第1章 剥がされた仮面 3 揺らぐ日常
「家族が、危ない」
その晩、瑞希の自宅――彼女が独りで暮らす、古びた下宿先――で、響は瑞希が見せた「証拠」に目を見開いた。
それは、瑞希の両親を死に追いやった組織の、恐るべき監視網の全貌だった。なんと、その網は瑞希だけでなく、響の両親の勤務先のネットワークにまで張り巡らされていた。
「……どうして、僕の家族まで」
「彼らにとって、『愛にあふれた温かい家庭』は毒なのよ。なぜなら、自分たちの組織がいかに脆いかを見せつけられるから。お父さんがそうだったように、温かい家庭を知っている者は、悪に屈しない」
瑞希はコーヒーを差し出した。湯気が立ち昇る。殺伐とした作戦会議には不釣り合いなほど、平和な香りがした。
響は、自分も中学時代に酷いいじめを見かねて止めようとして酷い目に遭ったが自分は間違っていないと思える。それは、瑞希の父親の高野先生も子どもたちのいじめの芽を摘み取っていたからだ。でも、高野先生も自分も酷い目に遭った。高野先生の場合はもうどうしようもないくらい酷い。響は現代の社会に不信感を抱いている。
「三条くん。今のあなたは、自分を守るために壁を作っている。でも、その壁の向こう側まで彼らは火を放とうとしているわ。守るなら、攻撃するしかないのよ」
響は、両親が作ってくれる晩御飯の風景を思い浮かべた。
あの食卓を守れるなら、自分は泥にまみれてもいい。それが、響がかつての「正義感」を、より冷徹な「工作」へと進化させた理由だった。
「高野さん。敵は、学校内に『情報提供者』を潜ませている。その人物を特定し、逆にデーモンを混乱させる情報を流し込む。それが僕の第一手だ」
「……随分と、悪辣な手を使うのね」
「正義だけで勝てるなら、とっくに高野の父親は助かっている」
響の言葉に、瑞希は少しだけ苦笑した。その瞳には、かつてない信頼が宿っている。彼女にとって、唯一の光になりかけていた。
「そうね。……泥沼でも、蓮は咲く。そう言ったのは三条くんだわ」
二人は静かに頷き合った。外では雨が降り始めている。その雨音に紛れて、デーモンの工作員たちが街を徘徊しているのを感じる。
だが、響の心は不思議と凪いでいた。かつてハードルを跳ぼうとして失敗したあの頃とは違う。今の響には、瑞希という「相棒」がいた。そして何より、自分たちが守ろうとしている「温かい日常」という確固たる根っこがあった。
「明日、教室で何が起きるか……。彼らはきっと、僕を退学させようと動く」
「ええ。でも、その動き自体が彼らの自滅の始まりになるように細工してあるわ」
二人の影が、壁に重なる。
灰色の日常が剥がれ落ち、そこには「日常を守るための、最も過激で静かな反撃」が始まろうとしていた。
響は眼鏡のブリッジを強く押し上げた。もう二度と、大切な日常を誰かの悪意で汚させはしない。彼にとっての戦いは、今ここから始まったのだ。
巨悪と対局なのが愛です。
愛とは恋愛だけではありません。人間愛全般、自己肯定感、神仏、自然、ペットの愛、自分から愛を与える行為ー親切ーなどです。




