61
先週は更新できなくてすみません。テスト期間中でした。
しかも、また遅れてしまった……申し訳ないです。
王宮内に轟音が響く。
「ッ――」
顔を歪めて王宮の廊下の壁を蹴る魔雪。魔王の脚力で蹴られた壁はひび割れ、跳ぶ。壁から離れた魔雪の耳にヒデが高速で回転しながら壁に激突する音が届いた。しかし、広場の壁に激突した時のように肉団子の動きは止まらず、壁を削りながらも魔雪の後を追って来る。小さな石を鬱陶しそうに右手で弾きながら今度は廊下の床を蹴り、天井付近へ逃げた。肉団子が魔雪の真下を通り過ぎようとし――跳躍。
(そう来るよなッ!)
だが、暴走状態のヒデが学習するように魔雪も逃げながら学習していた。だからこそ、肉団子が迫る中、空中で体を回転させる。そして、ヒデに背中を向けた状態で天井に両手と両足を接触させ、一気に前に跳んだ。獣のように四肢を使って天井を駆けたのだ。何とか肉団子をやり過ごした彼はもう一度、天井を駆け、更に肉団子との距離を離す。さすがに天井を転がれなかった肉団子は天井を砕いた後、地面に落ちた。
「ッ……」
天井を駆けた魔雪だったが空を飛べるわけではないため、重力に捕らわれてしまう。闇魔法があればそのまま天井を走ることができただろう。だが、チョーカーのせいで魔法は使えない。もう天井を駆けられないと判断した彼は体を回転させて廊下に着地する。すぐに走り始めた。
魔雪が肉団子から逃げ続けられたのは廊下を跳び回っているからだ。ヒデは肉の勇者。その称号通り、とても体が大きく重い。その重さゆえの破壊力が彼の持ち味である。体重の軽い魔雪の攻撃は弾くどころかそのまま吹き飛ばしてしまうだろう。闇魔法があればまだ対抗できる可能性はあるが、チョーカーを外さないと魔法は使えない。今も魔雪には攻撃手段というものがないにも等しかった。だからこうして逃げ回っているのである。
しかし、ただ逃げ回っているだけではない。
「勇者……魔王……」
そう、逃げながら彼はひたすら考えていた。
「王宮……メイド……」
この状況を打破する方法を。今まで手に入れたヒントをまとめるために声に出しながら。
何もヒデを倒す――いや、助ける方法は何も肉の勇者を倒すだけではない。
「女の子……メイド……幼女……幼女? いや、幼女はないか……おっと!?」
ミッションだ。肉の勇者のミッションを達成すれば暴走状態の彼を助けることができる。そう判断した魔雪は逃げ回りながらヒデが今までして来たことを元に彼のミッションが何か考えていたのだ。考えながら走っているので時々、肉団子に轢かれそうになっているが。
(ヒデはミッションをクリアするためにメイドを集めていた。当初、集められたメイドの待遇は悪かったが、何かがあって今のように待遇が良くなった。そして、集めるメイドの傾向にも変化があった……最初はヒデが気に入った子。今は困っている女の子)
やはり、今と昔ではあまりにも違った。問題はその違いである。
「女の子……待遇……困ってる……助ける」
じゃあ、待遇が変わったことによって何が変わったのだろうか。
では、困っている女の子を助けるように集めたことで何が変わったのだろか。
「それは……感情?」
そう、メイドたちの感情である。
待遇が悪ければヒデを憎む。しかし、待遇が良くなれば自然とヒデの評価も上がるだろう。更に貧乏な家庭や孤児などお金がなく、生きていくのが困難な子が王宮で住み込みで働き、家族にお金を送れるようになればヒデに感謝するだろう。無理矢理連れて来られた子よりは明るい感情を抱くはずである。もしかしたら、ヒデのことを好きになる子もいるかもしれない。
(なら、ヒデのミッションは誰かと結婚すること?)
しかし、それだと幼女を連れて来る意味がない。最近、ヒデが連れて来るのは幼い子が多い。魔雪がいなければ太陽孤児院の幼女を連れて行くはずだった。メイドとして役に立たない幼女を好んで連れて来る理由は何なのだろうか。大人と子供で何が違うのだろう。感情に関することなのは確かだ。
「感情の……吐露」
その正体を考えようとした彼だったが、考える前にすでに答えに行きついていた。
魔雪は感情の魔王である。感情に関することならば予知レベルの直感が働く。その直感が働く頻度は低いものの、ここ数日、ひたすらヒデのことを考えていたためか直感が働いてくれたのである。
(子供の方が感情を吐露しやすい……なら、ヒデのミッションは!)
女の子を集めた。
待遇を良くして好感度を上げやすくした。
感情を吐露しやすい子供を連れて来た。
これらのことから導き出される答えは――。
「女の子に好きと言ってもらうこと!」
ヒデはよく子供メイドと遊んでいた。そのおかげで子供メイドたちはヒデに懐いていた。やっと答えに辿り着いたと笑顔になる魔雪だったがすぐに顔を顰める。
(あれ……でも、普通に『好き』って言われてたような)
前に子供メイドに『好きー!』と言われていたのを思い出したのだ。それを聞いたヒデは笑顔を浮かべていた。しかし、感情の魔王である魔雪はその笑顔の中に別の感情が含まれていることに気付いていた。そう、それは『落胆』。
(じゃあ、他にも何か条件があるのか?)
ただの好きでは駄目なのだろう。しかし、恋愛感情を含んだ『好き』でもない。もし、それならば子供を集めてもあまり意味がないからだ。ヒデが集めた子供はまだ恋愛感情と言うものを理解していないほど幼いのだから。
「何か……何かないか?」
そこまで言った魔雪は勇者のミッションの共通点を探すことにした。
鎧の勇者は『強い者に倒されること』というミッションだった。
肉の勇者は『好きと言われること』がミッション。
共通点があるようには思えない。そもそも、勇者のミッションはかなり難易度が高いと予想される。そうじゃなければモグボルーツにいる勇者たちは簡単に日本に帰られるからだ。だが、現実は違う。鎧の勇者は日本に帰るのに30年以上かかっているし、ヒデもメイドを集めて必死に好かれようと努力しているのにも関わらず、未だミッションをクリアしていない。
じゃあ、彼らのミッションのどこが難しいのだろうか。鎧の勇者のミッションは強い人がいればすぐにクリアできる。肉の勇者のミッションは女の子から好かれるように努力すればあの太った醜い体でもクリアできるはずだ。
(鎧の勇者は……強いこともあったけど何よりもあの鎧の効果だよな)
鎧の勇者が倒されなかった大きな理由として鎧の勇者専用ユニークスキル『絶壁』が挙げられるだろう。鎧を着ている間、このスキルを持っている者にどんな物理攻撃も魔法攻撃も無効化してしまうスキルだ。このスキルのせいで鎧の勇者は勝ち続けてしまった。
(……もしかして)
勇者のスキルは――ミッションをクリアさせないための枷?
事実に行きついた魔雪だったが、一瞬だけその答えに気を取られてしまった。そして、肉団子にとってその一瞬の油断が最大のチャンスとなる。
「何ッ!?」
今まで廊下を走っていた肉団子が今まで魔雪がしていたように壁にわざとぶつかり、魔雪に向かってバウンドしたのだ。まさか壁を使って来るとは思わなかった彼は横から迫り来る肉団子を視界に入れ――。
「カハ……」
――凄まじい衝撃に襲われた。
肉団子に轢かれた魔雪はそのまま廊下の壁を突き破り、広場の地面に倒れる。丁度、広場に繋がる廊下だったのが幸いだった。もし、壁の向こうが部屋だった場合、逃げる場所がなく、何度も肉団子に轢かれることになっていただろう。
「はぁ……はぁ……」
痛む体に鞭を打って立ち上がった魔雪だったが、すでに肉団子はすぐそこまで迫っていた。何とか逃げようとするが、肉団子に轢かれたダメージが大きく体の言うことが効かない。
「くそ……」
逃げられないと判断した彼は少しでも衝撃を抑えるために重心を低くして構える。そして、肉団子が魔雪と激突する――前に彼の視界がぶれた。どんどん離れて行く肉団子を見ながら背中に伝わる温もりで魔雪はすぐに全てを察した。
「マユちゃん!」
「……遅いよ、ルフィ。後、胸揉まないで」
そう言いながら彼を抱きしめている人を見るために振り返る。そこにいたのは狼に跨ったランクSSSの超弩級変態エルフ、ルフィアだった。




