庸人庸才
15年以上前、グレイ・ランスは、ローレア王国、王の親衛隊、十二臣将として活躍していた。
ローレア王国とは、四大陸の南に位置する大国である。
グレイは十二臣将最下位の、序列十二位であった。
いつもと変わらない任務だった。
新年の騒がしさが、ようやく落ち着く二月。
王国内に潜む、テロ組織の残党狩りの指令が、十二臣将に下る。
王都の真冬は寒い。四大陸の中で一番南に位置するとは言え、この季節は皆、余り外に出たがらない。
大半が、春を待ち望みながら、家の中で過ごす。
見上げた低い空の雲から、少量の雪が舞い降り続けている。王都に雪が積もることはない。
王都キンガスの城下町、その南西区画の住居に三人のテロ犯が潜んでいるとの情報を得た。突入し拘束、若しくは殺害する任務だった。
一人も逃すことは許されない。
逃がせば再起の可能性を残す事になる。
いつもの二人、序列の九位と十二位のコンビだった。
「俺が正面から突撃する、お前は裏に回って窓から入ってくれ」
序列九位の相棒が作戦を語る。口を開くたび、白い息が漏れる。
「いやいや、まてまて、お前のが小さいんだから窓だろ?自分が正面だ!」
自分は久しぶりに反論した。
相棒は身長も体重も、自分より遥かに小さい。
いつも自ら、危険な方を選ぶ相棒だった。
たまには、自分が危ない方をやらなければと、意地やら使命感やらごちゃ混ぜの、良く分からない感情に乗せられた発言だった。
「小さいとか言うなよ!まぁ、お前の言う事もわかる。良し!今回はお前に従ってやる」
グレイを指さし、片目を瞑る相棒。
「指さすな。何か上から目線だな…まぁいい、準備するぞ」
「帰ったら、温かいスープでも飲もうや」
「また、浮麗夢か?好きだなお前も」
お気に入りのBAR、王都の有名店だ。
夜は高級店だが、昼はリーズナブルなランチメニューがある。
想像するだけで、口の中に温かいスープの味が蘇る。
「そう言うお前こそ、あそこのランチに並んでるのを何回も見たぞ!」
「う、さ…さっさと終わらせるぞ!」
「この野郎…任務開始だ。帰って熱いスープ飲むぞ!」
二人は音を立てずに走り出した。
結果を言えば、持ち場を変わらなければ良かった。
その一言に尽きる。
グレイは正面からアジトに突入した瞬間、何かに吹き飛ばされる。
何かに引っ掛かった感じ、足元からカチッと音が鳴った時、身体が後ろに引っ張られた。
視界が明滅する。
後ろの塀にぶつかり、肺の空気が全部吐き出される。
「うがっ…」
痛みを堪えて頭を働かす。
爆風。
これは爆弾による、爆発だ。
建物内部から、黒い煙が上がっている。
「爆破か!?裏は?」
急いで裏手へ走る。
相棒はどうなった。
身体は傷だらけで、足が重い、気持ちだけが逸る。
手が痺れる、足の感覚もなくなってきている。急がねば。
グレイは辿り着いた先の光景に愕然とする。
「うそ…だろ…」
裏手は正面よりも、遥かに大きな爆発だった。
窓どころか、壁ごと吹き飛んでいた。
友人であり、相棒の男は、一目見て生きてない事が分かった。
黒い塊になって、煙を上げているもの。
相棒だったものが、そこにあった。
両膝を地につき、天を仰ぎ、叫び続けた。
雪が口に入るのも気にせずに。
その後、どうなったのか、何も覚えていなかった。身体の感覚の全てはなくなっていた。
ただ、十二臣将としての自分が、終わった事だけは分かった。
◇
「いいのかよ…行かせちまって」
口を尖らせ、隣の人物を責めるような目つきで見上げる男。
王城ロックドラフトの屋上の縁にしゃがんでいる、橙色の短髪の青年は、ぶつぶつとずっと何かをボヤいている。
その隣に立つ男。
純白の鎧を纏った老齢の騎士が、真っ直ぐに遠くを見据える。
鞘に入った大剣に両手を乗せ、杖代わりに背筋を伸ばしている。
顔には深く皺が刻まれているが、一切衰えた雰囲気はない。
全身に覇気が満ちている。
「しょうがあるまい、本人の意思だ」
一言だけ言った純白の騎士は、そう結論付けた。
「にしたってよぉ、皆、アイツが頑張ってんの知ってたからなぁ」
ボヤく男の雰囲気は、純白の騎士とは正反対の軽々しいもの。
それでも、強者の匂いはぷんぷん香ってくるようだ。
この二人は、十二臣将の一位と二位である。
「仲間一人守れない者が、王を守れるはずがない。そう、言われてしまってはな…」
純白の騎士は、その言葉に少しの感情を乗せた。
視線はずっと、正面を向いたまま。
「もったいねぇなぁ」
溜め息を吐く、橙色の髪の青年。
「一度折れた心はそう簡単には治らない。あいつはまだ若い、何者にでもなれるだろうさ」
「ドライだねぇ、ま、一位ってのは、それぐらいじゃなきゃ務まらねえけどな」
「………」
「けど、そのドライさのせいで、娘が家出しちゃあな」
「うぐ…」
純白の騎士はクリティカルヒットを喰らった。
「お前に嫌われたって、思われたみたいだな」
「私は嫌ってなど…」
「嫌われたと思わせたお前が悪い」
被せるように更に責め立てる、橙色の髪の青年。
「うぐ…」
純白の騎士はクリティカルヒットを喰らった。
二人は王城の屋上から、西日に照らされる、小さくなっていく背中、元十二臣将の男を見送る。
「泣くなよ?」
「泣いてなど…うぐぅ!」
直立不動のまま、泣き出す純白の騎士。
「お前の娘に会ったらチクってやろう。お前のパパは、仲間が去るよりも、娘の家出の方が辛かったってな」
「パパなんて…呼ばせて…ないもん…」
「『ないもん』とか言うなよ。情けねぇなあ…」
二人は男の背中が、完全に見えなくなるまで見送った。
◇
自分、グレイ・ランスは天才ではない。
完全無欠の凡人である。
それは、間違いない事実。
何人かの天才に、出会ったあことはある。
最初は十二臣将一位、次は、黒騎士の大将、黒騎士の第五師団長、第二師団長、そして、目の前の灰髪灰眼の青年。
なんだ、思い出してみると、天才ってのは意外と多いものだなと独りごちる。
考えると皮肉なものだ。ローレア王国の剣として生きてきた男が、今は、テズヴァイス公国の盾として生きている。
その壊れかけの心の盾を、死の森で、この灰眼灰髪の青年に救われたのだ。
辛うじて、ではあるが。
助かった事に間違いはない。
自分は生き残った。
感謝しなければならない。
この命を救われた事を。
まだ、誰かを守れると言う事を。
礼を言わなければならない。
そして、最大限の敬意を示さなければならない。
庸人庸才でも、自分はまだ、騎士でいられるのだから。
また、冬になると思い出す、あのスープの味と、相棒の顔。
死んでしまっては思い出す事もできない。
良くも悪くも、自身を縛る思い出は、グレイのかけがえのない宝物なのだ。
記憶を失う辛さを、自分ならば分かってあげられるのではないかと思った。
あの青年を支えようと、勝手に決意する黒騎士グレイだった。




