序章 灰色の日常と忍び寄る悪意 2 復讐に燃える少女∶高野瑞希
その日、高野瑞希は教室の入り口に立っていた。
ここ数週間で、彼女は別人のような冷徹さを纏うようになった。
「瑞希をいじめるなんて。いじめなんてよくもうちの瑞希を……? でも、その男の子は本当は瑞希と話をしたいのかも知れないぞ」
そう父に言われたら、幼い瑞希は少し心に刺さったトゲの痛みが和らいだような気がした。
幼い瑞希がクラスの男の子に、チビと言われると父に訴えた時だ。
父はいつも口癖のように言っていた。
「いじめられた子は悲しく苦しい思いをする。心を壊される。だから、父さんは、そんな子どもたちがいじめをしたり、いじめられる前にやめさせている。ケンカの芽を摘むということかな」
小学校の子どもたちのいじめの芽を摘む敏腕教師だった父を同じ学校の教師に女子児童にセクハラをしたというデマを保護者とともに流され、学校に居場所を失い憔悴し、夜道を1人歩いていると、車道を大幅に外れた大型トラックに轢かれるという事故で亡くし、母親も、近所に父親に流されたデマが伝わり地域からも孤立し、弱りきって亡くなってしまった。
天涯孤独になった瑞希は、その裏に「デーモン」と呼ばれる組織の影があることを知ったあの日から、彼女は復讐の女神へと変貌した。
復讐は復讐を呼ぶ連鎖にしかならない。だから、復讐するなら、自分が幸せになることが復讐だと世の中では言われているが、瑞希はそんな言葉では治まらない酷い目に遭った者は、やはり復讐を誓うようになると、この両親の理不尽な死で悟った。
瑞希の瞳には、かつての温かな光は消えている。代わりに宿るのは、冬の湖のような凍てつく決意。彼女にとって、この教室は戦場であり、ここにいる生徒たちの多くは、無意識に「悪意」を拡散させるための駒に見えていた。
瑞希の視線が、窓際の響で止まる。
(三条……。今日も息を潜めているつもり? でも、あなたが『かつての自分』を捨てきれていないことは、知っているわ)
瑞希は知っていた。響が今でも、いじめられそうな生徒がいれば、絶妙なタイミングで会話に割り込み、さりげなくその場を収めていることを。彼の「正義」は消えたのではない。極限まで目立たない形に洗練されただけなのだ。
瑞希は響の机の前で足を止めた。
「……何か用かな、高野さん」
響は顔を上げず、本に視線を落としたまま尋ねる。
「用がないと話しかけちゃいけないの? 元エースの陸上選手さん」
響の指が、ページの上でわずかに止まる。
「昔の話だ。今は帰宅部のルーティンを崩したくなくてね」
「三条くんは今も、ハードルを跳び続けているわ。ただ、それが『物理的な障害』から『人間関係の澱』に変わっただけ。私の監視システムが、何度もあなたの不自然なまでの『偶然の救済』を検知しているのよ」
響はついに本を閉じ、深い溜息をついた。
「……高野さんが追っている『デーモン』がどれほど危険か、君自身が一番分かっているはずだろう?」




