拒絶の時
アケボノオーシャンは辺りを一瞥した。魔法少女たちが死んでいる。ある者は体を切られ、ある者は首の骨を折られている。燃やされた魔法少女は、まだ体に火が残っていた。
「酷いことを……」
トコヤミサイレンスの仕業であることは、あえて尋ねてみなくてもオーシャンにはすぐにわかった。当の本人は、値踏みするような視線をアケボノオーシャンに向けている。
「君が2024年のツグミちゃん……いや、本郷チドリ」
「そう言う、あなたは2002年から来た魔法少女ね」
「わーっ!オーシャンさん!」
サナエは懐かしいとばかりにオーシャンに駆け寄った。彼女は、間違いなく、サナエが知っている方のアケボノオーシャンだ。オーシャンはトコヤミから視線をそらさずに、黒いリベリオンから降りる。
「おギンちゃん、これは2024年の世界のマサムネリベリオンだよ。どうやら君に反応して私をここに連れてきたみたいだ」
オーシャンはそう言って黒いリベリオンから降りた。リベリオンは自律行動できるバイクだ。リベリオンはゆっくりとサナエの側に寄る。よく慣れた馬のように、まるで彼女がいつでも乗れるべく、促すように。
「そういえば2024年のワタシは何をしているんでしょうねぇ?」
オーシャンは、その質問が聞こえなかったフリをした。
「少し、歩こうか」
オーシャンはトコヤミにそう声をかけながら彼女に歩み寄った。向かい合った二人の少女は、やがて横並びになって道路を歩きだす。
「オトハ!」
グレンがそう呼びかけても、オーシャンは無視した。サナエがグレンを制止する。
「グレンさん、今アケボノオーシャンは、アナタとトコヤミサイレンスを、ひとまず離すつもりなんです。落ち着いて」
「えっ、ええ……」
その通りだった。オトハはしばし、トコヤミと無言で歩いていたが、やがて口を開いた。
「私は閃光少女のアケボノオーシャン」
「…………」
「2002年の世界では、君と友だちだったんだ。だから、チドリちゃんと呼んでいい?」
「誰もが私を、魔王と呼ぶ。だけど、そう呼びたければ、好きにしなよ」
トコヤミがやっと返事をした。
「だけど、アナタは私の友だちではない。アナタと会うのは、私にとっては今が初めてだから」
「つれないなぁ、チドリちゃんは。この世界で、レジスタンスのリーダーをしていた私を殺しているはずだよ?」
「そんなの、憶えていないよ」
その間、サナエはグレンの脱臼を治そうと試みていた。剣術が専門とはいえ、サナエも武道家の端くれである。
「いいですねっ?いきますよ!」
「うっ…………!」
サナエがグレンの肩を戻すと、グレンは痛みにあぶら汗を流した。悲鳴をあげないのはさすがというべきか。
今度はトコヤミがオーシャンに尋ねた。
「2002年から来た魔法少女は他にもいるの?それとも、あなたとサナエだけ?」
「もう一人いる。きっと私を追ってすぐに来るはずだよ」
「そう……会えるといいな」
「ねぇ、チドリちゃん」
オーシャンが足を止めた。トコヤミもまた、歩みを止める。
「チドリちゃんが、ここまでやった理由。それは聞かないよ。今さらどうしようもないし、チドリちゃんなりに人が許せない理由があったのだろうから。だけど、もうやめにしない?」
「やめる?」
「ヒトを殺すことさ」
トコヤミサイレンスは長く、永く沈黙した。
その間に、グレンはサナエにある事を頼んでいた。
「サナエちゃん、アタシをガーネット号の側まで連れて行って。大丈夫、逃げようと思っているわけではないから……」
「は、はい!」
潰れたガーネット号には、グレンの子ども、サンが乗っていたのだ。無事とは思えなかったが、グレンはなるべくサンの側に行きたいのであろう。サナエはグレンに肩を貸した。ガーネット号に歩み寄る二人の後ろを、マサムネリベリオンがゆっくりと追従する。
そうしている間に、沈黙していたトコヤミが口を開いた。
「わかった。もう殺しはやめるよ」
「そう……!」
オーシャンは嬉しそうに、はにかんだ。しかし、トコヤミは読めない表情をしている。
「だけど、かわりに教えてほしいな」
「何を?」
「私も2002年の世界に行けるのか、どうか」
オーシャンの表情がこわばった。
「2002年の世界に行って、どうするの?」
「やりなおそうかな、と思って。いろいろと……」
やりなおしたい。楽観的に解釈をすれば、それは魔王になってしまった事を後悔していて、人間の世界に戻りたいという願いにもとれた。
だが、アケボノオーシャンはそう解釈しなかった。トコヤミサイレンスの要求は二つある。2002年の魔法少女の所在の把握と、自身が2002年の世界へ行くこと。そこから導けるトコヤミの本当の願いは、オーシャンには受け入れられないものであった。
ゆえにオーシャンは、トコヤミから目をそらさずに、ゆっくりと首を横に振る。
「ダメ。君を2002年の世界には連れて行けない。君が本当は何をしたいのか、わかっちゃったから」
「拒否をするということは、可能なんだ。私も2002年の世界へ行くことが」
オーシャンは内心で舌打ちした。言葉を選ぶべきだったと後悔した。次にトコヤミが言うセリフは、だいたい予想通りであった。
「アケボノオーシャン、あなたに拒否権はない。私がそうすると決めたからには……」
(やるしかないか……)
トコヤミとオーシャンは、お互いに必殺必中の距離に立っている。オーシャンは先手を打つしかなかった。後手に回れば、確実に後悔する結末が待っている。トコヤミが鋭い殺気を放つ寸前。
(今だ!)
オーシャンは先のさらに先を打たんとした。右手でカミソリを持ち、最短距離でトコヤミの首を狙う。
が、届かなかった。トコヤミがオーシャンの右手を掴んで止めたからだ。トコヤミの殺気は、すでにおさめられていた。オーシャンに、わざと先手を打たせたのだ。
「殺気のフェイントか……!」
「少し遠慮があったね」
トコヤミがそうつぶやく。
「あなたは、わずかに私への攻撃をためらった。あなたが私を友だちだと思っているのは本当なんだね」
トコヤミは、オーシャンの右手を軽く捻った。オーシャンの体勢を崩すには、それで十分である。トコヤミはオーシャンの襟を掴み、投げ飛ばそうとした。
しかし、その瞬間トコヤミの手に激痛が走った。反射的に手を離すと、その手のひらから血が流れている。
「やっぱり殺気の無い攻撃には反応できないんだね」
そう言うオーシャンの襟をよく見ると、光る何かが付いていた。小さな結界である。まるで服にカミソリを仕込むように、小さく鋭利な結界が刃を向けていた。トコヤミが襟を握るのを予想していたように。
しかしオーシャンにとって、トコヤミの次の一手は予想外だった。トコヤミは躊躇することなく再びオーシャンの襟をぐいと掴んだのだ。
「え……?」
気づいた時にはオーシャンの天地が反転し、地面にしたたかに投げつけられていた。




