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第5話:白銀の聖女と反逆のゼノン

雨は激しさを増し、泥濘はアリアの絶望を象徴するように深く沈み込んでいた。


取り立て人の腕の中で、アリアは薄れゆく意識を繋ぎ止める。目の前では、かつての婚約者カイルが、愉悦に歪んだ笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。


「最高傑作だと……? 何を、言っているの」


アリアの掠れた声は、激しい雨音にかき消されそうになる。


「お前は聖女として十年間、国家サーバーに膨大な『生命ログ』を蓄積し続けた。その集大成が、今まさに完成しようとしているのだよ。アリア、お前のパケ死は単なる終わりではない。この国の魔導インフラを次の次元へと押し上げる、究極のアップデートなのだ」


カイルが手元の黄金の端末を操作すると、周囲を固める『修正者』たちの武器が、一斉に青白い光を帯びた。彼らはアリアを「修復」するのではない。「バグ」として処理し、その残滓を回収するために動いている。


「全個体、捕獲プロトコル開始。抵抗するなら四肢を焼き切れ。データさえ残れば肉体の鮮度は問わない」


カイルの非情な命令が飛ぶ。修正者たちが一歩、また一歩と距離を詰めてくる。



(……ふざけないで。誰が、あんたの、おもちゃになんて……!)


アリアは震える手で、泥まみれの旧式端末を握りしめた。内側から湧き上がる怒りが、冷え切った体に熱を灯す。だが、それは聖なる癒やしの光ではない。自らの命を薪にして燃やす、どす黒い復讐の炎だった。


「取り立て人……! 追加プラン……最大出力で、接続して!」


「おやおや、正気ですか? これ以上の過充電オーバーロードは、あなたの存在そのものを消失させかねませんよ」


取り立て人が仮面の奥で目を細めるが、その声には期待が混じっていた。


「構わない……! あいつに、私の命を……一秒だって、好きにはさせない!」


「承知しました。私共としてはその決断を歓迎いたします。それでは来世以降どこかでお会いする機会がありましたら、またのご愛顧をよろしくお願い申し上げます」


取り立て人は影も形もなくなり、アリアの端末画面に「承認」ボタンが表示される。

アリアが画面の緊急承認ボタンを叩きつける。瞬間、視界が真っ白に染まった。


激痛。脳を直接焼かれるような衝撃と共に、アリアの金髪が恐ろしい速度で白銀へと侵食されていく。七割。八割。若さが吸い取られ、肌からは生気が失われていくが、それと引き換えに放たれたのは、国家の通信網さえも狂わせる漆黒の放電だった。


「なっ……魔力波形が逆流している!? 全端末、遮断プロトコルを――」


リーダー格の修正者が叫ぶが、遅かった。アリアから放たれた「バグ」の奔流が、修正者たちの黄金の端末を次々とショートさせていく。


「……は、あ……っ」


魔法を解いたアリアが膝をつく。その髪は、もはや月光のような白銀に塗り潰されていた。わずか数分の抵抗で、彼女はまた寿命を失ったのだ。


「……しぶといゴミめ。だが、通信環境が悪化したところで、物理的な包囲からは逃げられんぞ」


カイルがいまいましげに顔を歪め、近衛兵たちに突撃を命じる。もはや魔法に頼るまでもない。弱り切った老婆同然のアリアを捕らえるのは、赤子の手をひねるより容易いはずだった。


その時だった。


スラムの屋根から、金属質な音が響き渡った。


「――おいおい。随分と行儀の悪いシステム更新だな。王子様」


兵士たちの頭上から、一人の男が飛び降りた。


彼は重厚な鎧を纏いながらも、その手には剣ではなく、ハッキング用の複雑な回路が刻まれた特殊なキーボードを携えていた。男は着地と同時に、アリアの背後にあった古い魔導配管に、自らの端末を物理的に叩き込む。


管理者権限カイルへのアクセスを一時遮断。……これより、非公式の『メンテナンス』を開始する」


男がキーを叩いた瞬間、アリアとカイルを隔てる地面から、猛烈な蒸気と魔力のノイズが噴き出した。


「誰だ!? 何をした!」


「ただのバグ取り屋さ。……さあ、行くぞ。白髪の聖女様」


男は呆然とするアリアを軽々と抱え上げ、混乱する蒸気の中へと姿を消した。


背後でカイルの激昂する声が響くが、男の足取りは迷いなかった。アリアは、自分を抱える男の胸元で、不思議なほど規則正しい鼓動を聞いていた。


「……あんた、……だれ……」


「ゼノンだ。……安心しろ。お前の寿命を搾り取る契約プランには、俺も心当たりがあるんでな」


アリアの意識はそこで途絶えた。白銀の髪が、ゼノンの腕の中で雨に濡れ、冷たく輝いていた。

色々設定を整理してますので、一旦休載します。

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