合体指南の時
それから、しばらく経ってからの事である。
無人の街を、一台のバンが走っていく。運転しているのはディーバレジーナだ。風見リコは、助手席に座って、じっと街の様子を眺めていた。天気が晴れているので、太陽が西に沈みつつあるのがよく見える。
「おい!なんか変な物があるぜ!」
リコが指差す通り、路上のあちこちに、黒く、硬そうな物体が大小、ゴロゴロと転がっていた。それは、人間の姿を捨てて修羅になったチドリの体表と、よく似ていた。
バンの中列に座るグレンバーンも、それを一瞥した。しかし、すぐに視線をバンの床に戻した。これから魔王と闘って決着をつける。そのため気が昂っているのだ。
それとは対照的に、後部座席に座るサナエは恐怖に震えていた。そのすぐ隣に、ぐったりとした様子で座っていたアケボノオーシャンが目を開けた。
「あの黒いの、何だかわかる?」
オーシャンは、今は不思議な心眼をもつサナエに頼るしかない。しかし、サナエは首を横に振った。
「わかりません。だけど、なんだかすご〜く嫌な予感がします。ああ……」
「ねぇ、やっぱり無茶よ!」
レジーナがそう言った。
「サナエとグレンを合体させて闘うなんて!」
「その事なら、何回も話し合っただろ?」
リコがそう応える。
「サナエなら魔王をちゃんと視れるし、グレンの火力なら攻撃が通じるかもしれない。だから、魔王と闘うには二人が合体するしかないんだ」
幸いなことに、合体指輪のペアは存在した。サナエが別世界のレジーナから収得した指輪が一つ。もう一つは、この世界のレジーナが開発したプロトタイプだ。
(うまく合体できるかしら……?)
レジーナに自信はない。なにしろ、この指輪で合体を完遂した魔法少女は、過去にも未来にも、一人もいないのだから。
(だけど、みんなが言う通り……やるしかない)
レジーナはルームミラー越しにグレンとサナエを見た。二人の左手薬指には、すでに合体指輪がはめられている。
「合体指輪の使い方は、もう憶えたわよね?」
「ええ」
「いいえ!」
グレンはうなずいたが、サナエは首を横に振った。
「あの、もう一度、説明を聞いてもいいですか!?」
キキーッという音を鳴らし、バンが急停止した。レジーナが後部座席に首を伸ばして叫ぶ。
「さっき、あれほど説明したでしょ!?」
「ええ、でも、自信がなくて……すみません…………」
「いいのよ、サナエ」
助け船を出したのはグレンだ。
「今回の闘い……ミスは絶対に許されないわ。納得いくまで聞いておくべきよ」
レジーナは仕方ないわね、と肩をすくめ、サナエの指輪を指差した。
「そうね。明日のための合体指輪の使い方その1、お互いの左薬指に合体指輪をはめること」
サナエはレジーナの言葉を聞いて、万が一にも自分の中指に指輪がはまっていないか、よく確認した。ちなみに、サナエがつけている方が、この世界のレジーナが開発した指輪だ。
「指輪をつけただけでは合体しないんですねぇ」
「そうよ。それで、これからが本番。お互いの名前を呼び合うの」
レジーナはそう言うと、グレンとサナエを交互に睨んだ。
「ほら、早く!」
「え、ここで?」
サナエはまごまごしながら「グレンさ〜ん!」と叫んだ。グレンもまた。「サナエ!」と一喝する。
「ああ、ダメダメ!」
レジーナが怒った。
「あなたたち二人は合体するのよ。もっとお互いに、愛情をもって呼び合わなくちゃ。初夜みたいに」
「……努力するわ」
そうつぶやくグレンに、レジーナはひとまずよしとした。
「そして、最後。二人そろって『マジカルタッチ』と叫びながら左手でハイタッチする。それで合体ができるわ!」
「え、それってウルトラタッ……」
「マジカルタッチ!」
レジーナはサナエが言いかけた事をさえぎるように、そう念を押した。そして再びバンは走りだす。
「ところで、もう合体しておいた方がいいんじゃないですか?」
「ダメダメ」
レジーナは、サナエは何もわかっていないとばかりに首を振る。
「合体には制限時間があるわ。設計上、30分は合体できるはずなんだけど、魔法少女同士の相性が悪いと3分も保たないの。できるだけ魔王に近づいてから合体するべきだわ」
「ふえぇ……」
サナエには、嫌な予感しかしなかった。
やがてバンは、かつては水族館があった瓦礫の山に近づいた。遠くからでも、魔王の姿はよく見えた。リコがつぶやく。
「向こうからもオレたちが見えていると考える方が妥当だよな」
「あわわわわわ!」
「なんだよ、サナエ?」
「チドリさん、すごく怒っているように見えます!」
グレンがそれを聞いて鼻で笑った。
「そりゃあ、自分の家を爆破されたんですもの!尻の穴に指を突っ込まれたくらい怒っているはずよ。なに?お茶とケーキでもてなしてもらえるとでも思ったの?」
グレンはブルっと武者震いをすると、まだ走行中のバンのスライドドアを開け、飛び降りてしまった。これには誰もが閉口した。気をとりなおしたオーシャンがサナエに叫ぶ。
「おギンちゃん!グレンを追いかけて!」
「え?あ!はいっ!!」
「まったく!気が短いんだから!」
レジーナはバンを停車させた。サナエが慌てて降車し、グレンを追いかけた。
「パンケーキみたいにペチャンコにされたらどうしよう……」
サナエはそうひとりごちた。




