羽化の時
「グレンさん!」
サナエは自分より先に行くグレンに呼びかけたが、グレンは振り返りもしない。その先には、まるで黒い塔のようにチドリが立っていた。サナエは、軽く咳払いをした。
「グレンちゅわ〜〜ん!」
猫なで声でそう呼ばれたグレンは、まるで雷にでも打たれたように震えて、足を止めた。くるりと振り返る。
「その気持ちの悪い、変な声はやめなさい!」
(合体!合体!)
サナエは口だけを動かし、自分の指にはめた合体指輪を指さす。もう十分、魔王の近くまで来たはずだ。今から合体しましょう、と。グレンも意図を察して、うなずいた。
「サナエっちゃ〜〜ん!」
サナエもまた悪寒を覚えて震えたが、今はそれどころではない。お互いに名前を呼びあった。次はマジカルタッチだ!サナエとグレンは、お互いに向かって走り出した。グレンが手を伸ばし、サナエもそれに続こうとした、その瞬間であった。
「アーッ!?」
サナエの体が突然、宙に浮いた。突然、目の前でサナエをさらわれる形となったグレンが唖然として空を見上げる。
「何よ!?アレ!?」
サナエをさらったのは、グレンの目には、巨大な黒いトンボのように見えた。気味が悪いことに、トンボの両目に当たる部分は、複眼ではなく人間の目のようだった。
トンボがもう一匹現れ、今度はグレンに向かって飛んできた。グレンが炎をまとった正拳突きを放つと、まともにくらったトンボが爆発四散する。
「コイツら!一体どこから!?」
誰かがグレンの肩を後ろから叩いた。敵かと思い振り向いたグレンだったが、そばにいたのは風見リコである。リコもサナエたちを援護するために二人について行ったのだ。
「見ろよ!」
リコが指さす先にグレンも視線を向けた。それは、バンで移動する最中にも見た、黒い塊だった。だが、その様子が違っていた。まるで卵から雛が孵るように、いや、サナギから羽化するというのが正解なのだろう。黒い塊を破り、トンボ型の悪魔が生まれる、そんな光景が無数に繰り広げられていた。
「なんてこと……この黒い塊、全部が、ヤツらのサナギなの!?」
とにかく問題なのはさらわれたサナエだ。
「うぎゃあああっ!?」
トンボの悪魔は大顎を拡げ、サナエの頭に噛みつこうとした。サナエが頭を振ってそれを振り払おうとしたが、トンボは構わず彼女の銀髪に歯を食い込ませる。
「イタタタタタッ!!」
髪の毛を引っ張られる形となったサナエが悲鳴をあげるが、トンボ悪魔は首を動かして再びサナエの頭部を狙う。そんなトンボの片目に、光るトランプがブスリと突き刺さった。
アケボノオーシャンが放った結界のカッターである。停車したバンから降りたオーシャンは、レジーナに肩を支えられてなんとか立ち、空を見上げていた。トンボは奇怪な悲鳴をあげ、サナエもろとも地面に墜落する。
「うひぃ!」
サナエは尻餅をつきながら地面に降りたが、どうやらサナエの尻はトンボをそのまま踏み潰したらしい。地面の上でピクピクと痙攣するトンボを振り返り、サナエは顔をしかめた。
「うえ〜〜!なんですかコレ〜〜!?」
バンバンと発砲音が響いた。レジーナがライフルを構え、トンボたちを狙撃しているのだ。サナギから羽化したばかりのトンボはそれで絶命したが、すでに何匹も空中に解き放たれている。
「サナエ!ここは私たちに任せて、早く合体して魔王を倒すのよ!」
レジーナがそう叫び、今は地面に座りこんでいるオーシャンも、サナエに向かってうなずいた。
どう考えても、このトンボ悪魔が生まれた原因は魔王の娘、本郷チドリにある。グレンは単独で、黒い鱗におおわれたチドリに立ち向かっていた。
「おらっ!!」
意外にも、グレンの放った跳び蹴りには手ごたえがあった。認識阻害のせいで、さっきまでは攻撃さえおぼつかなかったが、頭部を狙った蹴りはチドリを後退させた。
(いけるか!?)
だがチドリはすぐに体勢を直し、力任せに拳を突き出した。グレンは両腕をクロスさせるようにしてそれを防御したが、彼女の体は交通事故にでもあったように跳ね飛ばされた。
「ぐっ!?」
グレンはプライドを傷つけられた。なるほど、自分に対しては認識阻害の力は必要ですらないのか、と。
そうしている間にも、グレンの周囲にトンボが群れをなす。
「くそっ!コイツら!邪魔するな!」
トンボ悪魔は牙を剥き、グレンに襲いかかろうとした。だが、トンボ悪魔の頭が急に破裂した。
「おい!グレン!」
その声と同時に急に現れたのは風見リコだ。
「このトンボ野郎は、オレがなんとかしてやる!」
そう言うやリコの姿が消え、即座に数匹のトンボが破裂した。リコが時間停止を駆使してトンボを駆逐しているのである。
「ええ!後ろはまかせたわ!」
再び魔王に向き合ったグレンは、彼女の動きをよく観察した。そして、気づいた。
(アイツ自身も、あの体には慣れていないんだわ!)
本来、魔王の娘こと本郷チドリは拳法の達人である。それが、今は力任せに腕力を振るうしかない。認識阻害の力を使ったのも、あるいはそれを補うためだったのか、と。
「おおお!!」
鬨の声をあげ、グレンが魔王に飛びかかった。魔王は力任せの右フックで迎撃しようとするも、グレンは滑りこむように体勢を低くし、それをかわした。バランスを崩した魔王の背後に回り込み、グレンが敵の巨体を羽交締めにする。魔王はなんとかグレンを引き剥がそうとしたが、グレンは力の限り締め上げ、その手を離さなかった。そして叫ぶ。
「サナエ!!やれえっ!!」
「はい!!」
背中に気をとられていた魔王は、正面にいるサナエにやっと気がついた。いつの間にか、サナエは愛車にまたがっている。
「わあああああ!!」
サナエは悲鳴のような雄叫びをあげながら、バイクごと魔王に体当たりを仕掛けた。ぶつかる瞬間、見事グレンは魔王の背中からジャンプしサナエの突進を避ける。サナエのリベリオンに轢かれた魔王チドリは、数メートル先の瓦礫の山に叩きつけられた。
「サナエ!」
「グレンさん!」
合体のタイミングは今しかない。二人はすかさず左手をあげた。
「「マジカルタッチ!!」」
魔法少女たちの拍子は完璧に合っていた。これで合体魔法少女になれるはずであった。
「……え?」
グレンが次に目にしたのは、気絶して倒れるサナエであった。




