第2話:命を削る特別プラン
それは人影のような形をしていながら、実体は霧のように揺らいでいる。黒いビジネススーツのような装いに、顔には真っ白な仮面。それは死神というよりは、冷徹な事務官のような風貌だった。
「改めまして、私は女神のサーバーからあぶれた『未払いの命』を回収する取り立て人。アリア様、あなたに最適な特別プランをご用意しました」
取り立て人は恭しく一礼する。その仕草は丁寧だが、発せられる言葉には一切の体温がなかった。
「お金も魔石もいらない。私の命を……時間を払えば、魔法が使えるのね?」
「その通りです。魔力とは本来、生命の脈動。それを数値化し、社会インフラとして切り売りしているのが今の国家システム。ならば、直接お支払いいただくのが最も効率的です」
取り立て人は指を鳴らす。端末の画面に、契約条項が次々と流れていく。一分一歳。その数字の重みが、アリアの胸にずしりとのしかかった。
「……っ!」
契約のサインをためらうアリアの耳に、激しい怒号と悲鳴が飛び込んできた。
「魔力未契約者は速やかに排除しろ! ここは今日から王室直轄の再開発区域だ!」
路地の入り口から、銀色の甲冑に身を包んだ一団がなだれ込んできた。王宮直属の「不払い者強制排除部隊」だ。彼らは魔法で強化された棍棒を振るい、雨をしのいでいたスラムの住人たちを容赦なく叩き出していく。
「待って、この子たちはまだ小さいの! 行く場所なんてないわ!」
一人の女性が、幼い兄妹をかばって兵士の前に立ちはだかった。
「知ったことか。魔力税も払えんゴミに、この街の空気を使う資格はない!」
兵士が魔法を帯びた手で、冷酷に女性を突き飛ばす。泣き叫ぶ子供たちに向けて、兵士は威圧的に棍棒を振り上げた。
アリアの視界が、怒りで真っ赤に染まった。
自分を裏切った王太子も、弱者をインフラから切り捨てるこの国も。すべてが許せなかった。
「……取り立て人! 今すぐプランを開始して!」
「かしこまりました。アリア・エル・フェリス様。通話を開始します。……対価は、あなたの輝かしい若さです」
アリアが画面の「承認」ボタンを強く叩いた瞬間。
端末から溢れ出した濁流のような魔力が、アリアの全身を駆け巡った。それは温かな聖女の光ではない。冷たく、鋭く、すべてを焼き尽くすような「死」の魔力だ。
「退きなさい。……その子たちに触れるな!」
アリアが叫び、空を指差す。
瞬間、兵士たちの足元の泥水が爆発するように跳ね上がり、巨大な水の槍となって彼らを一掃した。給水機さえ使わせなかったこの街のインフラが、今やアリアの意志一つで牙を剥いたのだ。
「な、なんだ、この魔力は……!?」
兵士たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、アリアは激しい目眩に襲われた。
視界の端で、自分の髪がふわりと舞う。
黄金色だったはずの毛先がわずかだが、色が薄くなったような気がする。
「……あ」
心臓が激しく脈打ち、指先の肌がほんのわずか弾力を失うのを感じる。
その寿命はどれくらい削れたのだろう。
それは救済の代償。彼女がその魔法を何のために使おうが、彼女の未来が一つずつ死んでいく。
「素晴らしい威力です、アリア様。……ですが、残り時間は大切に。あなたの寿命、確かに受領いたしました」
取り立て人の冷ややかな声が、雨音に混じって響いた。




