唯一の時
霧の街の上空を、マンダーレイアがゆっくりと旋回している。熱画像カメラを使って、トコヤミサイレンスが建物の中から出ないか見張っているのだ。
「今のところ、外に出る気配はないわね」
レジーナは腕につけたデバイスのモニターを見つめながら、そう言った。
トコヤミサイレンスがサンを誘拐し、中に入った建物は水族館であった。
それは、サナエの証言とも一致していた。サナエもまた昨日、トコヤミサイレンスに水族館に運ばれている。サナエの体験談を聞くかぎり、どうやら、その水族館がトコヤミの住処らしいとオトハたちは判断した。
「アンタたちも2002年の世界から来た魔法少女なのね……」
グレンはオトハとリコを、そう言ってまじまじと見つめる。オトハは、グレンバーンとディーバレジーナに、自分たちの事情を説明したところなのだ。
「私たちが、なぜ2024年の世界に飛ばされたのか、わからない。きっと裏で誰かが何かを企んでいると思うけれど……それより、この世界の本郷チドリを止めないといけない」
「魔王は一体、何をしようとするつもりなのかしら?」
そう聞いたレジーナは、オトハのすぐそばに、べったりとくっついている。オトハの正体が、レジーナの憧れであるアケボノオーシャンだとバレたからだ。しかし、あくまでレジーナが憧れたのは2024年のオーシャンだ。オトハは咳払いをし、少しレジーナから離れた。
「彼女は2002年の世界で、やり直しをしたいと言っていた。そして、2002年の世界から来ている魔法少女たちを集めてほしい、とも」
グレンとレジーナは、それを聞いて顔を見合わせた。魔王の娘が、今の状況を後悔しているように聞こえたからだ。
「でも、オトハ。アンタはそれを拒否したんでしょ?」
とグレン。オトハは首を横に振る。
「本当に、良い意味でやり直しがしたいなら、わざわざ2002年の魔法少女を集める必要はない。ガーネット号については、さっきおギンちゃんから聞いたけれど……」
おギン、とはサナエのことだ。
「私たちを放っておいて、勝手に2002年に行けば良かったんだ。でも、そうしなかった。なぜなら、2002年から来た魔法少女たちの口をふさがないといけないから」
サナエの顔が青ざめた。それとは対照的に、同じく2002年から来ているリコは、わからないとばかりに肩をすくめる。
「なんでオレたちの口をふさがないといけないんだ?」
「私たちに本郷チドリの正体を話されると都合が悪くなるから」
リコはようやく理解した。もしも自分たちの口封じがしたいのなら、その目的が良い事であるなど、ありえない。
「あいつ、2002年の世界も滅ぼすつもりなんだな!2024年のこの世界みたいに!どんだけヒトが嫌いなんだよ!サイコパスかぁ!?」
「いや、もしかしたら……」
オトハは何かを言いかけたが、途中で止めた。
「それより、具体的に、どうやって水族館に突入するか作戦を決めなくちゃ」
「私に良い考えがある」
とレジーナ。
「水族館の周囲に爆弾を設置して、魔王もろとも吹き飛ばしてしまえばいいわ」
「ちょっと!」
グレンが抗議する。
「中にはサンもいるのよ!アタシの子どもが!」
「だからなに?」
レジーナは冷たい。
「魔王のせいで、70億人の人間が消えたのよ。私の仲間も大勢死んだ。今さら一人くらいなんだっていうの?」
「おいおい、レジーナ。それは冷たいんじゃあないか?」
そう言ったのはリコだ。リコにとっては、2002年のグレンも、今いるグレンも大した違いはない。
「子どもを見殺しにしたくはないだろ、親ならよぉ」
「……それだけじゃない」
グレンが言葉を続ける。
「サンは、人類を再生させる希望だった。魔王の娘は、それを知った上で、あの子をさらったのよ」
オトハはグレンを見つめた。彼女の養子、グレンサンの超能力は、サナエから話を聞いて、すでに知っていた。サンは、ダウンジングによって本郷チドリの居場所を特定することができるらしい。だが、それだけで人類の希望というには大袈裟な気がする。
「あの子に何の秘密があるの?」
「それは……」
オトハの問いに、グレンはなぜか返答に窮した。すると、サナエがポンと手を叩いた。
「ワタシ、わかっちゃったかもしれません!グレンサンの秘密が!」
四人の魔法少女の耳目がいっせいにサナエに向いた。
それから、しばし時間が経ってからのことである。
グレンサンが目を覚ました。サナエと同じように、水族館のスタッフ用仮眠室のベッドに寝かされていたのだ。しかし、サンは目が見えない。それに、頭痛がした。インファナルとローズに連れ去られ、ガーネット号に乗せられたところまでは憶えている。
「ここはどこだろう?」
ローズたちは2002年の世界に逃げるつもりだったが、サンにはわかった。ここは2002年の世界ではない。なぜなら、感じるからだ。
「魔王がすぐ近くにいる」
「そうだよ」
魔王の娘、本郷チドリはサンの、本当にすぐ側にいたのだ。サンが横たわっていたベッドの、すぐ向かいにあるベッドに、チドリも寝ていたのである。
サンはベッドから身を起こした。それにつられるように、チドリも身を起こす。チドリはじっとサンを見つめた。サンもまた、心の目でチドリを見ていた。
「君には不思議な力がそなわっている」
チドリがそう声をかける。
「私がどこにいるのか、視ることができた。あなたを保護していた魔法少女たちは、その力を利用して私から隠れていた。でも、私はそんなこと、とっくにわかっていたよ。君の力が狂ったのは、私がそうしたから」
サンは何も答えなかったが、チドリにはサンの正体がわかっていた。最強の魔法少女、オウゴンサンデーの子どもであるだけではない、ある事実を。グレンが、頑なにサンを保護しようとした理由も。
「あなたは、この世界で唯一、生き残った男の子。だから、あなたを奪い返すために、彼女たちはやってくる」
そしてチドリが来客にもてなせる何かがあるとしたら、それは『死』以外にありえなかった。




