幻惑の時
「帰って、どうするの?」
トコヤミは冷たい声でサンにそう問いた。
「君の母親を自認する魔法少女は、君を使って人類を再生しようと考えている。それがどういう意味かわかる?君は陵辱される運命にある。それは、君が思うほど気持ちのいいものではないよ」
(子どもに向かってなんちゅー事を言うんですか!?)
トコヤミのあまりの言い草に固まってしまうサナエであったが、グズグズしている場合ではない。トコヤミがその気になれば、人質を殺すのは容易いことだからだ。なにしろ、トコヤミは睨んだだけで人を殺せる。その両目から殺人光線を発射することができるからだ。
だが、その視線はサンにではなく、サナエに向けられた。
「あ、やばい!」
トコヤミの両目からサナエに向けて光線が放たれた。悪いことに、今は強化服を脱いだ無防備なサナエだ。しかし、サナエには光の剣がある。夢中になって剣を構えると、光の剣が光線を防いでくれた。
「あちちちち!!」
光の剣とトコヤミの光線がぶつかり合い、文字通り火花を散らす。
(でも!こうしているうちに、みんなが助けに来てくれるはずです!)
そう思い、サナエはなんとか耐えることにした。
実際、屋上の穴からグレンバーンと風見リコはすでに突入していた。電灯があっても、なお薄暗い水族館の廊下を二人の魔法少女が駆けていく。
「くそっ!サナエとサンはどこにいるんだぁ?」
「きっと入り口の方よ!ああ!でも、どっちに行けばいいのかしら!?」
奇しくも二人は、さっきまでサンがいた巨大水槽前まで辿り着いていた。だが、すでにサンはそこから動いている。無線機で聞いた通り、サンはよりにもよって、戦闘中のサナエとトコヤミのそばにいるのだ。
「うぇ〜?なんだ、こりゃ?」
リコはつい、水槽を泳ぐ怪生物に視線を奪われた。白い皮膚をした、目のない、イルカのような、ヒトのような生き物だ。
「そんなの、気にしなくていいわ!」
とグレン。
「魔王の娘が飼っている悪魔よ。罪のない、本当の人間だとか言って……バカバカしい!根拠のない誇大妄想……」
そう言いかけたところで、水槽が割れ、中からその『本当の人間』が一人、飛び出した。まるで二人の魔法少女の行く手を阻むかのように飛び出した白い悪魔が、ビチビチと廊下でのたうちまわっている。
「こいつ!」
「よせよせ!グレン!」
白い悪魔へ攻撃しようとしたグレンをリコが止めた。
「得体の知れない奴に攻撃するんじゃねーぜ!昨日、それで痛い目にあった事を学ばなかったのかよ!」
「はぁ!?何のことよ!?」
リコが言っているのは怪人アンバースのことだ。あらゆる攻撃を模倣され辛酸を舐めたのはリコの記憶に新しいが、あいにく、この世界のグレンは知らない。
「とにかく!こいつはピチピチチャパチャパ跳ねているだけだし……横をすり抜けて行こうぜ」
リコはそう言って白い悪魔に近づいた。だが、急に足を止める。
「なによ?」
「いや……オレ思ったんだけど……」
リコは困った顔をしてグレンに振り向く。
「このまま、人類は滅びるべきなんじゃないかって……」
「はあ!?」
リコは再び視線を白い悪魔に戻した。
「どうせ人類がいてもよ〜戦争とか差別とか、そういうの無くならないだろ?いっそ、ここできれいサッパリ消えちまった方がよ〜……」
「ちょっと、アンタおかしいわよ!しっかりして!」
グレンはすぐに、リコの様子がおかしくなった原因は白い悪魔にあるのではないかと思った。やはり、この悪魔は倒すべきだ、と。
グレンは火球を作り出すと、それを白い悪魔にぶつけようとした。だが、その手が止まった。
「あ、あれ?」
よく見ると、そこにいるのは白い悪魔ではない。自分の息子、サンではないか。
「サン!そこにいたのね!」
グレンが白い悪魔にそう呼びかけるが、リコもなぜか、それに違和感を覚えないでいる。グレンの目には今、白い悪魔がサンに見えているのだ。
「ああ、そう……サンは、ずっとここに居たいのね……」
グレンは独り言のようにそう言う。リコはリコで、それにウンウンとうなづいていた。
「そうだよな〜どうせ人類がいようがいまいが、この宇宙からしたら、ちっぽけなことだしよ〜」
二人はあきらかに様子がおかしい。それに真っ先に気がついたのは、ディーバレジーナであった。
『二人とも、一体どうしたの!?』
グレンとリコは、背後から迫る金属的な足音に気づき、振り返った。
全長2メートルほどの竜人マシーン、マンダーレイアが迫ってきていた。
『あなたたちの様子は、上空からマンダーレイアが見ていたのよ!オーシャンの合図も待たずに勝手に突入して、何をしているのよ!』
レジーナからは、マンダーレイアのカメラアイを通して、グレンたちの様子は見えていた。レイアから見れば、画面越しのグレンたちの様子は異常だ。
「なに言ってるの!?アタシたちはサンをこうして……見つけだしたところじゃない!」
そうグレンが手で示す先にいるのは、レジーナからは白い悪魔にしか見えない。
「ああ、オレもそう思う。人類は滅びてしまうべきだ!」
リコもそう言ったが、会話がつながっていない。レジーナは、ある仮説をすぐに思いついた。
(この白い悪魔のせいね!二人とも幻惑されているんだわ!)
幸い、マンダーレイアは機械であるし、コントロールしているレジーナは白い悪魔からは離れている。ならば、レイアで悪魔を倒すしかない。
『マンダーレイア!その悪魔を殺して!』




