楽園入門の時
2024年の、本郷チドリの物語は幕を閉じた。
しかし、2002年の、村雨ツグミの戦いは、まだ終わっていない。
一人乗りのエレベーターのような物に乗り込んだツグミは、そのまま上へ上へと登っていった。その先に、さらわれた最愛の友人、糸井アヤがいるのだろうか?
(必ず、一緒に家に帰ろうね。アヤちゃん)
ツグミが改めて決意をしたその時、エレベーターが徐々に減速し、動きを止めた。
エレベーターのカバーが開き、外へと出たツグミであったが、そこにアヤはいなかった。
「うーん?」
ツグミは辺りを見まわした。そこは、まるで病院の中のように見える。ただ、窓はなく、短い廊下の先に両開きのドアが一つあるきりであった。
『楽園に、ようこそ』
突然、そんな館内放送のようなものが響いた。天使アンヘルの声だったが、あらかじめ録音されたもののようだった。
『入場者は、こちらの扉より滅菌工程へお進みください』
「滅菌工程?」
ツグミはドアを左右に開くと、またすぐに同じドアに突きあたった。どうやら扉は二重になっているらしい。再びドアを開けると、長いトンネルのようなスペースに出た。
(怪しい……)
少し先の床は、まるで水平方向に動くエスカレーターのようだった。罠の予感がする。だが、今さら引きかえすわけにもいかない。
「行ってみよう」
ツグミがそっとエスカレーター状の床に乗ると、想像通り、彼女を乗せて水平に移動し始めた。ツグミは、さながらベルトコンベアで運ばれる荷物のようだ。
「うひー!?」
ツグミが悲鳴をあげた。突如、四方八方から冷たい水の掃射を受けたからだ。
「滅菌って、こういうこと!?」
ツグミは、かけられた水の冷たさに震えながら、トンネルの各所に取り付けられたシャワーのような装置を見上げた。
そして、ツグミの受難は続く。
「あひー!?」
今度はドライヤーのような装置が現れ、ツグミに熱風を浴びせたのだ。かけた水を乾燥させるための処置であろう。もちろん、ヤケドするほど熱いわけではないが、迷惑千万なことには違いがない。
『滅菌工程は以上にて完了です。お疲れ様でした』
「あービックリした」
来た時よりも、どこかフワフワになったツグミは廊下の突き当たりまで運ばれ、ツグミはエスカレーター状の床から先へと降りた。
『楽園はこの先です。それでは永遠の快楽をお楽しみください』
それが最後のアナウンスだった。滅菌処理をされたツグミの前に、重そうな鉄の門が立ち塞がる。ツグミは直感的に、その先が『楽園』と呼ばれる場所で、そこにアヤがいると思った。鉄の門を押しのけ、ツグミはその先に進んだ。
「えっ……!?」
『楽園』に足を踏み入れたツグミは困惑した。自分は今、大きな宇宙船の中にいるはずである。しかし、そこはまるで地球上と同じような光景が広がっていた。
厳密に言えば、それはツグミが地球上では見たことがないほど綺麗な世界であった。青い空の下に草原がどこまでも続き、色とりどりの花や、美味しそうな果実がたわわに実る木々がところどころに生えていた。清い川が流れている。そのそばには、馬や牛のような生物が、呑気に水で喉をうるおしていた。
ツグミは、自分が出てきた門の方へ振り返った。門は、まるで草原の上にポツンと浮くように存在している。ツグミが出てきたはずの門の後ろにも、果てしなく草原が続いているように見えるのだ。ツグミは、門のすぐ横を手で触れた。
そう、触れられるのだ。それは、巨大なモニターであった。草原と、青空の映像を流しているに過ぎない。
「…………」
ツグミはモニターを拳で突いた。綺麗だった景色が壊れ、サイケデリックな縞模様だけが、そこには残った。
「ニセモノだ……」
一見取り繕っているが、ここは楽園に見せかけた監獄である。そうとわかったからには、ここにアヤを残していくわけにはいかないとツグミは思った。
「アヤちゃん!どこにいるの!?」
ツグミはそう呼びかけてはみたが、返事はない。このイミテーションの世界の本当の広さは不明だが、ツグミの声が簡単に聞こえるほどでもないようだ。
「あそこに行ってみよう……」
そうツグミが目線を向けたのは、大木が生えている小高い丘だった。少しでも高いところから眺めればアヤの姿を見つけられるかもしれない。そう思ったのだ。
だが、ツグミは知らなかった。ツグミはアヤを見つけられなかったが、アヤはとっくに、ツグミの姿を見つけていたことに。
アヤは、魔法少女の姿になっていた。薄紫色の衣装に、背中に同じ色の翼をつけた姿。魔法少女、ガンタンライズである。ライズは空中から、小高い丘を目指すツグミを見つめていた。そして、ニッコリと笑うと、ライズはツグミの背中に向かって急降下した。
「ばあっ!」
ライズとしては、戯れに、少し驚かせたかっただけなのだ。しかし、次の瞬間には、ライズは地面に投げ飛ばされていた。
「ふげーっ!?」
「あ、えっ!?」
まさか背後から飛びかかってきたのがライズとは知らないツグミだったのだ。反射的に投げ飛ばしてしまったが、地面に転がっているのが心から求める親友であることを認めるのに、わずかな時間も必要なかった。
「アヤちゃん!」
「うえ〜ん、ひどいよツグミちゃん……投げ飛ばすなんて」
「ご、ごめん!大丈夫?」
ツグミはライズが身を起こすのを手伝うと、その体についた草の破片を払いながら、彼女の体をよくあらためた。
(怪我はしていない。よかった。でも、なんだろう……ちょっと太ったような……?)
ツグミの認識としては、ガンタンライズことアヤは、誘拐された身なのだ。犯人の思惑をツグミが知る由もないが、ライズの様子は思っていた以上に元気そうに見える。
「も〜!探してたんだよ、ツグミちゃん!」
「探す?」
ツグミは、ライズの言葉の意味がわからなかった。探していたとは、こっちのセリフだ。
「だって、急にいなくなっちゃうんだもん!どこに行ってたの?」
「えーっと、アヤちゃん……」
ツグミは言葉をよく選びながら続ける。
「探していたって、どういうこと?私はこの数ヶ月の間、ずっとアヤちゃんを探していたんだよ?」
「私を探す……?」
笑顔だったライズの表情から、徐々にそれが消えていった。やがて、ツグミはハッキリと、ライズが会いたくない人に会ったという表情をしたのを、一瞬のことであったが、読みとった。
ツグミを傷つけるには、それで十分であった。




