分離の時
中村サナエ、すなわちスイギンスパーダとトコヤミサイレンスの戦闘が始まってしまったことは、無線機を通じて魔法少女たち全員に共有された。
つまり、アケボノオーシャンだけではなく、グレンバーンと風見リコにも状況は伝わっている。この二人は、水族館の屋上で待機していた。リコが背負っている大きな箱。その正体は、アイテムボックスである。サンを見つけ次第、アイテムボックスに彼を放り込み、セーブポイントまで転送してしまう計画なのだ。
「今がサンを取り返すチャンスなんじゃねーか?」
とリコ。一緒にいるグレンは、チャンスだろうとそうでなかろうと、突入したくてソワソワしている。
『待って!』
オーシャンはグレンたちにそう言った。
『私がおギンちゃんの支援に向かうから!二人はまだ待機してて!』
スイギンスパーダはたしかに強いのだが、それでもトコヤミサイレンスの相手は荷が重いはずだ。
オーシャンは隣にいたレジーナにも指示を出した。
「レジーナ、私は中に入るよ。でも、万が一の場合は水族館を吹き飛ばすんだ。いい?」
水族館の周囲には、レジーナによってすでに爆薬が仕掛けてある。本当にどうしようもない時は、トコヤミもろとも爆破するつもりなのだ。
「そうならない事を祈っているわ」
レジーナはそう言って、裏口から水族館へ入るオーシャンを見送った。
ところが、オーシャンの指示とは裏腹に、グレンとリコは水族館への突入を決行することにした。
(やろうぜ)
リコが無線機に聞かれないよう、口だけでグレンにそう言うと、グレンも無言でうなづいた。すると突然、水族館の屋上に大きな穴が現れた。
「何よ、この穴!?」
(しーっ!)
リコが人差し指を唇の前に立てる。
(オレが開けた穴だ。見えてなかったのは仕方がねぇよ。オレが時間を停止して穴を開けた。おかげで音もしなかっただろ?時を止めるのには、こんな便利な使い方もあるんだぜ)
(ああ、なるほどね)
リコとグレンはヒソヒソとそう話すと、やがて屋上に開いた穴から水族館の中へ飛び込んだ。
水族館の通路内ではスイギンスパーダとトコヤミサイレンスの戦いが続けられた。グレンサンは、通路を通った先にある巨大な水槽の前にいる。もちろん、トコヤミはスパーダにサンを返すつもりはない。
スパーダが手にする光の剣をわずかに上に持ち上げた瞬間、トコヤミは持っていたチェーンソーをスパーダに投げつけた。スパーダはそのまま光の剣を上段まで振り上げ、チェーンソーを斬り下げる。チェーンソーは、バターのように簡単に両断された。
「あっ!?」
だがその瞬間、スパーダの視界が真っ白に焼けた。チェーンソー内のガソリンに引火して爆発したからだ。それでも、スイギンスパーダの装甲は平気である。しかし、視界を奪われた一瞬のタイミングで、トコヤミは姿を隠してしまった。
(この剣は強力すぎる……)
同じことをトコヤミも思ったに違いない。また奇襲をしてくるつもりだ、とスパーダは考えた。
「ねぇ、チドリさん!返してくださいよ!」
スパーダは姿を隠したトコヤミに叫んだ。だが、実はこの言葉が意味しているのはサンのことではない。
「ワタシから奪ったモノを返してください!あれは、あなたではなく、ツグミさんへ渡す物なんです!」
スパーダの元へ急ぎながらも、アケボノオーシャンはこの言葉の意味を考えていた。
(一体、おギンちゃんは何の話をしているんだろう?)
オーシャンは知らなかった。たしかに本郷チドリはサナエから奪った物がある。それは、異世界の魔王ジローが、ツグミに宛てたプレゼントだった。しかし、チドリがそれを取ってしまっていたのだ。
チドリ、すなわちトコヤミサイレンスからの返事は無い。スイギンスパーダは光の剣を鞘に納めると、慎重に水族館の通路を進んで行く。コンクリートの床は、スパーダが歩くとコツン、コツンと硬い足音を鳴らした。
そんなスパーダを、天井をはしる梁の上に乗ったトコヤミが狙う。その手には鋭利なダガーナイフが握られていた。チェーンソーにも耐えるスパーダの装甲を貫くのは難しい。しかし、装甲の隙間。特に、首の後ろにある隙間を狙えば、中に入っているサナエを仕留めることができるに違いない。トコヤミはそう思った。
トコヤミが、フクロウのように音もなくスパーダに飛びかかった。スパーダがそれに気づくような様子はない。ナイフの先端がスパーダの首の後ろへ近づく。1メートル……30センチ……5センチ……
そして、とうとうナイフがスパーダの首の後ろへ突き刺さった。
「引っかかったな!」
背後からそう叫ばれたトコヤミは、瞬時に自分のミスを悟った。
(ちがう!これは中に誰も入っていない!外側の鎧だけが歩いてきたんだ!)
そう、サナエは少し前に自らの強化服(つまり外ガワ)を脱いでいた。スイギンスパーダの強化服部分だけを自動で歩かせて、トコヤミの奇襲を誘ったのである。
しかし、そうとわかってもサナエの姿がトコヤミには見えなかった。サナエは、自らの変身能力を応用し、カメレオンのように水族館の景色に溶け込んでいたのだ。
そんなサナエをようやく見つけた時には、トコヤミは激しくショルダータックルを受けて転倒していた。生身のサナエがスイギンスパーダの腰から光の剣を抜き、トコヤミに襲い掛かろうとする。
「覚悟!」
だがサナエは何かに気を取られ、動作が一瞬遅れた。その隙にトコヤミは転がるようにして立ち上がる。
サナエが気を取られた原因はサンであった。サンが姿を現し、こちらに歩いてきたのだ。
「サン君!」
「どこに行くつもりなの?」
二人の魔法少女は戦いを中断せざるをえない。
「私は帰らせてもらいます。母の元へ」
そのサンの言葉は、当然トコヤミに許容できることではない。
「そんなことはさせないよ」
サナエは急いで無線機に向かって叫んだ。
「みなさん!サン君を見つけました!応援をお願いします!急いで集まってください!」
「おい!聞こえたな!」
「ええ!」
当然、サナエの報告はグレンたちの耳にも入った。
(お願いだから、無茶はしないでよ!)
サンの母親であるグレンは、息子にそう願いつつ急いだ。




