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幼女魔王の演武演劇  作者: ホッシー@VTuber
第2章 幼女魔王の召使黒狼
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 まず、魔雪の取った行動は勇者の部屋から出ることである。この部屋は他の部屋に比べて広いが、戦うのは適していない。戦いの最中に部屋そのものが崩れてしまうかもしれないのだ。それほど勇者と魔王の戦いは激しい。鎧の勇者との戦いで魔雪はそれを学んでいた。後ろ手に開いた扉から転がるように出て、魔王の身体能力をフルに活用して全速力で逃げる。そして――背後から轟音。とうとう肉の勇者が動き始めたのだ。チラリと後ろを振り返って状況を確かめようとした彼だったがすぐに目を丸くし顔を引き攣らせる。

「マジかよっ」

 魔雪が驚くのも無理はない。肉の勇者はその大きな体で“転がり”ながら彼に向かって来ているのだから。その姿はまさに肉団子。しかし、回転速度やスピード、肉の勇者本人の重量からその肉団子に轢かれれば一溜りもないのは考えなくてもわかる。すぐに前を向き、エプロンドレスのポケットからホイッスル型の魔道具を取り出す。そして、転ばないように気を付けながらホイッスルの横に付いているダイアルを回し、【3】に合わせた後、一気に吹く。甲高い音が王宮中に響き渡った。

 このホイッスルは遠くまで音を響かせる魔道具で不審者や危険な物などを見つけた時――また、緊急事態に陥った時、周囲にそれを知らせるためによく使われる。日本で言えば防犯ブザーのようなものだ。更にこのホイッスルの横に付いているダイアルを回すとその数字毎に決められた音を響かせることができる。これによって周囲に危険度をいち早く知らせられるのだ。この王宮では【1】は『警戒態勢』、【2】は『応援要請』、【3】は『避難』という具合に定められていた。つまり、魔雪は肉の勇者の暴走を見てメイドたちに『避難』するように知らせたのだ。また、念のために勇者の部屋に行く前に夜回り組のメイドたちに避難場所を指定しておいた。

(後は……)

 メイドたちの避難経路に勇者を近づけないようにメイド全員の避難が完了したことを告げるホイッスルの音が聞こえるまで逃げ回ればいい。因みに避難完了を告げる音は【1】である。ホイッスルをポケットに仕舞いながら頭の中で王宮の地図を広げ、逃走経路を弾き出す。廊下を逃げ回るよりも一度、広場に出た方が良さそうだ。幸い、魔雪の走る速度と勇者の転がる速度はほぼ同じ。このまま順調にいけば追い付かれることはない。

 それから数分ほど走り続けて広場に出た。広場の中央で止まった魔雪はメイド服を演劇部で培った早着替えスキルを駆使して脱ぎ、いつもの黒いローブ姿になる。戦闘になった場合、メイド服だと戦いにくいだろうと思い、メイド服の下に着こんでいたのだ。脱いだメイド服を抱えながら迫り来る肉団子を見据える。

「ッ――」

 そして、タイミングを見計らって右に跳んだ。肉団子は凄まじい勢いで魔雪のすぐ横を通り過ぎた。

「くっ……」

 直撃はしなかったものの体重の軽い魔雪は風圧に煽られてしまう。闇魔法が使えれば引力で地面に貼り付くことは可能だが、チョーカーのせいで魔法は一切使えない。また、『最終形態』もできなかった。急いでこのチョーカーを外さなければ魔雪に勝ち目はない。魔雪の攻撃手段は闇魔法を使ったトリッキーな格闘と熱を吸収する敵を凍らせる疑似凍結魔法のみである。このままではジリ貧でいずれ負けてしまうだろう。

 決定打がないことに奥歯を噛み締めながら空中でバランスを取り、何とか着地した。肉団子は魔雪に回避されたのに気付いたのか大きくカーブし、再び彼に迫る。今度は左に跳んで躱す。だが、躱されたことで学習したのか肉団子はその場で大きく真上に跳躍した。物理法則など完全に無視した動きだった。

「……は?」

 まさか跳ぶとは思わず、間抜けな声を漏らす魔雪。その間に跳んだ肉団子は魔雪に向かって急降下する。

「ちょ、ちょちょっ!!」

 慌ててその場を離れるも肉団子が地面に激突した時に発生した衝撃波で吹き飛ばされてしまう。地面を転がって距離を取ろうとするが顔を上げた時にはすでに肉団子はすぐそこまで来ていた。回避は間に合わないと判断して手に持っていたメイド服を投げ捨てた後、両手をクロスして防御態勢に入る。その刹那、魔雪の体に凄まじい衝撃が襲った。

「ガッ……」

 正面から轢かれた彼は何度も地面をバウンドし、王宮の塀に叩き付けられる。叩き付けられた塀に亀裂が走った。普通の人であったならばこの時点で死んでいただろう。肉団子の転がる攻撃を受けてまだ魔雪が息をしているのは体が頑丈だったからだ。

「はぁ……はぁ……」

 フラフラしながらも魔雪は倒れることなく肉団子を見続ける。彼が死んでいないと最初からわかっていたのか肉団子はまた魔雪に向かって転がって来ていた。

 躱しても跳躍され、波状攻撃を受ける。しかし、今度まともに攻撃を受ければ魔王の体であっても耐えられるかわからない。どうしようか悩んでいると王宮の方から甲高い音が響く。その音は【1】。避難が完了したのだ。

(やるしかないか!)

 それを聞いた魔雪は覚悟を決めて背後の塀へジャンプし、思い切り蹴る。そのまま体を縦回転させ、迫り来る肉団子が発生させた風圧に乗って肉団子の上を通り過ぎた。魔雪の体は軽い。それを利用してあえて風圧に乗り、体を回転させることによって更に風圧に乗りやすくしたこともあって魔雪の目論見通り、肉団子の真上を“飛ぶ”ことができた。

 まぁ、真上を通った時、跳躍されたら直撃していたが、先ほど肉団子は“学習”していた。つまり、暴走状態でも人並みの知能はあると考えられる。それは不意打ちを受けたら怯むという人間らしい反応をする可能性があった。賭けにも近い回避方法だったが、その賭けに勝った魔雪は急いで王宮内へ向かう。塀に激突し、数秒間、動かなかった肉団子もすぐに彼の後を追った。

(急げ!)

 魔雪は痛む体に鞭を打ってとある場所に向かっていた。背後から響く肉団子の転がる音を聞いて距離を測りながら走っていると目的地が見える。

「マ、マユキ!」

 大きな扉で身を隠しながら魔雪の名前を呼んだのはウサ耳メイドのマリーだった。

「マリー! 急いで中に入って!」

 大声で叫びながらマリーに指示を飛ばす。しかし、彼女は困惑したような表情を浮かべているだけで動こうとしない。今何が起きているのかわからず混乱しているのもそうだが、何より魔雪がボロボロになっているのが気になったのだ。

「ねぇ、何が起きてるの? それに怪我して……」

「今は時間がないの! 早く図書館の中に!」

 そう、魔雪が避難場所に指定したのは図書館だった。図書館の扉は重たい他、とても頑丈なのだ。避難場所としてはもってこいである。しかし、予め魔雪が図書館の扉を開けていたので入ることは出来たが、扉が重たいので閉められないのだ。そのため、メイドたちが図書館に入るまでの間、時間を稼いで全員図書館に逃げ込んだ後、魔雪が図書館の扉を閉めに来る必要があった。そのことをマリーを含めた数人のメイドに話していたが、まさか彼がボロボロになって現れるとは思わず、メイドたちは心配そうに扉の外にいる魔雪を見ていた。

「……大丈夫、なのよね?」

「……ああ、大丈夫」

 代表してそう問いかけたマリーに対し、魔雪は頷いてみせる。メイドたちは今、魔雪を追っているのがヒデだとは知らない。もし、知ってしまったらまたヒデを怖がってしまうだろう。せっかくヒデがメイドたちの信用を得るために今まで頑張って来たことが全て水の泡となってしまう。それだけは避けたかった。だからこそ、彼はただ頷くだけでそれ以上何も言わなかった。

「ッ……マリー!」

 廊下の向こうに肉団子の姿が見え、マリーの名前を叫んだ。魔雪の悲鳴を聞いたマリーは急いで図書館の中に入る。そして、魔雪に心配そうに視線を向けるメイドたちに笑って見せながら魔雪は扉を閉めた。

(これでメイドたちは大丈夫……後は――)

 そっとため息を吐いた後、迫り来る肉団子を見ながら気合を入れるために両頬を叩く。

「――ヒデを助けるだけだ」

 魔王と勇者の戦いは中盤戦へさしかかろうとしていた。


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