誘拐の時
「ぐえっ!?」
背中に衝撃が走り、オーシャンの息が詰まる。アケボノオーシャンは漠然と、自分の策の浅さを悔いた。少し痛いくらいで、トコヤミサイレンスの動きが止められるわけがなかったのだ。
(やられる!)
トコヤミは今もなお接近戦の鬼である。投げが決まれば、骨を折られるか、最悪、首を絞められてお陀仏だ。
だが、そんなことは風見リコたちが許さない。
「今だ!行け行けーっ!」
トコヤミがハッと顔を上げた時には、空中からの刺客が目前まで迫っていた。人間とドラゴンのハーフのような、全高2メートルほどの戦闘マシン。マンダーレイアが急降下し、トコヤミを蹴り飛ばした。
トコヤミは数メートルほど、鞠のように弾んだ。マンダーレイアに乗っていたリコとレジーナがすぐさま降りる。
「大丈夫か、オーシャン!ほら、さっさと立て!」
リコはオーシャンに手を貸して彼女を起き上がらせた。レジーナはすぐさま腰からピストルを抜き、トコヤミに照準を合わせる。乾いた発砲音が数発、霧の街に響いた。
だがトコヤミは、すぐさま体を纏う黒い包帯を前方に集中させた。生き物のように集まった包帯は盾、あるいは雨傘のような形を取り、レジーナが放った弾丸を防いだ。
(これじゃダメか!)
正面から銃で圧倒できるなら何も苦労はない。だが、今のレジーナには、もっと強力な武器がある。
「レイア!」
そう呼ばれたマンダーレイアがレジーナの前に出ると、口を大きく開いた。
火炎放射だ。レイアの口から吐き出された炎の嵐はトコヤミの姿を覆い尽くした。レイアの火炎放射が終わると、跡には黒い包帯の、焼けた切れ端しか残っていない。
「やったのか!?」
リコの言葉にレジーナが首を横に振る。
「この程度で死ぬはずがない!姿を隠しただけよ!」
実際、そうであった。トコヤミサイレンスは、すぐに姿を現した。潰れたガーネット号の、そのすぐ上である。
「あっ!?」
ガーネット号に向かっていたサナエとグレンが同時に固まった。二人は、トコヤミが自分たちを狙ってきたと思ったのだ。
だが、トコヤミが狙っていた獲物はサナエたちではなかった。トコヤミは変形したガーネット号のハッチに手をかけ、力任せにそれを引き剥がした。
ガーネット号の運転席と助手席では、トコヤミの光線で撃ち抜かれた、ローズとインファナルが事切れている。そして後部座席。死んだとばかり思われていたグレンサンの体が、かすかに動いた。
「サン!」
グレンバーンが我が子にそう呼びかける。
「サン!起きて!逃げて!」
無理な注文であった。トコヤミサイレンスが狙いをつけた以上、逃れる術は無い。だが、トコヤミはサンの命を狙ったわけではなかった。
「サン!!」
グレンが必死に呼びかけるも、サンは動けない。そんなサンを、トコヤミが、どういうわけか、抱え上げた。トコヤミはグレンを一瞥すると、霧の彼方へ消えた。サンが誘拐されたのだ。
「嘘でしょ……!?」
その間、レジーナは何もしていなかったわけではない。
「レイア!魔王はどこ!?」
『補足します』
マンダーレイアの熱探知カメラが、霧を透過してトコヤミサイレンスを探索した。まもなく、子どもを抱えて走るシルエットが、とある建物へと飛び込んで行った。
「……何かの罠かしら?」
「いや、どうかな?」
レジーナの側にオーシャンが歩いてきた。トコヤミに投げられたせいで頭がズキズキと痛み、リコに支えられてようやく立っている。
「あの子どもが誰なのか知らないけれど……」
「アタシの子どもよ」
「えっ」
グレンの言葉に驚いたのはオーシャンだけではない。
「お前の子どもだって!?」
とリコ。
「弱ったなぁ。お前の子どもだって言うならよ〜。放っておくわけにはいかねーよなー」
「すぐに助けに行かないと!」
そう焦るグレンをオーシャンが制止した。
「グレン、何も考えずに行くのは無謀だよ。私たちも何か作戦を考えないと」
「だけど……!」
「いい気味ね」
グレンを見ながらそう言ったのはレジーナだった。
「あなた、スカベンジャーたちのリーダーでしょ。こうなるから、私たちと協力して魔王を倒すべきだったのに。後悔しても遅いわ」
「アンタ、何もわかっていないクセに、でしゃばらないで!」
グレンがピシャリと言った。
「あの子が……サンこそが人類再生の希望だったのに!」
「まあまあ、グレン。それに、レジーナも」
変身を解除し、和泉オトハに戻ったオーシャンが二人の間を割った。
「本郷チドリは、そのサンという子どもを殺すつもりじゃあないんだ。殺すつもりなら、今殺せたはずなんだから。きっと私たちを誘き寄せるための人質にしたかったんだ」
オトハは周りを見回した。ここにいるのは、グレン、サナエ、リコ、レジーナ、そして自分を含めて5人だけだ。
「魔王を倒す。子どもを取り返す。そして私たちは2002年の世界へ帰る。全部やろう。そのためにも、作戦を考えるんだ」




