第十七話 甘党は味覚を感じない 2
天城は店内をゆっくり見回した。
白い壁。
柔らかい照明。
甘い匂い。
笑い声。
一見すると、何も問題はない。
だが——
全部、少しずつ強い。
強すぎる。
砂糖。
香料。
照明。
色。
音。
全部が“即効性”を狙っている。
「……」
女はまた一口、クレープを食べる。
止まらない。
だが、幸福そうではない。
探している。
ずっと。
届かない何かを。
天城は女の向かいに立った。
「……甘いですか」
女は少し遅れて顔を上げる。
「……はい」
返事はする。
だが、視線は安定しない。
「美味しい?」
「……美味しいです」
「何味ですか」
数秒、止まる。
「……甘い味」
天城は黙る。
輪郭が消えている。
苺も。
クリームも。
バターも。
全部“甘い”に潰されている。
天城は静かに言う。
「短い動画、よく見ます?」
女の指が止まった。
「……仕事なので」
「編集ですか」
「……はい」
「何秒くらいで切り替えます」
女は少し考える。
「……三秒とか」
「長いと飛ばされるので」
天城は頷いた。
「毎日?」
「……はい」
「ずっと?」
「……はい」
女はまたスマートフォンを触る。
通知。
画面。
通知。
また次。
止まらない。
天城は小さく息を吐いた。
「刺激の間隔、短すぎるな」
白崎が小声で聞く。
「どういうこと?」
天城は視線を女から外さずに言う。
「脳って、慣れるんです」
「同じ刺激が続くと、反応が落ちる」
白崎は黙って聞いている。
天城は続ける。
「短い刺激を繰り返すと」
「強いものじゃないと届かなくなる」
女はまたクレープを食べる。
だが、表情は変わらない。
天城は言う。
「この人、甘いもの食べたいわけじゃないです」
白崎が眉を寄せる。
「じゃあ、何を?」
「反応です」
短く言う。
「頭が“満たされた”って判断する瞬間を探してる」
沈黙。
女の指が、また画面を切り替える。
止まれない。
「でも、来ない」
天城は続ける。
「刺激が短すぎて、定着しない」
「だから、次を入れる」
「また次を入れる」
白崎が小さく呟く。
「……ずっと、おかわりしてるみたいな?」
「近いです」
天城は頷く。
「満腹じゃなくて、“反応”を探してる」
女はスマートフォンを見たまま、小さく言った。
「……止まると、不安になるんです」
天城は視線を向ける。
女は続ける。
「次、見ないと」
「何か来てる気がして」
「遅れる気がして」
呼吸が少し浅くなる。
「だから、食べながら見る」
「でも……」
止まる。
「何食べても、同じで」
白崎が黙る。
店の空気が少し静かになった。
天城はカウンターへ向かった。
クレープ生地の焼き台を見る。
火が強い。
回転優先。
香りが飛んでいる。
焼き目が浅い。
「……香ばしさ、死んでるな」
白崎が肩を揺らした。
「……忙しくて」
「回転落とすと、並ぶから」
天城は頷く。
「クリーム、冷やしすぎです」
「温度差が強すぎる」
「甘味だけ先に来る」
白崎は息を止める。
天城は続ける。
「砂糖って、強い刺激です」
「でも、単体だと残らない」
「香りとか、温度とか、食感とか」
「本来は、順番に入ってくる」
白崎が小さく聞く。
「順番……」
「はい」
天城は焼き台を見る。
頭の中で樹形図が組み上がる。
⸻
香り。
→ 焼き目
→ バター
↓
温度。
→ 生地の熱
→ 冷やしすぎない
↓
食感。
→ 咀嚼
→ 遅延
↓
甘味。
→ 後から入れる
↓
余韻。
→ 苦味
→ 香ばしさ
⸻
「……」
天城は小さく呟く。
「最初から甘すぎる」
「だから、途中がない」
白崎が静かに聞く。
「……どうするの」
天城は棚を見る。
使うものを探す。
特別な材料はいらない。
この店にあるものでいい。
バター。
薄いコーヒー。
柑橘。
少量のラム。
ローストしたナッツ。
「……」
甘味を削るんじゃない。
順番を戻す。
“待てる舌”にする。
天城は小さく息を吐いた。
「……これ、かなり難しいな」
女はまだクレープを食べている。
だが、速度が少し落ちていた。
完全には届いていない。
だが——
言葉は、届き始めている。
天城は焼き台へ手を伸ばした。
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