反逆の時
(差し違えてでも倒す!!)
グレンエスパーダの意気は良かった。しかし、たった一つ、あと一歩及ばなかった。
「あっ!?」
グレンエスパーダの炎の剣が魔王チドリに届くことはなかった。チドリの背中から、三本目の腕が生え、その腕がエスパーダの手元を掴んだのだ。
(これも幻覚!?)
しかし現実だろうが幻覚だろうが、エスパーダは炎の剣を振り斬ることができない。チドリの手のひらから突き出した槍が、エスパーダの心臓を狙う。
(ここまでか!!)
だが、チドリの槍もまたエスパーダに触れもしなかった。エスパーダの視界から、急にチドリが消えたのだ。
「どこに!?」
驚いたエスパーダが横を向くと、そこにチドリが倒れていた。何か黒い物体が彼女にタックルを仕掛けている。
それは、空を舞っていた巨大なトンボ型の悪魔だった。トンボがぶつかってきたせいで、チドリはエスパーダへの攻撃を外したのだ。
レジーナは、魔法少女たちの誰もが思ったことを叫んだ。
「どういうこと!?あのトンボの悪魔たちは、魔王の味方じゃなかったの!?」
事実、最初はサナエたちを襲っていたトンボの悪魔なのだ。チドリはトンボを鋭い手で掴むと、力任せにグシャグシャと引き裂いた。
だが、反旗を翻したトンボはその一匹だけではなかった。2匹、3匹、それからさらに数を増した群れが、チドリに向かって襲いかかっていった。
「君!どうしてここに!?」
アケボノオーシャンがそう叫び、エスパーダは振り向いた。
そこに居たのは、サンだった。サンは、天に祈るように両腕を広げ、見えない目で空を見上げている。サンが手を振ると、トンボの悪魔がチドリに突進していった。
オーシャンには、すぐにわかった。
「あの子が悪魔をコントロールしているんだ!」
サンの超能力がトンボを支配して、魔王チドリに攻撃を仕掛けている。しかし、その代償が何なのかは、グレンエスパーダの片割れであるグレンバーンにはわかっている。
「ああ!ダメよ!サン!ダメなのに!ここにいたら!」
魔法少女ではない人間は、悪魔に見つめられると悪魔になってしまうのだ。サンが悪魔をコントロールしているとはいえ、悪魔たちの視界にサンが入らないわけがない。
「私はいいから」
とサン。
「その人を、もう楽にさせてあげてください」
エスパーダはそう言われて、チドリに視線を戻した。チドリは悪魔たちの総攻撃を受け、その対応に追われている。それはまるで、悪魔に変えられた人間たちの復讐のようでもあった。
「……終わらせる!」
そう言うや、エスパーダは炎の剣を、しっかりと握り直した。そして、全速力で魔王チドリに駆ける。
「もういい加減に死んでくれ!!」
日本陸軍伝軍刀操法、五本目の型、『直前の敵』。炎の剣を銃剣のように構え、グレンエスパーダはその切先をチドリへ突き入れた。
「…………う……ううん……?」
ここで、中村サナエが目を覚ました。
「あ、あれ?ワタシはたしか…………グレンさんと合体して……グレンエスパーダになって、それで……はっ!決着は!?」
サナエは、他の魔法少女たちがそうしているように、魔王の方へ視線を向けた。
そこでは、グレンバーンと魔王チドリの体が、まるでお互いを支え合うように密着していた。そんなグレンの真紅のコスチューム、背中部分を突き破って、槍の穂先が見えている。
「ああ……そんな!?」
だが、ヨロヨロと揺れ、やがて倒れたのはチドリであった。彼女の胸に、深々と、炎の剣が突き刺さっている。
(みんな……やった!!アタシが、魔王を倒した!!)
グレンはそう叫びながら、右腕を天に向けて突き上げた、つもりだった。だが、実際には叫び声は出ず、口から血が噴き出るだけだった。
(終わった!!これで……何もかも…………)
「グレンさん!!グレンさん!!」
サナエは慌ててグレンに近づいた。だが、グレンのすぐ側まで寄ったサナエが、金縛りにあったように動きを止める。
「どうしたんだよ!?」
風見リコもまた、怪我をした足を引きずるようにしてサナエの近くまできた。
「おい、グレンの怪我の具合は……」
「死んでます」
「え…………?」
「だから!グレンさん!もう死んじゃってるんです!!」
サナエは、なぜそう断言できるのか、自分でもよくわからなかった。ただ、目の前にいるグレンが、どうしようもなく抜け殻に見えたのだ。そして、そのサナエの直感は、残念ながら、当たっていた。
グレンが突き上げていた右腕が、徐々に力無く、だらりと垂れていく。そして、ゆらゆらと体が揺れた後、その足から力が抜けた。
「っ!」
そんなグレンを、サナエが受け止める。そして、ゆっくりと、サナエはグレンと一緒に地面に膝をつけた。
「ああ……やっぱり…………」
サナエはグレンの首筋に手を当てる。心臓の鼓動は、やはり消えてしまっていた。
「グレンさん……こうなるって、わかっていたんですよ!だから、ワタシを……合体を解いてワタシを生かして……代わりに……!うぅう……グレンさん……!」
サナエはそう言って、グレンの頭に、自分の頭をくっつけ、泣いた。グレンバーンは死んだ。誰もが時を止められたように、じっと泣き続けるサナエを見つめることしかできなかった。




