最年少B級冒険者
『その程度か』と、何度も言われてきた。
その言葉は特別なものだった。
フラウ・シーニュの父は優しい人だった。
誕生日には、毎年贈り物をくれた。
笑顔の父が好きだった。
遠く任務に当たっていても、その日には必ず戻って来て祝ってくれた。
最高の父親だ。
ただ、剣に関しては厳しかった、誰よりも。
ローレア王国で知らぬ者はいない程、武勇伝が数多くある。
ローレア王国、十二臣将、序列一位。
王国の守護神、ロラン・シーニュ。
それが、わたしの父だ。
ある日の訓練で、大怪我を負った。
父からの課せられた訓練ではなく、あくまで自身で考えて行ったもの。
対父との一騎打ち。
目を瞑り、山の稜線で空想の父と戦う。
いつも、こっそりやっていた修行。
普段は平地でやっている所、より高みを目指して山へやってきた。
「毎日毎日、見てきたんだ。動きは分かる」
フラウは、架空の父と対峙する。
木剣を正眼に構え、精神を集中する。
瞼の裏に、父の姿が浮かび上がる。
こちらから仕掛ける。
大丈夫、大丈夫と言い聞かす。
普通に打ち合う分には問題ない。
しかし、父が攻撃に転ずると、途端に剣閃が鋭くなった。
誤算だった、想像の父の威圧感がとてつもなく強い。
身体が強張る。
想像の父にすら敵わないのか。
稜線に冷たい風が吹き付ける。
「あ…」
思わず集中を解いてしまった。
「うそ!」
フラウは、足を滑らせ崖下へ落ちていった。
目を開く。生きていた。
寝ていても身体が重く、ベッドに沈みそうな感覚だ。
知らない天井、消毒薬の匂い。
澄みすぎている空気。
真っ白な部屋。
逆に身体に良くなさそうな空間。
目覚めると病院だった。
しくじったと、直ぐに理解した。
両腕を骨折していて、完治にはそれ相応の時間が必要だった。
病院に見舞いに来た父。
鎧姿ではない父。
何故か、弱々しく見えた。
暫く、わたしのベッド脇に座った。
結局、何も喋らずに帰った。
不幸中の幸いだった。
後で聞いた所、落ちた先が木の枝の上で、更にその下には、背の高い草が密集して生えていたらしい。
九死に一生を得たという事だ。
わたしは、あの時の父のあの目が、耐えられなかった。
お前は努力をしても無駄なのだと、言われたような気がした。
そう、気がしただけ、単なる被害妄想かも知れない。
そんな目など、してなかったかも知れない。
怪我が治ってからも、訓練は変わらず続けられた。
ただ、以前より、厳しくなくなった気がする。
父は、わたしに失望したのだろうか。
ただ、嫌われたのだろうか。
訓練以外は優しい父。それでも堪えられなかった。
また、あの目を思い出す。
『その程度か』
油断すると、頭の中に絶えず響く。
そして、フラウ・シーニュは逃げ出した。
王国から公国へと。
違う国へ行き、違う人物となり生活がしたかったが、冒険者として登録するには、偽名は通用しなかった。
父の住む国ではないので、そこまで心配する必要はないと思い込む。
王国と公国との交易はさほど無いため、関係はそれ程強くない。
大丈夫だと。問題ないと、自身に言い聞かせる。
本名で登録をした。姓は書かなかった。
せめてもの抵抗だった。
冒険者D級からのスタート。
通常はF級から始めるもの。
ギルドマスターと武力検査を行い、勝てないなりに良い模擬戦になった。
フラウの剣の腕を認められての、D級からのスタートだった。
幸い、父からの厳しい指導のおかげで、剣の腕は人並み以上にある。
最初は単独で、簡単な依頼をこなしていった。
暫く経験を積んだ後、パーティを組んで、魔獣の討伐依頼に赴いたさいに、また、言われた。
『その程度かよ』と。
魔獣討伐依頼、大港ラップスの東の川に、大型のサイの魔獣が出現。
怪我人が出るなどの、被害が多数挙げられていた。
それの討伐依頼を受けた。
討伐難易度D級。
ギルドで募った、C級の冒険者五人のパーティ。
苦も無く倒せる筈だった。
難しくない依頼。
しかし、急造のパーティは連携など考えず、自分勝手に個々で戦い、次第に崩壊していく。
ちょっと考えれば、分かった事なのに。
結局、サイの魔獣の討伐は叶わなかった。
必死で魔獣の足にダメージを与え続け、機を見て逃げ出した。
瓦解からの敗走。惨めなものだった。
その時、たかだか、冒険者ランクC級の奴に言われたのだ。
『その程度かよ』と。
あの父にならいざ知らず、C級の奴に言われるのは流石に腹が立った。
わたしだけに、責任をなすりつけてくる奴ら。
我慢がならなかった。
だから、努力した。
一年後、わたしはB級になった。
異例のスピード昇級であった。
危険を顧みず、ひたすら、自身の力量ギリギリの討伐依頼を、受けまくった結果だった。
命を省みない愚かな行い。
その頃のフラウは、常に鬼気迫る表情だった。
誰も近寄れない程に。
あの時のC級の冒険者は、あっさりと手の平を返し、昇級したわたしをパーティに誘ってきた。
それを断る時、わたしは言ってやった。
『その程度か』と。
◇
自惚れていたのだと思う。
最年少B級冒険者などと、持ち上げられて。
固有スキルを手に入れ、琥珀姫などと呼ばれて、良い気になっていた。
強くなった。自信もついた。
貯めた金で、念願のミスリルソードも買った。
自身でクランも立ち上げた。
順調に成長している。
手応えもある。
ただ、目の前にいるこの青年は何なのだ。
今日、冒険者登録にやって来た新人。
黒い大剣を振り回し、全てを打ち砕いていく。
強すぎる。今のわたしでは絶対に勝てない。
いや、この先どんなに努力しても、恐らくは追いつけないだろう実力の差。
父ともいい勝負が出来る筈。
否、父でも敵わないかも知れない。
わたしのプライドも、灰髪の青年に粉々に打ち砕かれた。
B級冒険者が、登録前の新人に負けたのだ。
それも、圧倒的に。と、同時に興味を持った。
どうしたら、そこまで強くなれるのだろうかと。
これ程までに努力した自分が、追い付けない境地とは何なのか。
自分もそうなりたい。その景色を見てみたい。
この男、逃してはいけない。
そんな気がした。
自身の価値が急落した事も忘れる位に、灰髪灰眼の青年に惹かれた。
フラウ・シーニュは、今ここに再起動を果たしたのである。




