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第1話:聖女のパケ死。~請求金額、一億ゴールドになります~

「アリア、君との婚約を破棄する。君の魔力運用はあまりにも非効率で、わが国の財政を圧迫しているんだ」


きらびやかな王宮の晩餐会。その中心で、第一王子カイルは冷酷な言葉を放った。周囲の貴族たちから、さざ波のような失笑が漏れる。


「非、効率……?」


聖女アリアは、震える声で聞き返した。彼女はこの十年間、国を守る「絶界」をたった一人で維持してきた。文字通り、寝る間も惜しんで魔力を注ぎ続けてきたのだ。


「そうだ。最新の魔導解析によれば、君が結界に注いでいる魔力は、本来必要とされる量の三倍。無駄遣いも甚だしい。本日、より魔力効率の優れた新聖女を擁立した。君はもう不要だ」


カイル王子が指し示したのは、彼の隣でしなだれかかる美しい少女だった。アリアは頭が真っ白になった。だが、絶望はそれだけでは終わらなかった。


「それから、アリア。これが本題だ」


王子が厚い書類の束を、アリアの足元に叩きつけた。表紙には、見慣れた国章と共に、恐ろしい文言が並んでいる。


『過去十年分 魔力インフラ超過使用料・請求書』


「な、……なんですか、これは」


「本来、聖女の魔力は国の資産だ。だが君はそれを自分の魔法として勝手に、しかも非効率に使用し続けた。これは言わば、国家インフラの私的利用に対する従量課金だ」。


アリアが震える手で最後の一枚をめくると、そこには天文学的な数字が並んでいた。合計、一億ゴールド。


「一億……!? そんな、払えるわけがありません!」


「だろうな。よって、君の全財産と、聖女としての資格、および魔力契約をこの場で剥奪する」


カイルが合図すると、近衛兵たちがアリアを取り囲んだ。王子の手には、特別な魔導端末が握られている。それはこの世界の魔力の流れを管理する、言わば社会インフラの親機だ。


「パケットオーバーだ、アリア。君の契約を強制解除する」。


王子の指が端末を操作した瞬間、アリアの体から力が抜けた。全身を流れていた魔力という名のインフラが、強制的に遮断されたのだ。この世界において魔法はガスや水道と同じであり、契約を解除されれば火を灯すことさえできない。


「……っ、ハァ、ハァ……」


膝をつくアリア。


「さあ、その不払い者をスラムへ叩き出せ! 魔法も使えない無能が、どこまで生き延びられるか見ものだな!」


嘲笑の中、アリアは引きずられていく。豪華な絨毯から、泥まみれの路地裏へ。すべてを失い、一億の借金だけを背負わされた元聖女。冷たい雨が、容赦なくアリアの肩を叩く。


数時間前までは、あんなに温かな光に満ちた王宮にいたはずなのに。今、アリアが立っているのは、泥と腐臭が混じり合うスラムの路地裏だった。


「……寒い」


ガタガタと震える手で、自分の肩を抱く。


聖女としての加護を失った体は、驚くほど脆かった。この世界において、魔力とは単なる不思議な力ではない。それはガスや水道、あるいは通信網と同じく、生きていくために不可欠な社会インフラそのものだった。


アリアは震える足で、街角にある公衆魔力給水機へと向かった。喉が焼けるように渇いている。一口でいい、水が欲しかった。


彼女が給水機に手をかざすと、冷淡な魔法文字が空間に浮かび上がった。


『認証エラー。有効な魔力契約が確認できません。契約プランを更新してください』


「そんな……水くらい、使わせてよ……!」


必死に叩いても、機械は反応しない。王太子カイルによってブラックリストに入れられたアリアには、公共サービスを受ける権利さえ残されていなかった。


ふと見れば、近くのボロ屋に住む平民が、慣れた手つきで給水機を使っている。彼は自分の魔導端末をかざし、数ゴールドの決済を済ませて、たっぷりと水を受け取っていた。


本来、魔力は自然界に満ちているはずのものだ。しかし、この国は魔力を管理するという名目で、すべての魔力を女神のサーバーへと集約させてしまった。


結果として、個人が自力で魔力を生み出すことは禁じられ、すべての国民は国に高い使用料を払わなければならない。インフラを個人が自費で維持するという、社会の歪な構造がこの世界を支配していた。


「あ……っ」


空腹と脱水で視界がゆがむ。アリアは力なく崩れ落ち、ゴミ捨て場の影に倒れ込んだ。


死の足音が聞こえるような静寂の中、アリアの指先が、硬くて冷たい感触に触れた。それは、王宮が捨てたはずの、薄汚れた旧式の魔導端末だった。


『……もしもし。接続を確認しました』


頭の中に直接、低くてどこか楽しげな男の声が響く。


「……だれ?」


『私は、命の取り立て人。システムの「外側」にいる者です。……元聖女様、今さら喉が渇いた程度で死にたくはないでしょう?』


端末の画面が、ぼんやりと血のような赤色に灯る。


『特別なプランをご提案します。お金も、魔石もいりません。……ただ、あなたの「時間」を少しだけ分けていただければ、世界中の水をあなたの足元に流してみせましょう』


アリアは、泥だらけの端末を強く握りしめた。


「……条件は?」


『簡単ですよ。……一分間、魔法を行使するごとに、一年間の寿命。……使い勝手は便利ですが、支払いはあなたの命で。いかがですか?』


取り立て人の声に、抗いがたい誘惑が混じる。一度契約すれば、もう戻れない。魔法を使うたびに、どんな魔法であれ彼女の若さは失われ、老いさらばえていくだろう。


「……いいわ。契約する」


アリアの言葉が終わるか終わらないかのうちに、端末の画面に「契約完了」の文字が踊った。瞬間、スラムの路地裏に、かつての聖女をはるかに凌駕する、圧倒的な魔力の奔流が吹き荒れた。


アリアの瞳に、復讐の炎が宿る。世界を救うために若さを捧げた聖女は、死んだ。ここから先は、命を切り売りしてシステムそのものを叩き潰す、最強の不払い者の物語だ。

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