現像の時
羅刹と化した本郷チドリの攻撃の正体。
それは、どこまでも純粋に研ぎ澄まされた、殺気であった。つまり、その攻撃に実体はない。殺気を受けた相手は、ありありと、攻撃の幻影を目にすることになる。まるで脳内のフィルムに、強い光で現像されたように。
つまり、一種の念写だ。だが、その強すぎるイメージは、魔法少女たちの肉体へ直接ダメージを与えた。心に負った傷が肉体にも反映される。度し難いが、本郷チドリの殺気はそれだけの強さがあった。
こればかりは、自ら直接受けなければ理解が及ばないのは仕方がなかった。ゆえに、風見リコは果敢にもチドリに攻撃を仕掛けた。
(何の攻撃か知らないが、時間停止中なら……!)
しかし、その考えは甘かった。風見リコが時間停止をしてチドリに襲いかかる。周りの魔法少女からはリコの姿が消えたように見えたが、次の瞬間には、地面で悶えるリコの姿が現れていた。
「オレの脚がーっ!?」
そう悲鳴をあげるリコの右脛からは、やはり槍で刺されたような傷が広がっていた。
羅刹と化したチドリが責めているモノ。それは、人間の心そのものであった。時を止めたところで、人間の心が動いている限り、チドリの攻撃は止められない。ましてや、硬い鎧を着込んだとしても無駄であった。
グレンエスパーダは、この攻撃を徐々に理解しつつあった。しかし、わかったところで、どうしたら良いというのか?
「うわーっ!?」
エスパーダの喉元に突きつけられた槍が、さらにエスパーダの喉へ迫った。エスパーダは思わず尻餅をつき、這うようにして後ろへ下がるが、槍はピッタリと喉から離れない。当然であった。相手は殺気なのだ。人間の心は時間と空間を超越している。チドリから多少距離を離したところで、どうしようもない。
「う、くっ……!」
エスパーダは、今度は槍の穂先を、真剣白刃取りの要領で両手で挟んだ。しかし、それでも槍の動きは止められない。なぜならば、槍が自分に突き刺さるイメージを抱いているのは、エスパーダ自身であるからだ。
「ああああああ!!」
誰一人、この状況に打つ手はないのだろうか?
いや、ただ一人、この殺気に対抗できる者がいる。
「あっ!」
エスパーダのすぐ側を、爆音をあげて通り過ぎたのは、自らの意志をもったスーパーバイク、マサムネリベリオンであった。羅刹と化した本郷チドリに向かい、そのバイクは、果敢にも体当たりを行う。
「リベリオン!」
バイクの前輪に撥ね飛ばされ、チドリは人間とは思えない甲高い悲鳴をあげる。エスパーダに突きつけられていた槍のイメージが消滅したのは、リベリオンのおかげであった。
「そうか!リベリオンは機械だから、人間の殺気は関係ないんですねえ!」
チドリを轢いたリベリオンは、すぐさま旋回し、再びチドリに狙いを定める。ただ、当初こそ不意を突かれたチドリであったが、今は戦闘態勢をとっていた。
「リベリオン!危ない!」
そう叫んだ時には、チドリの手から伸びる槍が、リベリオンの燃料タンクを貫いていた。あふれ出るガソリンは、まるでリベリオンが血を噴き出しているようだ。
「リベリオンを助けないと!」
だが、間に合わなかった。チドリはすぐさま、リベリオンの正面に槍を突き立てた。リベリオンが、痙攣するような動きを見せる。リベリオンが自分の中枢部を貫かれたのだと、エスパーダは気づいた。
「ああ!リベリオン!ちくしょう!」
サナエを支え続けたバイクは、とうとう動かなくなってしまった。だが、リベリオンの働きは無駄ではなかった。
「リベリオン、ごめん!」
エスパーダは、野球の投手のように手足を振りかぶると、文字通り火の玉のストレートをチドリに投げつけた。今の彼女の体には、リベリオンの返り血とでも言うべき、たっぷりのガソリンが染み込んでいる。
着弾!と同時にチドリの体が燃え上がった。甲高い悲鳴が辺りに響き渡る。決定打を与えるには今がチャンスだ。そう思ったエスパーダが再び炎の剣を召喚し、チドリに襲いかかる。
(可哀想なチドリさん……)
一瞬、そのような考えがエスパーダの脳裏をよぎった。チドリの体が燃え、彼女は苦しむように体を丸めている。
だが、顔を手で覆うその奥で、エスパーダは彼女の黒い瞳が自分をじっと見つめているのに気がついた。
(しまった!誘い込まれた!)
ガソリンの炎上は、思ったほどチドリにダメージを与えなかった。そうとは知らず、あえて弱々しい姿を見せたチドリの誘いに、まんまと乗ってしまったというわけである。
しかし、もうすでにエスパーダは攻撃態勢に入っていた。今さら攻撃を止めることはできない。
「死なば諸共!」
エスパーダが炎の剣を斬り下げると同時に、エスパーダの心臓に向けて、チドリの手についた槍が伸びた。




