第4話:修正者と裏のプラン
スラムの入り口を、漆黒のマントを纏った集団が封鎖していた。
彼らは王宮直属の特殊部隊「修正者」。国家インフラである魔力網の乱れを検知し、不正規なアクセスを「消去」する執行官たちだ。
「特定した。個体名アリア。聖女のコードは既に無効化されている。……現在の状態は重大なバグだ」
リーダー格の男が、感情を排した声で告げる。彼の持つ魔導端末は、アリアが握りしめる錆びついた旧式とは対照的に、洗練された黄金の輝きを放っていた。
(来なさい。どうせもう、私には失うものなんて何もない)
アリアは口に残った泥を噛みしめる。足元には、先ほど救った人々が残していった拒絶の冷たさが沈んでいた。
「アリア様、プランのご利用をお勧めします。有象無象ですが、なにせ数が多い」
影の中から、取り立て人が囁く。その声は、死への誘惑のように甘い。
「……うるさい。わかってるわ」
アリアは端末の画面を睨みつけた。あとどれだけ魔法を使えば、自分は自分ですらなくなるのだろうか。
「全周、魔力展開。修正プロトコル開始」
リーダーの合図と共に、修正者たちが一斉に端末を掲げる。彼らが引き出すのは、女神のサーバから公式に引き出された安定した魔力だ。個人の命を削るリスクなどない、国家という名の巨大なバッテリーから供給される暴力。
空が裂け、光の槍が雨を貫いてアリアへと降り注いだ。
「っ……!」
アリアは反射的に端末を起動した。瞬間、激痛が脳を突き抜ける。彼女の毛先が、また数センチ白く染まった。
だが、引き換えに現れたのは、光の槍を弾き飛ばすほどの漆黒の防壁だった。
「なっ……! 違法魔法だと? そんな出力、個人で賄えるはずが……」
リーダーの冷静な声に、初めて驚愕が混じる。
「効率、効率って……うるさいのよ」
アリアの瞳が、血のような赤色に光る。
「あんたたちが『無駄』だと捨てたこの命。……その重さを感じて逝きなさい」
アリアが端末の深層メニューへと指を滑らせる。そこには、取り立て人さえ教えてくれなかった、旧式端末だけの裏プランが存在していた。命だけでなく、正気を削ることでより大きな力を引き出せる。
「警告。緊急モード。……精神汚染を開始します」
端末の機械音声が響き、スラム全体の空気が凍りついた。アリアの背後に、地獄の門が開くような巨大な影が立ち上がる。だが、その代償は、彼女の想像をはるかに超えるものだった。
「アリア様、それはさすがに……支払いが追いつきませんよ」
取り立て人が初めて仮面の奥で瞳を泳がせた。アリアの視界から、色が消えていく。その時、執行官たちの後ろから、見覚えのある黄金の馬車が姿を現した。
「やめろ! その女を殺すのはまだ早い!」
馬車の窓から顔を出したのは、アリアをパケ死だと嘲笑った元婚約者、カイル王子だった。彼の手には、アリアの持っているものと同じ、禍々しい輝きを放つ黒い端末が握られていた。
「アリア、お前は……やはり、私の最高傑作だったようだ」
王子の歪んだ笑みが、雨の中に溶けていく。対峙する二つの禁断の端末。アリアは、自分がただ追放されたのではなく、もっと巨大で醜悪な実験の歯車にされていたことに気づき始めた。
(……あいつ、最初からこれが目的で)
アリアの意識が、命の過払いによって闇に沈みかける。
(……許さない。……絶対に)
崩れ落ちるアリアを、取り立て人が冷たい腕で受け止めた。
「おやすみなさい、債務者様。……利息は、たっぷりと積もっていますよ」
スラムの闇に、不気味な嘲笑が響き渡った。




