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聖堂懐胎~誰にも選ばれなかった者  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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大聖堂の日記

「日記を回収するだけなんだから、アリアナさん一人で行けばいいじゃないですか」

「回収するだけではありません。アスカさんのお腹の子の父親を探さないといけません」

「無理でしょ。だって裕太じゃないんでしょ? ってことはつまり……」


 飛鳥は、康正の幼馴染だ。裕太よりも、もっと幼い頃から知っている。


 大聖堂の広大な敷地は、高い塀によって囲われていた。傍まで来ると、康正は搬入口から入ることをアリアナに提案した。


 大聖堂の正面は錬鉄の門で閉ざされている。その向こうには広大な庭園が広がり、さらに奥に本堂が構えている。だが至るところに警備兵がおり、聖堂関係者以外は立ち入ることができない。

 康正は特例だ。搬入口からであれば入ることができる。道中でアリアナと練った嘘を口にする。


「あれ、飴屋じゃないか。また来たのか」


 搬入口にたどり着くと、警備員が声を掛けてくる。


「そちらは?」

「こちらは軍駐屯地にお勤めの、少尉のアリアナさんです」

「アリアナと申します」


 彼女が腕章を見せると、警備員は背筋を伸ばし、ぎこちなく敬礼した。アリアナは柔らかく微笑む。


「僕が軍駐屯地に卸している飴と、ここに卸している飴が同じものかどうか調べたいそうです。確認が済み次第すぐに出ますので、どうにか入れませんか?」


 警備員の表情が曇る。


「そう言われてもなぁ。上に確認しないことには……」

「そこを何とかなりませんか。聖堂の人に聞けばすぐ許可は下りると思うんですが、できれば……急いでまして。他にも調べないといけない場所があるんです」

「歩きで?」

「はい」


 警備員は唸り、しばらく悩んだあと、


「……わかった。その代わり、俺が許可したって言うなよ。確認したらすぐ出てこい」


 康正は軽く頭を下げ、そのまま中へ入った。


 アリアナを連れ、康正は倉庫ではなく本堂二階の飛鳥の私室へ向かう。

 警備員は、厳密には聖堂関係者ではない。彼らは主に外周に配置されており、堂内の警備は手薄である。


 カーテンの開け放たれた私室には、日の光が差し込んでいた。部屋は散らかっているが、足の踏み場はある。

 裕太の日記を見つけるまでに五分ほどかかった。見つけたのはアリアナだった。

 本革の、茶色い旅行鞄だった。


「待ってください」


 康正はふと気づく。


「裕太が拘束されたのは去年の七月。飛鳥に会ったのはそれ以前。どうしてここに裕太の鞄があるんだ? 捕まる前に飛鳥に会っていたのか……」

「私が送りました。普通に配送業者を使って」


 康正は納得し、鞄を開ける。文庫本や缶詰、万年筆や単眼鏡。その奥に、やや厚みのある本を見つけた。


「これですか」


 開くと、びっしりと手書きの文章が並んでいた。


 一昨年、康正たちはこの世界に召喚された。

 裕太の日記は、去年の四月末から始まっていた。前線基地への配属が決まって以降の記録だ。その頃にはすでに戦場の英雄だったらしい。四月から五月にかけては、筆跡からも順調な日常がうかがえた。


「『五月一四日 アリアナが敵軍の少将を討ち取った』──そうなんですか?」

「……よく覚えていません」


 ページを繰る。数ページ流し読みしていた康正の手が止まった。


「どうかしましたか?」

「文字数が、他のページより多い気がして……」


 数ページ戻る。


「『六月一〇日 朝練で魔術を使ったら威力が落ちていた──』」


 途中まで読み、前後を確認する。


「ここだ」


 康正はページを指で叩いた。


「多分この『六月一〇日』じゃないですか、裕太が最初に異変に気づいたのって」


 アリアナが日記を受け取る。

 康正は顎に手を当て、思いついたように日記を取り返した。


「『六月一一日 威力が戻った。気のせいか──』……ここから読んでください」


 康正は、指で示す。

 アリアナが覗き込み、


「『六月一三日 爆撃の威力、わずかに低下──』」

「その翌日はまた気のせいとあります。次はここ」

「『六月一八日 いよいよ気のせいじゃないな──』……何が言いたいんですか」

「六月一〇日を起点とします」

「起点……はい」

「この日から能力が徐々に弱まっている。そしてその日、裕太は『飛鳥に何かあったのか』と書いてます。つまり、この日に飛鳥に何かあったんじゃないですか」

「何か、とは?」

「それはわかりません。ただ──妊娠って、行為から一カ月くらい経たないと発覚しないんですよね?」


 ページを繰る。手が止まる。


「……ここですか?」

「『七月八日 魔術が完全に弱体化した──』」

「その少し前、七月三日に後方で検査を受けています。この辺りが限界だったんでしょう」

「拘束は七月一一日です」


 アリアナは覚えていたらしい。


「三日後……」


 康正は頷く。


「飛鳥の妊娠時期と重なっている可能性が高い。だとすると、一カ月前の六月一〇日とも一致する」


 アリアナの目が見開かれる。


「六月一〇日に、アスカさんは……?」

「そこは、本人に聞くしか」


 ページをめくる。


「あとこれ、知ってました?」


 指したのは七月三日の欄。


「『俺は無精子症らしい。子どもがつくれないそうだ』」


 康正が読むと、アリアナは目を伏せた。


「まさか、知ってたんですか? 裕太が子どもを作れないって」

「私が口出ししてよいことでは……」

「そんなこと言ってる場合ですか? 尊厳が守られたら裕太が救われるとでも?」

「……ごめんなさい」


 何故か急に、アリアナの両目から涙が零れだした。軍駐屯地で少尉と呼ばれ、敬礼されていた女とは思えない。

 軍人らしからぬ様子に、康正は、


「もしかして、裕太のこと好きなんですか?」

「……どうすれば彼を救えるのか、私にはもう、わかりません」


 アリアナは涙を拭った。


「何でみんな、あいつばかりに惚れるんですかね」


 アリアナが不思議そうにこちらを見つめていた。


「大きなお世話でしょうけど、あいつを好きになるの、やめといた方がいいですよ。裕太が好きなのは飛鳥です。飛鳥も裕太が好きだ。だから寵愛(ちょうあい)の加護は機能した。意味はわかりますよね?」

「寵愛の加護?」


 アリアナの表情が止まった。康正は拍子抜けする。


「それはその、アスカさんの力のことを仰っているのですよね?」

「そうです」

「大聖女に関することは、聖堂協会によって秘匿されています。軍関係者でも知らないのが普通です」

「その割に、裕太のカバンはすんなり届くんですね」

「私が手続きをしたのはユウタが拘束される前でした。軍内部に不穏な空気を感じると、ユウタから頼まれすぐに送りました」


 康正の中で整理がついてきた。裕太の口からアリアナの名が出たことはなかった。彼女は前線で、ずっと裕太と一緒だったのだ。


「あの、寵愛の加護とは何ですか」

「飛鳥が愛した相手にのみ与えることのできる加護のことです。彼女を大聖女たらしめた重要な能力です。なんせ、それを知った国王は俺たちの前で大喜びでしたから。裕太がどこにいようが、どれだけ離れていようが、愛の力だけで爆撃魔術(エクスプロージョン)とやらの力を底上げできる優れものですよ。だから毎晩礼拝堂で祈祷を上げてるんです」


 康正は日記を閉じ、アリアナへ渡した。


「この日記を持っていけば、裕太の無実を晴らせますよね」


 アリアナは日記の表紙を愛おしそうに撫でながら、


「そうでしょうか。私も魔術師です。そして、魔術師は子を成せません」


「え、アリアナさんも?」


 アリアナは顔をそむけた。




 日記は手に入ったのだ。それで解放されるはずだと康正は考えていた。ところが状況はそう簡単ではないらしい。

 アリアナ曰く。魔術師が子を設けられないのは軍内部においても周知の事実であり、つまり裕太が子を作れないことは初めから知られていたという。


「もうしばらくお付き合い願えませんか。一度この日記について、どういうことなのかユウタに確認を──」

「少尉」


 大聖堂から軍駐屯地への道すがら。

 路地の向こうから、こちらに近づいてくる背高い男の姿があった。すぐに軍人だと康正はわかった。体格が大柄だった。

 アリアナが背筋を伸ばし、敬礼した。


「休め」


 男がそう言うとアリアナは手を下ろす。


「駐屯地へ戻るところか」

「はい」


 男は一瞬、アリアナから目をそらした。


「一つ聞きたいことがある」

「何でしょう」

「少尉が部外者を連れ、地下牢へ入ったと言う者がいる。それも不思議なことに、私の許可を得て入ったというのだ。記録に残すなとも言われた、と」


 ややあって男は康正を一瞥し、


「そちらは?」

「……ヤスマサ殿です。ユウタと同じ、異世界人の」


 突然だった。男がアリアナの頬を平手打ちした。けたたましい音が路地に鳴り響いた。通行人が何人か振り返り、軍人だとわかったのか、逃げるように素通りしてゆく。


「軍規違反だ」


 男の声色は淡々としていた。

 ふらついたかに思えたアリアナは踏ん張り、「申し訳ありません」と腹から声を出した。


「今回は見逃してやる。……君もな。次はない」


 康正は軽く会釈する。


「ところで、ユウタの処刑日が来週に変更された」


 アリアナの絶句する横顔を、康正は見た。


「来週、少尉も立ち会うように」

「上官、裕太は無実です!」

「まだ言っているのか」


 上官は黙り、表情なく静かにアリアナを見る。


「時間をください、無実を証明してみせます。そのために証拠を見つけて──」

「権限はない。俺にもお前にも。我々には何も決められまい」

「しかし──」

「すべて上の裁量だ。ユウタが大聖女の腹の中の子の父親でないことは、彼を診断した軍医もわかっている。魔術師は子を成せん。少尉と同様に」

「……陰謀ですか」

「何?」

「何者かの陰謀を感じます」


 アリアナが上官と呼んだその男の口元が、ついに微妙に笑ったように康正には見えた。


「どうでもいいのだ」


 上官は康正を見、


「君ら異世界人は、外部の人間だ。しかし、しばらくのあいだ、ユウタが我々の戦力だったことは間違いない。その用は済んだ。大聖女が力を失ったいま、彼の魔術は人間ひとり破壊できん。加えて今回の、聖堂がらみのスキャンダル」


 ──俺たちは異世界人だ。ここじゃよそ者だ。


 独居房で裕太が言った言葉を、康正は反芻した。


「軍医が進言せぬのは職分の外にあるからだろう。どうでもいいのだ」

「矛盾してる……」


 康正は言葉を零した。


「魔術師は子を作れない。なら、どうして飛鳥は妊娠したんです?」


 素朴な疑問のように康正は言った。声色も穏やかだった。


「彼女は大聖女だ、魔術師ではない」

「飴を食べますよね?」


 上官は沈黙した。康正はそれを問いだと受け取った。


「僕は町工場で働いてます。そこで飴を作ってるんです」

「飴?……ああ、裕太が食べていた飴か」

「週に二度、修道院や大聖堂、軍の駐屯地へそれを届けています。駐屯地へ届けた飴は、最前線にいる裕太が食べる。魔術行使の際、血糖値が下がるので食べるんだとか」


 ですよね? とアリアナへ康正は訊いた。彼女は頷き、


「私も食べていました」

「聖堂へ届けた飴は、飛鳥と助聖女が食べるんです。祈祷の際、血糖値が下が──」

「聖堂のことは知らない」


 上官の声が康正の言葉を遮った。まるで聞くことを拒むように。


「我々はただの軍人だ」


 そう言って上官は身をひるがえす。背中は離れていった。


「ロボットみたいな人ですね」

「ロボット?」

「思っていたより、裕太を助けるのは無理そうだ……」

「まだ無理と決まったわけでは──」

「どうあっても来週、裕太は死刑になる」


 康正は淡々と言った。


「無精子症で子を作れないという事実は裕太を無罪にしない。裕太とアリアナさんは、どこかでそれが有効打になると思ってたんでしょ? 若干の余裕もあった。だから裕太は俺に日記を探させたんだ。さらに証拠と説得力の強化をさせるために」

「そうでしょうか?」


 アリアナの、上官にはたかれた方の頬が紅く腫れている。


「ユウタはこれに気づいていたと思います。だから言わなかったのでは?」

「……どういう意味ですか」

「それが証拠になると、すでに思っていなかった。だからヤスマサさんにも、自分と同じようにそう思って動いて欲しくなかった」

「それって……つまりそれ以上の証拠を俺が見つけられると、あいつが思ってるってことですか? 飛鳥の居場所すらわからないのに?」


 そう言った傍から、康正はひらめきを得た。


「どうかしました?」


 アリアナも康正の挙動の変化に気づいたようだった。


「今朝、大聖堂へ飴の補充に行った際、さっき会ったでしょ、あの警備のおっさんが変なことを言ってたんです」

「変なこと?」

「僕が補充に現れると、あれ、まだこっちに卸してたのか、あっちに変わったんだろ、って言ってきたんです」

「あっち?」

「聖堂協会病院だそうです」

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