もう人間をやめた時、修羅
「なんなのよ……コイツ…………!?」
そう漏らすグレンの目前で、本郷チドリの変身が始まっていた。
体全体が。白かった皮膚ですら、黒く、硬くなっていく。メキメキと音を立てながら、チドリの小柄な体が、骨格ごと大きくなっていった。今では、大人の男性よりも、一回りも大きくなっている。体を包んでいた黒い包帯が鋭利に成長して、竜の鱗のように体を包んでいき、手足の指が、不気味に伸びた。
チドリは言葉を発しない。影に包まれた顔は、もはや人間の言葉を失ってしまったかのようだった。
「あれが、あの人の本当の姿なんです」
とグレンサン。
「魔法少女の力で無理矢理人間みたいな姿を保っていただけです」
サナエは呆然とチドリの変身を見つめていた。ここにいる魔法少女たちの中で、唯一彼女だけは、チドリともきっとわかりあえると信じていたのだ。
「ああ、チドリさん……もう人間ではなくなっていたのですね…………」
「だから何なの!」
そう吠えたのはグレンバーンだ。
「こいつがもはや人間ではない、人でなしだなんて、わかりきっていたことじゃない!今がチャンスなのは、何も変わらないわ!」
「待ってグレン!もっと慎重に……!」
オーシャンがそう叫んだが、グレンは止まらない。炎を帯びたグレンの正拳突きが、チドリの顔面をとらえた。
「おらおらおらおらおら!!」
グレンはたたみかけるように攻撃を重ねる。たしかに、彼女の重い一撃が決まるたびにチドリの体が後退するが、それが効果的ではないことをサンは感じとっていた。
「いけない!お母さん、まるで効いてはいないよ!」
「バカな!そんなわけ……!」
息子の忠告をグレンが真に理解した時には、グレンは瓦礫の山にその身を叩きつけられていた。グレンには、一体自分が何をされたのかわからなかった。ただ、胸の辺りがズキズキと痛むだけだ。
「な……何なの!?時間停止!?」
「いや、違う!動きが速かっただけだ!マジにな!」
グレンが自分の真横に視線を向けると、風見リコが同じように倒れていた。
「どういうこと!?」
「オレが時を止めたんだ……!間違いなく時を止めたのに、アイツ、動きやがった!」
アケボノオーシャンも結界のカッターを飛ばしてチドリを攻撃した。しかし、結界のカッターは簡単にチドリの鱗に弾かれた。
「わからない!どこが弱点なんだろう!?……あっ!」
結界のカッターがオーシャンに向かって飛んできた。オーシャンは当たる寸前にかわしたが、結界のカッターが反転し、再びオーシャンに襲いかかる。
「ええっ!?なんで!?」
「落ち着いてくださいよ!みなさん!」
そう叫んだのはサナエだ。
「グレンさん!自分でわからなかったのですか?あなたは自分で自分を攻撃したんです!リコさんも……ワタシには直接見えないことですが、自分の攻撃で吹き飛ばされたんですよ!オーシャンさんも!今だって!」
オーシャンはやむなく、防御用の結界を展開してカッターと相殺させた。それを見ても、グレンはサナエの言葉を信じられないでいた。
「そんなわけないでしょ!アタシはたしかに魔王を攻撃したのよ!」
サナエは無視して、サンに問いかけた。
「ねぇ!君ならわかるんじゃないですか!?チドリさんは、本当はあそこにいないんじゃないですか!?」
「あっ、ええ……ごめんなさい!ちょっとビックリしていたから……」
サンは深呼吸をして、ジッとうつむいた。その間も、魔王チドリは動かない。少しして、またもやサンは動揺した様子で、こう答えた。
「みんなの後ろにいます!」
「はぁ!?」
リコが素早く後ろを振り返った。だが、そこに魔王の姿は見えない。
「いねぇよ!」
「ちょっと待って!」
グレンがそう言って地面を指差す。
「おかしいわよ!こんなに空が晴れて……はっきりと影ができているのに……変よ!みんな影の向きがバラバラだわ!」
「ああ!そういうことね!」
アケボノオーシャンがそう叫び、背泳ぎをするように右腕を後ろに回した。その軌跡から結界のカッターが現れると、オーシャンの背面に飛んで行く。
リコが叫んだ。
「あっ!結界の飛ぶ方向が変わった!」
結界のカッターはブーメランのように軌道を変え、黒いチドリに向かって飛んでいった。
「光が屈折しているんだ。魔王の所業にしては子ども騙しじゃないか」
結界のカッターは、今度こそ魔王に向かって飛んでいく。そして、魔王の首に光のカッターが当たり、真っ赤な血しぶきがあがった。
「ごめんよ、チドリちゃん。私たちにはこうするしか…………」
だが、そう言いかけたオーシャンが、誰よりも先に異変に気がついた。首筋に激痛が走ったのだ。
「えっ…………!?」
オーシャンは咄嗟に自分の首に手を当てた。血しぶきが上がっていたのは、アケボノオーシャンの首からであった。
アケボノオーシャンの視界が徐々に暗くなっていく……




