21 魔法使いの探索
「おーい!ギルバート~!!」
エリアスの恐れも知らない呼び声を聞きながら、想像以上に穏やかな森だと思う。
ギルバート王子を探して森に入った私達だけれど、柵と看板に囲まれていた時は重々しい雰囲気に見えたものの、奥に入ってしまえば薄気味悪さの欠片もない綺麗な森だ。
天へ向かって伸びる木々は太陽の光を隠すことなく心地良く和らげ、柔らかな地面には動物の足跡がいくつも残っていた。ボロボロと樹木の表面が剥がれて苔がついている木もあるけれど、それすらただ神秘的な光景に思える。町の人が「守り神様」がいると思うのも頷ける。
風が葉を撫でる音や枝が撫で合う音が、心を落ち着けてくれる。少し踏み入っただけでも居心地の良い森だ。入り口までは胃を痛めていたセシル王子も私が治癒魔法をかけるまでもなく落ち着いたように、伸びた背筋で歩いていた。草木の香りに何度も深呼吸を繰り返している。…………と、そんな中何の情緒もへったくれもなくエリアスだけがズンズン進む。ただでさえ、八年間も山に住んでいた人だ。
「てっきり町の話通りなら、少し騒げば襲いかかってくると思ったのだが。スロース、なにか魔法で索敵できないか?あの足跡の魔法は」
「足跡魔法は使えるけど、アレは本人から足跡を辿るものだから……」
「!そんな魔法まで使えるのかスロースは。精霊魔法なら、ギルバートについている精霊を探知できる魔法とかはないか?」
エリアスに続く、セシル王子からの要望にも私は首を捻ってしまう。
精霊魔法と名前がつくから期待されるのは仕方ないものの、あくまで精霊魔法は精霊の力を借りる魔法というだけだ。そもそも精霊そのものは世界中のいたるところに無数にいる。その中で、人間に視認させることができるほど力を持った精霊が貴重で珍しいだけだ。
王子達ほどの精霊なら、魔法の発動で力を借りればすぐ近くにいるかどうか程度は感覚でわかるかもしれないけれど、精霊そのものを探知する魔法はない。魔力探知とかそういう技はお師匠様は使っていたけれど「お前には必要ない」と教えて貰えなかった。精霊の居場所だけがわかる魔法なんて知っていれば、もっと早く自分の魔法が精霊魔法だと気付けたかもしれない。
「取りあえず浄化魔法を放ってみたらどうだ?ギルバートにぶつかれば取りあえず正気には戻るのだろう?」
「流石にこの森全体を包むほどの規模は無理」
「それこそ攻撃意志だと思われればスロースが狙われる可能性もありますし……」
セシル王子の言い分に私も思いきり深く頷く。
出力下手の私でも、その範囲はセシル王子のいた部屋程度の規模だ。実害はなくても当たらず目撃だけされたら間違いなく攻撃魔法だと思われるに違いない。ギルバート王子の襲撃を相手に、無事でいられる自信はない。
けれど、こちらの言い分にそれでもエリアスは気楽そうに笑った。セシル王子が一緒になってからは特に口角を上げない自然な笑顔が多い。「大丈夫だ」と手をヒラヒラと振りながら、先頭から首ごと振り返った。
「たとえどこから来ようとも、お前達にだけは手出しをさせはしない」
……最強王子様からの言葉はなんともこういう時は心強い。
私の後ろを気遣って歩いてくれるセシル王子からもほっと息の音が漏れ聞こえた。情緒面では呆れるほど未熟なのが判明したエリアスだけど、戦闘の一点においては恐ろしく信頼できる。なにせ、山賊だってほぼ一人で壊滅状態にできた人だ。私が山賊に見つかった時も、襲われるよりも早くに倒し……、……。
突如、記憶の中にエリアスがうっかりと称してグッシャリしてしまった山賊の残骸が過る。アレも確かエリアスは生きたまま捕まえるつもりでうっかりで、しかも何度も失敗している。
今も呑気に「取りあえず見通しの良い湖に向かおう」と地図も見ないで水の匂いなのか音なのかを嗅ぎつけたように一方向へ迷い無く突き進むエリアスの背を見つめ、再び不安が湧きあがる。
「……エリアス。ちなみにギルバート王子が襲ってきたらどうやって捕まえるの?」
「それは勿論、普通に飛びかかって背後さえとればあとはこう……」
「またグシャッとする????」
「…………」
見事、黙ってしまった。手でギルバート王子を押さえつける構えをしてみせてくれたまま肩ごと固まった。自分でも反省すべき点を思い巡らせているのかもしれない。
若干、エリアスには珍しく口の端がピクついているように見えた。セシル王子からも「グシャッ……?」と不思議そうな声が聞こえる中、返事をしないのがその証拠だ。
エリアスは、山賊を全員うっかりで即死させてきた経歴を持っている。それ自体はこの世界で罪には問われないけれど、ギルバート王子にそれをやればひとたまりもない。ギルバート王子の精霊がいくら強くても、ギルバート王子は生身だ。うっかり取り押さえるつもりで殺したなんて、誰一人笑えない事態になる。
そのことを、私からなるべくやんわりとセシル王子に伝える。エリアスが以前山賊退治で力加減を間違えて捕らえるどころか殺してしまったのだという事実を伝えれば、大きく瞬きをした。また理想像を壊してしまったかなと思ったけれど、それ以上は動揺する様子はなく「そういえば」と今度は視線を宙に浮かせた。
「兄上は戦全てに勝利していたとは聞いたが、……。生け捕り自体は何度か失敗されておられますね……?」
「大将首だとどうしてもな…。だから確保はなるべく部下達に任せていた」
流石エリアス王子の大ファンもとい生き字引。途中からエリアス本人に尋ねるように怖々とした口調になるセシル王子に、エリアスも振り向きはしないものの素直に頭を掻いた。この人、王子時代からそんな殺戮モンスターっぷりだったのか。
セシル王子曰く、エリアスは戦で必ず勝利はしていたし生け捕り対失敗についてはあくまでエリアスと命を取り合う状況になった生け捕り対象者だから仕方がなかった。エリアスも自分にさえ向かってこなければ、無駄に殺すわけじゃない。戦争だし自分が殺される前に相手を仕留めるのは当然のことで、そこを失敗したからといって責められることは滅多にない。
エリアスも生け捕りは部下に任せていたものの、やっぱり大将首である自分を狙う敵は多く、うっかり死なせてしまうことが多かったらしい。
「ですが、ギルに対しては流石に兄上もそんなことないでしょう……?暴走した私にも兄上は危害は加えなかったという話ですし、幼いギルが木から落ちた時も、赤子だったアークを誘拐犯から奪い返した時もそんな事故はありませんでした。私だって兄上に背中を叩かれても痛めたことすらありませんし」
「!そういえばそうだな?!」
良かった!と、セシル王子からのフォローにエリアスも嬉しそうに今度は身体ごと振り返ってガッツポーズのように拳を握った。目を見開きながら冷や汗まで見える。あのエリアスが。
自分で自分に驚くような感想に、本当に無自覚だったんだなと思う。でもつまりは、触れた物皆破壊するというわけではないということだ。そういえば私も抱えられたことがあるけれど全くの無傷で済んだ。
今わかった。エリアスが山賊の生きたまま確保を何度も失敗していた理由の一つは、純粋な破壊力と殺傷力だけじゃない。私の魔法みたいな出力云々以前に、多分この人が山賊の命を〝どうでも良い〟と思っていたからだ。
単に他人の命をどう思わないというレベルじゃない、殺戮犯思考というよりも象が虫を踏み潰したような感覚だ。村の為を考えれば「やっちゃった」になるけれど、それ以上の反省をしない。戦経験の所為で殺しちゃうことがわりと本人の中では「あるある」程度だから、同じ失敗を繰り返す。
そして大事なご兄弟に関しては、ちゃんと考えなくても力の制御は当然のようにやっている。アーク王子の誘拐犯についてもエリアスがその場で始末したと聞いた。本当この人、王子に生まれなかったら大変なことになっていた。
私からも「なら良かった」と結論付きながら、改めてエリアスを見上げる。
「じゃあこの後どんな相手が現れても〝どう〟見えても絶対に殺さないでね?」
「どんな相手でも???ギルバートじゃなくてもか?」
「……ギルバート王子だと、エリアスが認識できないかもしれないから」
言いながらも顔が強ばった。
正直、ギルバート王子以外は殺しても良いみたいに聞こえる発言に色々指摘したいところはあるけれど、それどころじゃない。今は兄弟大好きのこの人の手でうっかり弟を殺させないことを最優先する。瞬きの数が増えるエリアスと、深刻な表情になるセシル王子に挟まれながら一年前のギルバート王子とその精霊を思い出す。少なくとも当時はちゃんと〝人間と精霊〟だった御姿だ。
『!お前は今朝の。……俺に何の用だ?』
ギルバート第三王子。王族の中でも最高位とも謳われる精霊を宿した王子だった。
とても気高く、誇り高い人だったギルバート王子は自分にも他人にも厳しかった。私も初めて挨拶させてもらった時には厳しい目で睨まれた。ハリー公爵とはまた違った意味で気難しい人だったとも思う。
自分は結婚相手なんてどうで良い。だからお前に媚び諂うつもりも仲良くしてやるつもりもないと、はっきりと言葉にされた。……そして、その上で。
『だが、国王になるのはこの俺だ。もしお前に王妃になる覚悟があるのならば、せいぜい俺のやり方に慣れるよう、今から努力するんだな』
眩しいくらい自信に溢れ、自分の野望を言葉にできる強い人だった。そして強い言葉を放つだけでなく人を想い遣れる人だと、それはゲームの記憶を思い出す前からわかった。自分が絶対国王になると言いながらも兄であるセシル王子の言うことには従い、他の王子達と同様に気遣っていた。
余所者である私も見下されることはあっても、足をいくら引っ張っても邪険にされることはなかった。任務に同行させてもらった時も転べば支えてくれたし、野盗に襲われれば必ず庇ってくれた。正体が国一番の魔法使いではないただのポンコツ見習いと知られてしまった時も、セシル王子の時と同様にそれを秘密にしてくれた。「魔法使いであることに変わりがないのなら、努力しろ」と叱咤しつつ、危険な時には必ず前に立ってくれた。
書記官や文官達に慕われるのがセシル王子であれば、ギルバート王子は貴族からの人気が高い人だった。その威厳もさることながら言葉をそのまま実行に移す力があったから、最高位精霊の所有者であることも手伝い、社交界では彼を国王にと期待する声も多かった。
『俺を評価し、媚を売るその姿勢は認めよう。だが、俺の兄弟を侮辱することは許さん!もう二度とこの俺に話しかけるなッ!!』
自分は国王になる人間だと恐れも知らず宣言し続け、だけど兄弟を卑下する言葉は冗談でも許さないギルバート王子には、こういうのが王の品格と呼ぶのだろうかとも一度思った。
今、こうして思い返してもエリアスとは全く別のタイプの〝王〟で、そしてセシル王子とはある意味正反対の在り方だった。社交界は出席していたけれど、城下の視察とかは少なかった。だけど、民の生活が脅かされる事態が発生すれば、その規模も距離も関係なく駆けつけていた。国内で起きた災害や魔獣被害ので幾度も活躍していた格好良い人だ。
まさかあの気高さが折られる日が来るなんて、夢にも思わなかった。




