23 魔法使いの対処
『目撃者の話じゃあまるで燃えてるようだったって話だ』
青い炎が人間の姿を模したような姿。
燃えているようだった。それなのに山火事になることもなければ、焦げ跡すら残っていない。森を決して害さない、神の炎そのものだと。それが、町の人からの証言だった。だから私もセシル王子も、山神様と呼ばれるのがギルバート王子なのだと確信できた。
「ちょっと!!褒めてる場合じゃないから!」
「!すまない」
近付いてくるギルバート王子を前に、目を輝かせるエリアスの肩を思わず叩く。
それでも全く効いていないエリアスは、衝撃よりも声の方に気付いてようやくこちらを振り返った。ギルバート王子の炎から助けてくれたものの、そのまま夢中になるなんて論外だ。噂を聞いた時はしっくりこない様子だったエリアスなのに、実際目にすれば随分とお気に召したらしい。
それでも、ギルバート王子にとっては精霊堕ちの辛い姿なのにと思えば、歯を食い縛りつつも繰り返し三度気が済むまで叩いてしまう。それ以上は私が叩くよりも先にギルバート王子によるに二撃目の炎が放たれた。
私とセシル王子を抱え跳ねてエリアスが逃げてくれたけれど、今度の炎も容赦なく私達がいた場所を燃やし続けた。
「しかし大丈夫か?あんなにも美しい姿を浄化して、ギルバートから恨まれたりは……」
「そんな呑気な理由で放ったらかした方が恨まれるから!」
この人は!!と堪らずまた叩く。杖を懐から握った手のまま叩けば硬い手答えはあったけど、エリアスには変わらず効果がない。セシル王子からも「冗談ですよね?!」と悲鳴に近い声が叫ばれたけど、絶対冗談じゃない。ここまで来ると弟達に対してだけでなく魔法に対しても異常な好感度だ。
「立ち去れ」
距離を置いても聞こえた、低い声が耳を撫でた。
私達に一歩一歩近づいてくるギルバート王子に、杖を構える。立ち歩くことも話しかけることもできるなら、セシル王子の時よりは精霊に飲まれていない可能性もある。
ギロリと鋭い眼光はギルバート王子が討伐対象を見る時と同じ目だった。まだ、私の射程範囲より外にいる。あと少し、あと少し近づいてきたら浄化魔法をと頭に言い聞かせ、杖を握る。
「ぎっギルバート王子、私ですわかりますか?スロっ……スピカです。もし意識があるのなら返事だけでもお願いします」
「立ち去れ」
駄目だ。
ギルバート王子の返事にならない返事に、杖を握る手に震えるほど力を込める。恐らく、ギルバート王子もセシル王子の時と同じ本人そのものの意識はない。今口を動かしているのはギルバート王子でも、言葉はギルバート王子の意志じゃない。精霊がギルバート王子の右肩ではなく一体化している今、今ギルバート王子の身体で話しているのは精霊だ。
本来精霊は喋らない。人型を模したセシル王子の精霊だって最後まで言葉は発さなかった。だけど今話しているのも、そして私達を襲っているのもギルバート王子に影響を受けた精霊の言葉だ。
あと一歩、あと一歩と震える手を押さえ続け、とうとうギルバート王子が射程範囲に入る。私の魔法を待ってエリアスもセシル王子もその場を動かない中、歯を食い縛る。
「浄化魔法ッッ!!」
瞬間、……ギルバート王子の姿が消えた。
回避されたのだと、浄化の光に私達だけが包まれる中でわかった。ほんの一瞬だけど、ギルバート王子が垂直に回避する残像が見えた。垂直に上空へと避けていた。
空を見上げれば、浄化の範囲からも森の木々からも遥か離れた空の中にギルバート王子らしき炎が見えた。エリアスのような跳躍じゃない、上空に上がりそのまま維持している。
「ギルが飛っ………?!」
「スロースと同じ飛行魔法まで使えるのかギルバート?!」
「ッ違います!まさか不死鳥の精霊でもそんなことまでできるわけが……!!」
思わず溢してしまいながら、目を疑うセシル王子とエリアスと共に私も立ち上がる。そうだ鳥型の精霊だからって宿主まで飛べるとは限らない。恐らくは羽ではなく炎で飛んでいる。
地上へと向けて吹く蒼白の炎を見つめながら、ロケットと一緒だと頭では理解できたものの心臓は跳ねる。一年前のギルバート王子は不死鳥の炎を扱うことはできても、空を飛ぶなんてやろうとしたこともなかった。
まさか出力バカな私の浄化魔法が避けられるだなんて。ちゃんと射程範囲に入れた筈なのに、一瞬で空に逃げられた。
「ッまずい!」
気付いたのはやっぱりエリアスだった。
一度放された筈の身体を再び掴まれ、同時に上空からは無数の炎が振り落とされた。上空過ぎて手の構えすらわからない小さな炎にしか見えなかったギルバート王子から、私の頭よりも大きな炎の砲弾が隕石のように放たれる。
三度目の回避に、気付けば湖からも遠く離れた。それでもギルバート王子からの攻撃は止まらない。流石のエリアスも「きりがない」と呟く中、私も上空に顎を反らすかしかなかった。あの高さじゃ地上から浄化魔法も届かない。
「セシル!お前の精霊で相殺はできないか?!」
「無理です相手が悪過ぎるッ!!ギルは氷の魔獣さえ焼き尽くしたことがあります!!」
そんなことができたらとっくにやっていると言わんばかりに首を強く振るセシル王子に、エリアスが「それは見たかった!」と嘆く。本当この厄介魔法オタク!!!!
セシル王子の言う通り、ギルバート王子は魔獣が放つ氷魔法にすら相殺どころか押し勝っていた。いくらセシル王子の精霊でも水魔法で勝つのは難しい。今の上空じゃ、沼で足止めをすることもできない。
氷魔法くらいなら私も使えるけれど、それも不死鳥の精霊の火力に勝てるかわからない。分厚い氷の塊だって貫通させた人だ。
「ッならばもう仕方ないな?!スロース!!」
ドン、と肩を掴むように強く叩かれた。振り返れば、またエリアスから場違いの笑顔が鼻のぶつかる距離で向けられる。キラリと輝いた青と金の目に、……もう何を言いたいのかわかった。覚悟を決め、自分とそして近くにいる二人ごと飛行魔法を展開しする。
「また炎を受けたら避けるよりも解いて落下するから覚悟してッ!!」
空を飛べるのは不死鳥だけの特権じゃない。だけど、空中ではエリアスほど機敏に動けるわけでもない以上、魔法を解いて落下するのが一番間違いない。浄化魔法が届く距離に近付くべく、上空へとギルバート王子を追いかける。
二人の返事も待たず一気に空中へと上がれば、ギルバート王子と同じ目線の高さになるまではすぐだった。それ以上逃げる様子もなく、ただ空中に立ち止まった状態のギルバート王子を再び浄化魔法の範囲内へと捉える。瞬間、今度こそと浄化魔法を放ち……また一瞬で避けられた。
更に上へと再び上がられ、私も浄化の光が眩しさから目を絞ったままに飛び上がる。これ以上上がられると空気が薄くなりそうだ。
今度こそ逃げられないようさらに距離を詰めるか、それとも攻撃の回避に備えて離れるべきかと考える間にセシル王子が「ギル!!」と声を上げた。
「私だセシルだ!!ギルッ!!!お前の兄だ!!!わかるなら答えてくれ!!」
「……!……」
叫ぶセシル王子に口を開けかけたギルバート王子が途中で止まり、僅かに喉を反らすのがわかった。次の瞬間には攻撃ではなく、私達とは反対方向へと逃げ出した。
まさかの返事ではなく離れてしまうギルバート王子を、こちらからも飛行で追いかける。
ギルバート王子!と思わず叫んだけれど、その後は意識的に噤んだ。私の声よりもセシル王子の呼びかけの方が反応がある!流石は長年支え合ったご兄弟だ。呼びかけるのはセシル王子に任せ、今はギルバート王子を見失わないことに集中する。
ギルバート王子の飛行は速く、まるで流れ星を相手にしているようだった。最高速度を出しても、一分で一ミリ近づけているかどうかで全然追いつけない。ギルバート王子の意識が少なからず反応したことで、精霊がセシル王子の声の届かない場所へ逃げようとしているのかもしれない。
ギルバート王子は森と町からは上空でも離れないものの、私よりも遙かに機敏に動くせいで急旋回についていけず、距離を詰めるどころかむしろ離れていく。攻撃魔法をするにも私の出力じゃ空振りか、今の位置では町や森に被害を出してしまうかもしれない。セシル王子が絶えず呼びかけ続けるものの、このままじゃ本当にギルバート王子に逃げられるッ!!
「……エリアス。ギルバート王子の為ならなんでもする?」
「?勿論だ」
まるで当然のことのように返すエリアスからは予想通りの答えだった。
彼がそういう人だと、もう私は知っている。長所にも短所にもなる得るその当然のような覚悟を信じよう。
「わかった」と私も短く帰して息を吸い上げる。セシル王子もわからないように呼びかけを止めて私へ顔を向けてくるのが視界の端に入った。
浄化魔法は届かない。私達の下には町も森もある。ギルバート王子もこのままじゃ逃げるのをやめてはくれない。それならッ……!!
「ッッエリアス王子です!!!!」
吸い上げた息を全て限界まで声で張り上げる。
私程度では反応しなかった。セシル王子では精霊の判断で逃げられた。セシル王子の声が、ギルバート王子の意志を呼び起こしたから逃げられた。
それならもっと、もっとギルバート王子の意志を刺激する存在でさえあれば良い。エリアスは私達と違ってまだ一度もセシル王子に名乗っていない。八年も前にいなくなった自分じゃ呼びかけても意味がないときっと思ったからだ。だけど違う、セシル王子にとってもそうだったようにギルバート王子にとってもエリアスは〝ただの〟兄じゃない。
「今ここにエリアスがいますッ!!!王の中の王と呼ばれた第一王子が帰ってきました!!!!」
傍にいたセシル王子が耳を押さえ、エリアスも首を逸らすほどキンキン声になるまで喉を酷使する。さっきまで少しずつ距離を離して逃げていたギルバート王子は、…………こちらを向いた。
「逃げます落下も覚悟してくださいッッ!!!」
顔だけじゃない、身体ごと旋回し逃げていた時と同じ速度で向かってくる。まずいと理解したところで、今度は私達が逃げる番になる。
ギルバート王子が向かってきてくれるなら上空にいる必要はない。
ギルバート王子に追いつかれないように、全力で地上へ向かう。同じ森へ、考える余裕もない今同じ開けた場所である湖へと舞い戻る。直線ならほぼ同じ速度の筈にもかかわらず、離れていた筈のギルバート王子の熱気と殺気がヒリヒリとすぐそこまで来ていた。
振り返るだけでも追いつかれそうな危機感で、今はひたすら安全に戦える場所を選ぶ。湖を目下に捉えた時、ギルバート王子の方を向いていたのだろうセシル王子とエリアスからほぼ同時に「来る!!」と叫ばれた。
釣られて振り向いてしまえば、追ってくるギルバート王子がまたあの炎を放つ瞬間だった。私を狙っているかエリアスを狙っているかもわからない。目視した瞬間、飛行魔法を解いて落下した。
垂直に落ちる私達のちょうど頭上で炎が過ぎ去った。地上に近付くまでは自由落下に任せ、私は再び杖を向ける。自由落下よりギルバート王子の方が速い。背中に風を受けながら、今度こそギルバート王子を浄化魔法をと杖を構えれば、真上から炎を注がれた。空中で身動きができない以上、浄化魔法の構えから急ぎ氷魔法を放ったもののやっぱり駄目だった。
巨大な氷が壁になってくれたのも一瞬で、ギルバート王子の炎の勢いを消すこともなく、貫かれた。
このまま焼かれるとそう思った途端、空中で直角に身体が飛んだ。
飛行魔法じゃない、エリアスが私とセシル王子を抱え氷を足場に蹴って避けた。一瞬だけ落下が遅れ真横に飛んだお陰で、追ってきていたギルバート王子が射程内に入る。
「浄化魔法ッ!!!」
当たった、今度こそと。私達を……いやエリアスを追ってきたギルバート王子が、今度は回避もしなかった。
こちらに再び炎を放ってこようとするその前に、浄化魔法の光に包まれる。その後も反撃はなく、自由落下するギルバート王子が目に入った。その身体も今は燃えておらず、無事精霊堕ちから脱した証拠だ。
「スロース!スロース!!飛行魔法だ!!地面が近いぞ!!!!」
はっ、とセシル王子の慌てた声で我に返る。
ギルバート王子に警戒し過ぎて地面の存在を忘れていた。向かう風へと目を向ければ、本当にもう間近に迫っていた。一番高い木の先を通り過ぎ、杖を構える。
「飛行魔法!!」
再び飛行魔法を唱え、少し離れたギルバート王子ごと全員が一度、宙で止まった。




