金眼の虎人
戦闘奴隷、それが今までのサエラ。
戦う事が仕事だった。
「どうです?」
薄暗くただ広いだけの、埃っぽい倉庫。
「どうですと言われても、まだ、子供じゃぁないか?」
奴隷市場で、仲間にする者を見定めている、背の高い金髪の若者。
檻に入れらた亜人がずらりと並ぶ。
皆、目が光がない。
いくつかの檻には、売約済みの札が下げられている。
「そうです。しかしこれは、子供でもただの子供ではありません」
一人の奴隷を激推しする恰幅の良い商人。
「ほう…」
若者は目を細め、鉄格子の中を見る。
「この娘は虎人です。それも金眼の」
悪い顔で嗤う商人。
「なる程、話を聞かせて貰おうか」
下を向いてて気付かなかったが、よく見ると、確かに金眼だった。
「なる程ね、詳しく話を聞こう」
「かしこまりました」
二人は別室へと向かった。
金眼の獣人がどう言う意味を持つのか、この若者は知っていた。
◆
「逃げるんだ!」
「真っ直ぐ走れ!絶対に振り向くな!」
ある島にある虎人の集落は、ある日、ヒト族の盗賊団に襲われた。
『振り向くな』その通りにしていれば良かった。
いや、そうするしか無かったのだ。
恐怖に身体を硬直させてしまった。
何も出来なかった。
サエラは抵抗も出来ず、奴隷商に捕まってしまった。
それからは、地獄の日々だった。
「こっちへ来い!全員、身体を洗って新しい服を着ろ!」
集められた数十人の子供達。
冷たい水を、ホースで遠くから浴びさせられ続けた。
殆どの子供は泣いていたが、サエラは泣かなかった。
汚れを落とされ、簡素な服を支給される。
食事は最低限、日に二回、狭い部屋に十人ずつ詰められての生活。
会話はほぼ無かったが、ここを出られた子供の噂話は時々聞いた。
「この前、ここを出た子の連れて行かれた所は実験施設なんだって」
「その実験施設って、《緑の家》って言うらしいね」
「その子、合成生物にされたらしいよ。怖いね」
「私達だって…どうなるかは分からない」
「生きて出られればラッキー、位に思っておいた方が良い」
巡回の靴音が聞こえる度、震え縮こまり、口を噤む。
「希望は持たない方が良い…」
最初数十人いた子供達は、数週間後にはサエラを含め三人になっていた。
◆
若い男に買われた。
新たな主人は、予想外に優しかった。
温かい食べ物に、清潔な衣類。
屋根のある家。
けれど、奴隷であることには変わりない。
暫くすると、武器を持たされた。
奴隷に武器を持たせるなど、有りえない事だったから、驚いた事を覚えている。
勝手に信頼されたなどと思っていた。
何度か、新しい主のパーティでダンジョンに潜った。
三人パーティとサエラ。
計四人。
連携も取れていた。最初に接敵する事がサエラの役目だった。
「中々良い動きだ」
「良くやった!」
「サエラちゃん、可愛い」
パーティの皆も優しかった。
しかし。
何故か再び、初心者ダンジョンへ潜ると言われた。
順調にランクも上がり、低レベルのダンジョンに潜る理由がない。
こんな何もないダンジョンに、何故行かなければならないのか、この時サエラには分からなかったし、聞く権利もなかった。
もっと高いランクのダンジョンだって、攻略出来るのに、いや実際してきた。
しかし、奴隷に反論は許されない。
魔法陣で転移した時に気が付いた。
「ここは…」
見覚えのない景色。
このパーティは、裏ダンジョンの宝を狙っていたのだ。
裏ダンジョンには、表のダンジョンにはない、レアなアイテムが数多く眠っていると言われている。
実際、それを狙う冒険者は多い。
ただ、簡単には入れないし、裏ダンジョンの魔獣は強い。
裏ダンジョンに入るには、特殊な条件を満たさないといけない。
その特殊な条件を、このパーティのリーダーは知っていた。
いや、きっと、金で買ったのだ。
しかし、目論みは脆くも崩れ去った。
想定よりも、裏ダンジョンの魔獣が強かったのだ。
「くっ!」
「どうすんのよ!?」
パーティメンバーのHPは、残り少なくなっていた。
回復薬もあと僅か。
アリ型の魔獣の装甲は硬く、中々攻撃が通らない。
そして、三体もいる。
「しょうがないな。サエラ!そいつらを食い止めろ!」
リーダーの男が叫ぶ。
「分かりました!」
サエラは、人間程の大きさのアリ型の魔獣と一人対峙する。
「どうすんのよ!?」
魔術師の女性は声を荒げる。
「脱出する」
苦渋の表情の、騎士崩れのリーダー。
「ちょっと、いくらしたと思ってんのよ?」
怒りの表情の魔術師の女性。
「今は、争っている時ではあるまい。気を抜けば魔獣が襲いかかってくるぞ」
冷静な盗賊の男性は、サエラと魔獣の戦いから目を離さない。
金の話?
「命には代えられないだろ?そう思えば安いもんだろ?」
安い?何の話?
「クランの資金を出してんのよ!?」
「たかだか20万Reiで喚くな!」
魔術師の女性の金切り声を遮るようにリーダーが吠える。
20万Rei、サエラが買われた金額と同じだった。
「後でしっかり稼いでやるからさ」
先程の声と違って柔らかな声音で、表情を緩め、魔術師の女性に語りかける、騎士崩れのリーダー。
「もう!約束だからね」
頬を膨らます魔術師の女性は、満更でもないようだ。
「どうでもいいが、イチャついてないで、早くしてくれ」
盗賊の男性は嘆息する。
「と言う訳で、悪いなサエラ」
と言う訳?この人達は何を言っているのだ?
「ごめんねぇ、サエラちゃん」
甘ったるい声の魔術師の女性。
「今まで良くやった」
サエラの何かを褒める、騎士崩れのリーダー。
良くやった?何を?
「我々の命を護った事を、誇りに思って死ね」
棒読みでそんな台詞を宣う、盗賊の男性。
護る?死ぬ?
「じゃな、また、来世でな」
またな?来世?
サエラのパーティは、帰還アイテムを使い、この場から瞬時に消えた。
「…なんなの」
三体のアリ型の魔獣がサエラを取り囲んだ。
サエラはやはり、奴隷であり、道具でしかなかったのだ。
優しくされた記憶は粉々に壊れた。
涙も出なかった。
それでも、悔しかった。
やはり、人など信じるものではない。
必死に戦い、二体のアリ型の魔獣を倒した所で、魔獣の増援が現れる。
計六体になってしまった。
「これ以上は…」
もう、堪えられない。
そう思った時、一瞬でアリ型の魔獣の群れは砕け散った。
その光景を場違いにも、美しいと思ってしまった。
硬い外殻が、粉々に砕かれ、キラキラと舞う。
その光景から目が離せない。
金眼が一瞬だけ輝く。
灰髪の青年が突如現れ、稲妻のように魔獣を殲滅したのだ。
「え?」
ギリギリの所で、サエラは命を繋ぎ留められた。
この人は何なのだろう。
躊躇なく、エリクサーを使ってくれた。
この人は、今までの人間とは違う。
まだ、信じることは出来ないが、もしかしたら、この人ならいつか、信じられるようになるかも知れない。
サエラの心がほんの少し、暖かくなった。
虎人は絶対に恩と怨を忘れない。
虎人でも金眼なのは、ごく一部の者。
虎王の血脈である証拠だった。
こんな自分を助けるなんて「阿保か?」と、口の中だけで呟いた。




