第十三話 戻れない席 5
天城は器を手に取ったまま、男を見た。
すぐには差し出さない。
「……何やってるんですか」
男は少し遅れて答える。
「……設計です」
「システムの?」
「……はい」
視線は皿のまま。
「仕様、変わります?」
男の指がわずかに動く。
「……ずっと変わります」
「決めても?」
「……また来ます」
一拍。
「全部、見てから決めるんです」
呼吸が少し乱れる。
「抜けがないように」
「でも——」
止まる。
「終わらない」
天城は頷いた。
「分かってるんですよね」
男が、わずかに反応する。
「何からやればいいか」
「……はい」
「でも、動かない」
「……はい」
天城はグラスを見る。
「水、飲んでてどうです」
男は少し考える。
「……喉は通ります」
「でも?」
「……それだけです」
天城は頷く。
「今の状態」
淡々と言う。
「頭の中では決まってる」
「でも、身体が動かない」
男は黙る。
天城は続ける。
「本来は」
一拍。
「見る」
「判断する」
「動く」
短く区切る。
「この順番で進みます」
男の呼吸が、わずかに変わる。
「今は」
「それが全部同時に来てる」
「だから、止まる」
沈黙。
天城はさらに言う。
「感じても、まとまらない」
「判断しても、次に行かない」
「動き出すきっかけがない」
男は、小さく頷いた。
理解はしている。
だが、それが“抜けられない状態”だ。
天城は器を少し持ち上げる。
「これ」
静かに言う。
「一つずつ戻します」
男は視線を向ける。
天城は続ける。
「最初に、匂い」
器を少し近づける。
「これで、少しだけ頭がはっきりする」
男はゆっくり息を吸う。
柑橘の香りが入る。
眉が、わずかに動く。
天城は言う。
「次に、温度と液体」
「口が動くようになる」
「さっきの水より、ちゃんと入るはずです」
男の喉が、わずかに動く。
天城は続ける。
「少しだけ酒も入れてます」
瀬尾が反応する。
「酒?」
「ほんの少しです」
男を見る。
「考えすぎてるところを、少しだけ緩める」
男の肩が、わずかに下がる。
天城は続ける。
「味は強くしてません」
「考えなくてもいいようにしてます」
一拍。
「そのまま通るように」
男は器を見つめる。
天城は最後に言う。
「生姜と山椒」
「身体と感覚を少しだけ戻す」
「ぼやけてるのを、少しだけはっきりさせる」
沈黙。
天城は続ける。
「全部やる必要はないです」
「一つでも動けば、次が出ます」
男の指が、動く。
止まらない。
器へ伸びる。
触れる。
持ち上げる。
わずかに震える。
だが、落とさない。
男が言う。
「……分からなくても」
天城は即答する。
「いいです」
一拍。
「今は、動けばいい」
静かな声だった。
店の音が、少し戻っている。
男は器を口元へ運ぶ。
天城はその動きを見ながら、小さく息を吐く。
頭の中で、もう一度だけ流す。
香り。
温度。
液体。
緩み。
刺激。
繋がる。
過剰ではない。
今の状態なら、届く。
「……これでいけるだろう」
小さく、呟いた。




