本来、精霊は一度契約を結んだら宿主の傍に終始控えている。出したり引っ込ませたりはできるけれど、エリアスは出会った時から一度も精霊は姿を見せていない。
私がエリアスを王子だと断定して話し掛けた時点で、一度も指摘しなかったのだから不思議に思われて当然だ。エリアスが儀式を行った十五歳の時、まだ私は城にいなかった。
セシル王子達から、と言おうとしたけれどどこか人聞きが悪い。まるで陰口を叩いていたように聞こえてしまうと、私は言葉を選ぶ。……今のこの人に、あまり悪い言葉を私から言いたくはない。
「……まぁ、これでも元王妃候補だったしね。……そういう王家の事情も少しくらいは」
「王妃??」
自分で言いながら、そういえばそこまではエリアスに話していなかったと思い出す。国一番の魔法使いと偽って城に滞在していたとしか話していない。
話が脱線してしまうなと思いつつ、眉をあげるエリアスの隣に椅子を引き、座る。自分でも肩幅が狭くなってしまうのを自覚しながら、あまり目も合わせられずに言葉を続けた。
「エリアスなら当然知ってるでしょ?魔法使いの血を王家に取り入れるならわし。技術や学問と違って魔法使いの才能は本当に運だから、そういう試みが続くのもわかるけど……まぁ、実際はご存じの通りで。偽物で、ただの山育ちの見習いだったわけだけど」
冗談めかして手をパッと開いては肩を竦める動作と共になんでもないように言ってみる。その結果、四人も精霊堕ちにしてしまったことは責任も感じているけれど、お師匠様に見捨てられていなかったと知れた今は山育ちも見習いも別段恥とは思わない。しかも実際はまさかの精霊魔法だ。
城の事情もいくらか教えてもらって、だからこそ他の王子殿下と関わることも多かった。けれど、私自身が偽物であることに気が引けて、結局誰の力になることもできず、正体もバレて追い出されたとありのまま経緯を説明し直せば、エリアスも納得したように大きく頷いた。
「でも、貴方の精霊については今も公にはなってない。今も昔も完璧で王の中の王と呼ばれる歴代最高の王子ってみんな思っている」
「それは父上も大変だな。弱小精霊もつかなかった私を今も持ち上げねばならんとは」
ハハハッと棒読みのような笑い声が溢される。頬杖をつくエリアスは、良くも悪くもちゃんとした苦笑だ。
だけど、エリアスが歴代最高の王子であることは事実として変わらないのも無理もないと思う。全てが作り話だったならまだしも、精霊を得られなかったこと以外本人の話でも逸話のように語られていたエリアスの功績そのものが偉大なのは事実だ。
抑揚のない笑い声を漏らした後、エリアスは一瞬遠い目になり笑んだ。頬杖をついたまま、換気に開かれたままの窓の向こうへと目をむける。
「……だがまぁ、選ばれなかったのは仕方のないことだったと私も思う」
フ、とエリアスの力の抜けた笑みが溢れた。




