表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

第十二話 戻れない席 4

口に入れた瞬間、違和感がはっきりした。


味は、ある。


だが——


繋がらない。


出汁は感じる。


だが、広がらない。


塩気もある。


だが、輪郭にならない。


油はある。


だが、運ばない。


「……」


天城は咀嚼を止めた。


味が“点”のまま終わる。


線にならない。


飲み込む。


喉は動く。


だが、その先に何も起きない。


身体に落ちない。


「……そうか」


小さく呟く。


天城は男を見る。


「……仕事、詰まってますか」


男は遅れて反応する。


「……はい」


「優先順位、決められなくなってませんか」


「……はい」


「一つ選ぶと、他が浮かぶ」


男の指がわずかに震える。


「……全部、同時に来る」


天城は頷く。


「判断はしてる」


「でも、次が出てこない」


「……はい」


天城はグラスを見る。


「水、軽いですね」


瀬尾が眉を動かす。


「……そうか?」


「はい」


天城は続ける。


「舌に乗るだけで、引っかからない」


「だから、味が立ち上がらない」


瀬尾は黙る。


「出汁も」


天城は鍋の方を見る。


「時間、短いですね」


「……削ってる」


「層ができてない」


「入口と奥が繋がってない」


一拍。


「空気も」


店内を見渡す。


「入るだけで終わる」


「呼吸が浅くなる」


男の方へ視線を戻す。


「だから」


「全部、途中で切れる」


男の呼吸が、わずかに乱れる。


天城はカウンターへ戻る。


手を洗う。


水に触れる。


やはり、軽い。


「……これじゃ繋がらない」


棚を見る。


あるものだけで組む。


余計なものはいらない。


その瞬間、思考が組み上がる。


樹形図が、頭の中に浮かぶ。



入口。


嗅覚。


→ 柑橘(皮・揮発)



口腔刺激。


→ 温度(温かい液体)



味の補助。


→ 出汁(薄く)



通り道。


→ アルコール(微量・揮発)



残り。


→ 香味(山椒・生姜)



枝が分かれる。


強すぎれば、拒否される。


弱すぎれば、届かない。


「……」


天城は棚を見渡す。


柑橘。


ある。


厨房の端に置かれた皮。


指で軽く潰す。


香りが立つ。


「入口はこれでいい」


次に、出汁。


そのままは使わない。


ほんの少しだけ温め直す。


重くしない。


「繋ぐだけでいい」


次に、酒。


料理酒。


そのままでは強い。


ほんの一滴。


揮発させる。


「通す」


さらに——


生姜。


薄く削る。


刺激ではなく、“起点”として使う。


山椒。


指先で砕く。


微量。


「……残す」


天城は手を止める。


頭の中で流す。


香り→温度→液体→揮発→余韻


繋がる。


今の状態でも、受け取れる。


過剰ではない。


「……これでいける」


小さく呟く。


器を取る。


静かに、準備を始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ