序章 灰色の日常と忍び寄る悪意 3 街の異変∶忍び寄る排除の空気
響は帰り道で、馴染みの商店街で異変を感じていた。
最近、町の空気が妙に張り詰めている。いつも陽気だった八百屋の店主が、客を選ぶような視線を投げかけている。コンビニの壁には、特定の誰かを指したような中傷の落書きが、消されてはまた書かれている。
「……汚染されている」
響は独りごちた。これは個人の悪意ではない。誰かが意図的に、この街に「誰かを排斥することで安心感を得る」という空気を撒いているのだ。
SNSを開けば、学校裏サイトや地域の掲示板に、根拠のない噂が溢れている。彼らは声を荒らげるのではなく、静かに、執拗に、特定の人間を「排除」しようとしている。それが、デーモンのやり方だ。
響が角を曲がると、一人の女生徒が路地裏でクラスメイト数人に囲まれているのが見えた。
「……またか」
響は息を殺し、ポケットの中の解析ツールを握りしめる。
直接飛び込むのではない。響は手元のスマートフォンで街のWi-Fiをハッキングし、路地裏の防犯カメラの映像を一瞬だけループさせる。その隙に、女生徒が逃げ出せるタイミングを作った。
「見つけたわ」
背後から声がした。瑞希だ。彼女は響の肩越しに路地裏を見下ろしている。
「やっぱり、三条くんは『影の観測者』ね」
「……この街はもう、安全な場所じゃない。デーモンは、愛に溢れた家庭を持つ者を一番嫌う。僕の家族も、高野さんの家も、彼らにとっては『破壊すべき標的』なんだ」
瑞希は震える響の肩をじっと見つめた。
「だからこそよ。三条くん、私と一緒に『影』を追って。私一人じゃ跳び越えられないハードルもあるの」
響は目を閉じ、激しく葛藤する。両親が作ってくれる夕食の温もり。あの平穏な時間を、デーモンという名の理不尽に汚されたくない。
「……俺は走らない。もう一度転ぶのは御免だ」
「走らなくていいわ。三条くんが『歩く』だけで、この街の澱は浄化される。私がデーモンの心臓部を突き止める。そのサポートをして」
響は眼鏡を強く押し上げ、誰にも聞こえないように呟いた。
「……約束してくれ。この戦いが終わったら、僕らは元の『何者でもない二人』に戻るって」
瑞希の瞳に、かすかな涙が浮かんだ。
「……ええ、約束するわ。泥沼に咲く蓮の花みたいに、最後は必ず、私たちが勝ち残る」
二人は喧騒を背に、静かに歩き出した。
彼らがこれから跳び越えるのは、この社会に巣食う巨大な闇のシステム。
響の灰色の日常は、今、確実に色を変えようとしていた。二人の蓮の花が、静かに開こうとしていた。




