青空の時
中村サナエ改めスイギンスパーダは、再び光の剣でトコヤミの光線を防ぐ。それで拮抗するかと思いきや、思わぬピンチがスパーダを襲った。
「ああ!エネルギーが!」
スイギンスパーダの緑色の目がピコンピコンと点滅を始めた。強化服と、光の剣を作るエネルギーとが、少なくなってきたサインだ。事実、光の剣の長さが、先端から少しずつ短くなっていった。
「ひい〜!!ヤバい!!ヤバい!!ヤバい!!」
光の剣の長さが半分になり、さらに短くなり、しまいにはバターナイフ程度の長さになってしまった。こうなっては、もう、殺人光線を防御することができない。
「あ!あ!あ!あ!ああ!!」
スパーダは直接、トコヤミの光線をその体に受けた。スパーダの装甲は、それでもしばらくは光線に耐えた。しかし、中身のサナエはそろそろ限界だ。
「脱出ぅ!!」
スイギンスパーダの強化服が背中から割れ、サナエがまろび出た。主を失った強化服は、やがて光線によって溶断された。
「?」
サナエが脱出した際、彼女の懐から銀色の指輪が二つ、転がり出た。一つはサナエのすぐ横で止まったが、もう一つはトコヤミの足元まで転がった。拾ってみたが、トコヤミには、それが何かはわからない。
その時には、アケボノオーシャンが瓦礫の下から這い出していた。転がる銀色の指輪に、見覚えがある。
「それ!合体指輪だ!」
「え?何ですかそれ?」
合体指輪とは、魔法少女が二人一組になって使用し、二人で一人の魔法少女になるアイテムだ。サナエは異世界にいたディーバレジーナからそれを収得したのだが、それはオーシャンの知るところではない。
「私も気になるな。名前からして、二人の魔法少女が合体するアイテムみたい」
「あ!」
トコヤミは拾った指輪をギュッと握りつぶしてしまった。これでは合体指輪は使えない。
(まぁ、いい!どうせ合体指輪が有るなんて思ってもみなかったんだし!)
オーシャンは自分にそう言い聞かせた。もはや作戦がどうこうという場面ではないが、トコヤミを引きつけていれば、後から来るグレンたちがサンを保護するはずだ。
だが悪い事は重なるものだ。
「しまった!」
オーシャンがそう唸った時には、トコヤミの体を包む黒い包帯が、触手のように、グレンサンを絡めとっていた。サンは、なすすべもなく、トコヤミのそばまで引き寄せられる。
卑怯とは言えない。トコヤミがアケボノオーシャンたちを相手にするには、これが一番合理的な手段だからだ。
(合理的……)
何かがオーシャンの心に引っかかった。合理を崩すには、非合理しかないのではないか、と。
「レジーナ!水族館の南側を爆破して!」
無線機越しにそう叫ばれたレジーナは耳を疑った。
『嘘でしょ!?あなたたち、その付近に居るじゃない!』
「いいから!早く!」
「ええ!?オーシャンさん、なんで!?あぎゃーっ!?」
サナエの咄嗟の叫びもむなしく、轟音が魔法少女たちを包んだ。口には出さないが、トコヤミサイレンスも驚いた顔を隠せない。
「次にチドリちゃんは!人質がいるのにあり得ない……と言う!」
オーシャンはビシッとトコヤミを指差しながらそう叫んだ。だが、トコヤミが返事をするよりも前に、爆破された瓦礫が彼女たちを押し包んだ。
それからしばし時間が経ってからのことだ。
「サン!サン、どこなの!?」
グレンがサンを探しに現れた。水族館の南側半分、つまりオーシャンたちがいた場所は瓦礫の山になってしまっている。魔法少女ならともかく、千里眼を備えただけの男の子でしかないサンは、瓦礫の下敷きになってしまえば体がもたない。
「あ!見ろよ、グレン!」
そうリコが指差す先で、瓦礫の下から青い光が見えていた。
青い光の正体はアケボノオーシャンの結界である。リコとグレンが瓦礫を除くと、青い立方体型の結界の中に、グレンサンを発見した。立方体の結界は、まるでグレンたちが発見するのを待っていたかのように消失する。中から出てきたサンが、何食わぬ顔で立ち上がった。
「サン!よかった!」
「オーシャンの奴、ちゃんと結界でサンを守ったんだな」
「でもオーシャンは!?」
その時、瓦礫の山が盛り上がり、そこからアケボノオーシャンが瓦礫を蹴散らすようにして姿を見せた。グレンは息子の恩人が無事であるのを見て安堵した。
「うまくいくかわからなかったけれど、うまくいって良かったかな」
とオーシャン。そんなオーシャンをリコが小突いた。
「このヤロウ!まともじゃないぜ!でも、よくやったな!」
「お〜い……お〜い……」
瓦礫の下からうめき声が聞こえる。
「誰か〜……助けてくださ〜い……!」
サナエの声であった。声の方を見ると、サナエの右手らしきものが瓦礫の下から飛び出ている。その手のそばに、サナエの愛車マサムネリベリオンが近づいた。サナエの手がリベリオンのフレームを掴むと、リベリオンはエンジンを唸らせ、サナエを瓦礫の下から引きずりだした。
「みんな無事だったみたいだね!」
オーシャンがそう言うと、グレンが空を指差した。
「見て!」
その場にいる全員が空を見上げた。雲ひとつない青空が広がっている。太陽を直視したのは、この世界のグレンにとっては、ゆうに10年はなかったことだった。
「太陽って、こんなに綺麗だったのね……」
「ということは、よぉ。魔王の娘は……死んだのか?」
リコがそうつぶやく一方、サナエはオーシャンの手に何かを押しつけた。それは、合体指輪の一つであった。
「これは、別世界のレジーナさんから受け継いだ物です。大事な物なんでしょ?」
「ああ、うん」
オーシャンは合体指輪について、手短にサナエに説明した。
「でも、もう必要なくなったかも。今度は、私たちが過去の世界に戻る方法を考えなくちゃ。でも、きっと大丈夫。レジーナがタイムマシンのプロトタイプを作っているし、壊れたタイムマシンの部品を移植できれば、きっと動かすことが……」
「生きていますよ」
オーシャンの言葉をさえぎったのは、サンだった。サンの言葉に、グレンが動揺する。
「サン!生きているって……まさか!そんな!」
魔王は死んではいない。サン以外のメンバーがそれを知るのに、あまり時間は必要ではなかった。
瓦礫を押し除け、トコヤミサイレンスが姿を現した。爆発の瞬間、アケボノオーシャンの結界で守られていたサナエたちと違い、トコヤミはボロボロになっていた。黒い包帯で包まれている体が、出血で黒くベタついている。爆破時に飛んできたガラス片に体を刺されたのだ。その顔も血にまみれ、彼女の表情は読めない。
しばし、呆気にとられた魔法少女たちであったが、グレンがすぐさま飛びかかった。
「今よ!奴を仕留めるなら今しかない!」
「待って!何か様子が変だよ!」
オーシャンの言葉に反応したというより、グレンはトコヤミの姿を見て動きを止めた。トコヤミは、両手で顔をおおったのだ。まるで泣いているようだった。
だが、トコヤミは。本郷チドリは泣いているわけではなかった。彼女の右手に光る魔法少女の指輪が、砂のようにサラサラと分解された。そして、チドリの姿が、誰も見たことがないモノへと変わっていく。




