第1章 剥がされた仮面 1 教室の騒乱
放課後の図書室。埃が舞う午後の陽射しの中、三条響は数式を解いていた。
その静寂は、彼にとって唯一無二の贅沢だった。眼鏡のフレーム越しに見る世界は、常にピントがぼやけているくらいが丁度いい。何も見ず、何も聞かず、ただ平穏という名の薄氷の上を歩く。それが、中学二年のあの日、正義を振りかざしてすべてを失った少年が選んだ、唯一の生存戦略だった。
「……三条くん」
背後からの声に、響の心臓が不規則な鼓動を刻んだ。振り向かなくてもわかる。高野瑞希だ。ここ数日、彼女はまるで影のように響の周辺を徘徊している。
「図書館は喋る場所じゃないぞ、高野さん」
「ごめんなさい。でも、今日から静かにしてなんて言っていられない状況よ」
瑞希は響の前の椅子を引くと、断りもなく座り込んだ。彼女の所作には迷いがない。手にはタブレット端末が握られている。その画面には、学校のSNSの「裏掲示板」と思しき無機質な文字列が整列していた。
「見て。また新しい『標的』が作られたわ」
「……また誰かの悪口か。見たくないな」
響は目を逸らした。だが、視界の端で文字が躍る。
――『あいつ、最近調子乗ってない?』『親が教員だからって優遇されてるらしいぜ』――。
その標的になっているのは、先ほど校舎裏の路地で、上級生たちに囲まれそうになっていたところを、響がさりげなく教師を呼びに行くふりをして助けたばかりの女生徒だった。
「これ、デーモンの工作員の仕業よ」
瑞希の声が低く、冷たく響く。彼女の瞳には、かつて宿っていたであろう温かな光など微塵もなく、ただ凍てついた冬の湖のような色が混ざっていた。
「彼らはね、特定の誰かを吊るし上げることで、クラス全体の連帯感を保とうとするの。排除の対象を作ることで、自分たちが『選ばれた側』であるという錯覚を植え付ける。そうやって、健全な友情を腐敗させ、街全体を沈黙させていくのよ」
「……どうしてそこまで」
響の問いかけに、瑞希は一度、深いため息をついた。彼女は窓の外を眺めた。そこには、ただ平和な校庭が広がっているが、彼女にはそこに巣食う毒が見えているのだろう。
「……お父さんのこと、覚えてる?」
唐突な問いに、響は言葉を詰まらせた。かつて瑞希の父・高野先生は、この界隈では名の知れた小学校の敏腕教師だった。いじめの芽を即座に摘み取り、児童からも保護者からも厚い信頼を寄せられていた、温かな太陽のような人だ。
「……ああ。素晴らしい先生だったと聞いている」
「そうよ。お父さんは、いじめの兆候があれば、それがどんなに小さくても全力で向き合った。でも、その『正しさ』が、デーモンの息がかかった教師の勘に障ったの」
瑞希の手が、タブレットを強く握りしめる。指先が白く浮き上がる。
「デマを流されたわ。女子児童へのセクハラ……ありもしない汚名を着せられた。信頼は一瞬で剥がれ落ち、お父さんは学校にいられなくなった。そのうえ、憔悴しきって夜道を一人で歩いていたところを……トラックに轢かれたのよ。事故として処理されたけれど、あれは明確な暗殺よ」
響の胸が、鋭く引き裂かれるように痛んだ。
「……お母さんは?」
「……お母さんは、デマと、父親の喪失と、地域からの心ない白い目に耐えきれず、衰弱して亡くなったわ。でもね、お母さんは最後まで強かった。私がたった一人で生きていけるようにと、自分に生命保険をかけていたのよ」
瑞希がこちらを向いた。その瞳の奥には、愛する者をすべて奪われた少女の、血の滲むような復讐心が渦巻いている。
「三条くん。今日、クラスで何かが起きるわ。あなたの『仮面』を剥がすための、決定的な罠が仕掛けられている」
短編 湊、絶対絶命!よりによってなんで葵とー夏休みのイベントきも試しー
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スポーツも勉強もできる小3碇湊はお化けが苦手。そんなある夏休み、よりによって気になっていた川村葵とペアできも試しに参加することに…
という物語です。
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