落ちこぼれの最強ハンター
「これでも、おいは、ハンター機巧のエースじゃ!」
ブロイルは、商業施設の一点目掛け、精霊の弓を思い切り引いた。
◆
テズヴァイス公国、副都レイライン。
一つの軽い足音と、複数の重い足音が地面を揺らす。
「逃げたぞ!追え!」
ブロイル・ヘカントは孤児である。
それ故、生きる為には何でもした。
「くそ!」
盗んででも、食べなければ死んでしまう。
抱えた黒パンを落とさないように必死に走る。
その貧民区。
ブロイルは薄汚れた空気を、肺一杯に吸い込みながら走り続けた。
しかし、栄養不足の身体に体力があるはずもなく。
「ぶはぁ!」
息が切れた時、命運も尽きた。
ブロイルは、両手両膝を地につけて、全身を使い呼吸をする。
どんなに頑張ったところで子供では、栄養不足でなくとも、本気の大人の足には敵う事はない。
直ぐに追いつかれてしまった。
「はぁ!はぁ!」
「さて、どうしてくれようか?」
追い詰めた住民達が、ブロイルを取り囲み、顔を歪ませて嗤う。
その時、聖塔教会の集団が、近くの街道を進んでいるのが、ブロイルの目の端に映った。
チャンスだと思った、聖塔教会は貧しい者に慈悲を与える存在。
「おっと、不味いか?」
ブロイルを囲んでいた住民達が、集団の方を向き、目立たないように動きを止める。
囲みを抜け、聖塔教会の集団に走り寄るブロイル。
「おま…!余計な事を!」
住民達はブロイルの初動を止められず、聖塔教会の集団に駆け寄る事を許してしまう。
「助け…」
助かったと思った時、肩に衝撃が走る。
「寄るな!小汚いガキが!」
司教の護衛の一人が、ブロイルの肩を押したのだ。
「え?」
教会騎士が、司教を守るように前に出る。
汚物を見るような目。
見覚えのある目、何千何万と向けられてきた。
この目が、自分を助けない事を知っている。
「貴方に神の救いがありますように」
司教はブロイルに深く礼をして、去って行ってしまった。
教会騎士の護衛がそれに付き従う。
「何だよ!神って…あんたが救ってくれればいいじゃないか!」
ブロイルの魂の叫びは、司教の耳に入ることは無かった。
「ちくしょう…!」
再びブロイルは両手両膝を地につけ呻いた。
「可哀想に、神にすら見放されるとはな!」
住民達が嘲笑に顔を歪めながら、ブロイルを取り囲む。
「馬鹿な真似をしないように、腕の一本でも折っておくか?」
「そうだな、足を折ると奴隷としても売れねぇからな。腕なら問題ねぇだろ?」
物騒な大人の発言に、ブロイルはただ震えるしかなかった。
「あれ?コイツの耳?」
一人の住民が、ブロイルの身体的特徴に気が付いた。
「ホントだ、エルフか?」
「いんや、エルフにしちゃあ短ぇ耳だな、こいつぁ、ハーフエルフだな」
「んじゃ、あんま価値はねぇか?」
「いや、確か半端者を集めてる好事家がいたよな」
下卑た笑いをする住民達。
「多少の金にはなるか?」
「な〜にが、神だよ。人を救えんのは、人だけだ」
ブロイルと住民達の間に入る無精髭の男。
「何だてめぇは!?」
ブロイルは、その背中を眺める事しか出来ない。
「俺はブラズ、知ってるか?」
顎髭を擦りながら、疑問を疑問で返す男。
「まさか、ハンター機巧の?」
「元S級傭兵の…ブラズ・ゾルダンか?」
「そうだ、俺の顔に免じて許してやってくれないか?勿論、代金は払う」
懐から銀貨を取り出し、住民達に見せるブラズ。
「か、金を払ってもらえんなら…問題ねぇよ」
一気にトーンダウンする住民達。
「こちらも、ハンター機巧と争うつもりはない」
ハンター機巧とは、この国の安全を守る集団的。
それに、荒くれ者も多く在籍している。
争わないのが身の為だと、貧民区の住民達は知っている。
「それは良かった」
ブラズは人好きのする笑みを浮かべ、銀貨を弾いた。
「あぁ、それと…」
「なんだい?旦那」
「その好事家って奴の名前、教えてくんない?」
「え?そんなの聞いて…」
「知ってんのか、知らねぇのか、どっちだ」
ブラズの纏う空気が変わる。
それは、獲物を狙うハンターの眼だった。
「ひっ…!」
「わ、わかった、教える、教えるから!」
住民達が慌てふためき、代表一人がブラズに近付き、耳打ちをした。
「なる程、貴重な情報ありがとよ」
「だ、旦那!この事は…!」
「分かってるって、誰にも言わないさ」と、もう一枚銀貨を弾いた。
最初の雰囲気とは変わって、猛禽類のような眼で住民達を射貫いた。
「じゃな、今後ともハンター機巧をよろしくっ!」
軽く手を振り、ブラズとブロイルはその場を立ち去った。
その後、件の好事家は行方不明になったと噂される事になる。
◇
その時、ブロイルを助けたのが、ハンター機巧のトップ、ブラズ・ゾルダンだった。
結局、ブロイルはブラズについてきた。
「ここがアジトだ」
「………」
「ちな、月18万だ」
「何が?」
「家賃だ…」
「へ?」
アジトと言うより、公民館のような佇まいだ。
引き戸を開け中に入った時、長い廊下の奥から、ドタドタと走ってくる人影が見えた。
「おう、戻ったぞ!」
軽く手を上げるブラズ。
「ちょっと、総長!また、拾ってきたんですか!?」
チラリとブロイルを見て、長髪丸眼鏡の成年が、向き直り声を裏返させブラズを糾弾する。
「またって何だよ?まだ…全部で20人くらいだろ?」
「58人です!」
「………細けぇなぁ、いいじゃねぇか」
「細かくないです!誰が金の勘定してると…」
二人の言い合いは続く。
「………?」
ブロイルは置いてけぼりの状態だが、口も挟めない、終わるまで待つしかなかった。
◇
ハンター機巧とは、危険な魔獣や魔物を討伐する団体だ。
冒険者と違うのは、ほぼ無償で行なっているところである。
その収入源は、国からの補助と、募金によるものだった。
決して裕福な団体ではない。
それでも、事あるごとにブラズは、恵まれない子供を、この公民館風のアジトに連れてくる。
足りない資金は、自らどこからか取ってきた依頼をこなし、補填していた。
ブラズの実力は、現在の冒険者ランクS級相当だ。
ブラズは冒険者登録をしていないため、正確なランクではないが、大傭兵時代を生き抜いた猛者だと言う。
◇
「お前、その方言、どこの生まれだ?」
突然放たれたブラズの疑問。
「おいの…生まれ…」
ブロイルは悲しい顔をして下を向く。
「あぁ、すまんすまん!忘れてくれ」
慌てて発言を撤回するブラズ。
何て事を聞いてしまったのかと、空を仰ぎ己を恥じるブラズ。
ハーフエルフは、半端者として蔑まれている。
それは、世界共通の認識だ。
人でもない、エルフでもない。
半端者で存在意義もない。
そう思われている。
しかし、ブラズはそう思わない。思った事もないのだ。
だからこそ、先程の発言が出てしまったのだ。
「悪かったな」
深く頭を下げるブラズ。
「そんな!頭を上げて下さい!あんたは恩人だ、気にしないで!…いつか、いつか話します。きっと」
「あぁ、無理しなくていいからな、話したくなったら話してくれ」
「はい」
◇
ブロイルには才能がある。ブラズはそう信じている。
「ほら、やっぱ、思った通りだ」
数日後のアジト地下の演習場。
「おいが…当てたんか?」
ブロイルの放った矢は、遠くに置かれた的の中心に、吸い込まれるように刺さった。
「そうだ!ど真ん中だ!すげえぞ!」
的を指さし小躍りする、ブロイルより喜ぶブラズだった。
これより暫く後、ブロイルは落ちこぼれと言われるようになる。
それはまた、別の話。
手が震えるようになり、まともに撃てなくなった。
仲間を守れなかった。
死なせてしまったから。
◇
「心配するな、お前は強い!」
「おいが…強い?」
自身の両手を見つめるブロイル。
「そうだ、俺がそれを証明してやる」
ブラズの目を真っ直ぐ見返す。
ブロイルは生まれて始めて、心に火が灯った。
「お前を、ハンター機巧最強のハンターにしてやる!」
ブラズとの修行が始まる。
「まずやることは…」
「…はい!」
「弓を置こう!」
「は?」
「コレを持て!」
ブラズに手渡された物を、反射的に握ってしまうブロイル。
「え?短剣?じゃけど、おいのジョブはホークアイで…」
「転職しよう!とりま、シーフからだな」
笑顔でサムズアップをして、そう告げるブラズ。
「三次職から…一次職に?」
ホークアイは三次職、シーフは一次職。
ステータスも大幅ダウンする為、普通はそんな事をする人はいない。
開いた口が」塞がらないブロイル。
「考えがあるんだよ。俺を信じられるか?」
真っ直ぐにブロイルの眼を見るブラズ。
「わかりました!」
この人は良い人だ。自分を騙すはずはない。
そう信じて強く頷くブロイル。
「よし!」
笑顔で頷き返すブラズだった。
ホークアイから、シーフ[一次職]、暗殺者[二次職]、ダークフェンサー[三次職]、ガンスリンガー[三次職]。
と、言う順にマスターしていく方針だ。
「使える武器やスキルを増やすんだ」
弓、短剣、長剣、銃。
「そして、ジョブ専用のスキルを増やす」
盗む、気配遮断、闇装備可、必中、そして、元々持ってるスコープ。
スキルをレベルMAXまで上げれば、転職しても失われる事はなくなる。
戦いの幅が広がるのだ。
「これなら、大抵の事を一人で切り抜けられる」
「なる程」
シーフをマスターして、暗殺者に転職した時に、やっと話してくれた事だ。
ブラズは本当に、ブロイルの事を真剣に考えていたのだ。
修行の成果はしっかり出ている。
ブロイルが自信を持てればいいのだが、簡単にはそういかないだろうとも分かっているブラズ。
今後に期待だ。
未だに成長途中の、三次職のダークフェンサー。
通常ダークフェンサーの武器は片手剣だが、今は手に馴染んだ弓にしている。
「まだまだ、これからだ!」
◆
ブロイルのハンターとしての任務は、商業施設の魔獣を殲滅し、住民を守る事。
しかし、他のパーティが救出に向かっているとの報告を本部から受ける。
ならば、それの補助に専念しようと考えるブロイル。
「この距離なら外さない。おいの距離じゃ!」
ブロイルは、渾身の矢を放った。




