救出に行こう
カード達は現在、サンゲイルの南西の商業施設に、逃げ遅れの住人が多数いるとの報告を受け、その救出へと走っている最中である。
地図上では、町の南東に城砦オロバスがあり、その更に南に貴族街がある。
西には唯一の出入り口、堅牢な二重の門があり、中央と北西部は平民地区、中央北部に冒険者ギルド、中央東に大規模公園があり、その北に時計塔が設置されている。
南東区域の避難は済んでいるとの事で、三人は南西の商業施設へと向かっている。
時間がないので、通常禁止されている事を躊躇なくやる。
町中を獣車で疾走している。危険極まりない行為だがこればかりは仕方ない。救出は早さが命だから。
ルールを守っている場合ではない。
使っている魔獣は小型の竜、速さはないが耐久力は高い。御者はサエラがしている。
この獣車は、ギルドから借り受けたものだ。
「意外と爽快だな」
石畳の音が心地よく響く。
「悪くない」
「あっ…」
カードの視界が揺れる。これは、獣車の揺れのせいではない。
「く…この光景って」
カードが意識を失った。
「これは、いつものか?」
カイルは幌車で倒れているカードを一瞥し、窓から身を乗り出し、御者をしているサエラに問う。
「うん、いつもの」
その答えを聞き、安心して席に戻るカイルだった。
※追憶発動条件、町中を獣車で走る。
◆
モクゥアド聖王国。
一大宗教都市として知られている、聖都セフ。
日曜日なのに、町中に人がいない。
普段の日曜日の昼時と言えば、礼拝関連で町は人で溢れかえっている。
現在、緊急事態宣言が出されている為、町中には人っ子一人いない。
聖女は、岩のドームに異変ありとの報を受けていた。
岩のドームに最奥に安置されている精霊、イフリートに何らかの異常があったと思われる。
イフリートは、列島レヴィドアの結界の要、失うわけにはいかない。
この結界なくして、世界の平和はありえないのだから。
改造護送車で、町中を駆ける聖女一行。
身を乗り出し、上機嫌の聖女。
「行っけぇ!!」
聖女が発するべき言葉ではない。
そして、ハコ乗りはやってはいけない。
聖女が乗るこの護送車は、周囲を並走するバンより一回り大きい。
乗っている人数は少ないのだが、積み荷が巨大過ぎるせいだった。
タイヤが軋んで悲鳴を上げている。
何を積んでいるのか。さぞ、重要なものなのだろう。
護送車の周りを、大型バイクに跨る護衛が、計20名が取り囲んでいるのだから。
突然、護送車がタイヤを鳴らし急停止する。護衛の騎士も何事かと集まって来る。
「どうしたの?急がないと」
聖女が護送車から降りて、窓から中を覗き込む。
ハンドルに顔を突っ伏している。明らかに運転手の様子がおかしい。
「ぐ…がぁ!ごっ…」
「貴方…誰?」
聖女は直ぐにこの運転手が、何者かに乗っ取られたと気付く。
「下がって下さい!」
騎士達が聖女の前に出ると、運転手はドアを開けて外に出た。
「お、おで…は、グリ…グリモワールっ!!」
首を上下左右不自然に動かしながら、不気味に前進する運転手。
「何だ、こいつは?」
その異様さに一歩下がる護衛達。
「黒ノ書が何故ここに?」
聖女は緊迫感なく首を傾げる。
黒ノ書とは、意思を持った呪いの魔書である。
フルグア機国、首都バガパルの大図書館の禁書コーナーに、厳重に封印、保管されている筈だった。
その厳重なセキュリティを突破し、持ち出した者がいる。
黒ノ書自体に、封印を解除する能力はない。
「或る御…方の…頼…みでな…聖女の心臓が必要だ。よし、段々馴染んできたな」
運転手の姿をしたものは、口を空けたり閉めたりして、身体の動きを確かめている。
聖女は、視線だけで護衛の騎士を下がらせた。
「大人しく乗り移られるか、心臓をよこしな!お前は大切な仲間に手を出せな、うべば!!」
聖女は、いつの間にか持っていた巨大なハンマーで、躊躇なく運転手を叩き潰した。
騎士達は微動だにしない。いつもの光景らしい。
そのハンマーは、聖女の身丈を軽く越えている。
長さ5m、重さ数t。
それを片手で構えて、力を込めている素振りもせずに微笑んでいる。
このハンマーを運ぶ為の、大きな護送車だったのだ。
そう、彼女は怪力の《殴り聖女》と呼ばれているのだ。
「ふ…ふざ…ふ…ざけ…るる…るるな!」
今度は周りを護衛していた騎士に、取り憑いたらしい。
「あら、面倒ね」
聖女は舌を出す。
「お前、ホントに聖女か?躊躇なく仲間を殺しやがって!」
騎士姿で憤慨する黒ノ書。
「何の事なのか、さっぱり分からないわね」
頬に指を当て、片目を瞑る聖女。
「ふざけるな!そこの…運転手…?」
指を差した先にいる運転手。ピンピンしている。
「はい、何でしょうか?」
あっけらかんと答える運転手。
「何故、生きている?お前が死んだから、俺がその身体から弾き出されたのだぞ」
「そんなの、生き返らせたからに決まってるじゃないの?」
軽く言う聖女。蘇生魔法は奇跡の業とされているのに、だ。
「お前!蘇生魔法が…うぼばは!」
聖女は巨大なハンマーで、今度は騎士を叩き潰した。
強制的に乗っ取りを解除された、黒い靄が騎士から飛び出る。
その瞬間、聖女は両腕を広げスキルを発動した。
「聖気」
金色の光がドーム状に広がる。
聖女一行を聖気で包み込み、黒ノ書の乗り移りを阻止した。
黒い靄が生き場を失い、その周りを漂う。
既に潰された騎士は蘇生されている。
「くそ!面倒臭ぇなぁ!」
悪態をつく黒ノ書。
「終わりにしましょうか」
穏やかに終結を宣言する聖女。
「ふん、聖女に俺は倒せやしねえよ」
プルプルと嗤うように揺れる、黒い|靄。
「あら、聖女に攻撃魔法がないとでも?」
「お前!まさか?やめろ!やめろって!」
何かに感づいた黒ノ書は、慌てふためく、ように見える。
「そう言われて、止める人はいないですよ。では、聖光」
気の抜けた声で、聖魔法を発動させる聖女。
黒ノ書の真上と真下に、円形の魔法陣が現れる。
「嘘だろ…」
黒ノ書は、天まで伸びる光の円柱に捕らえられた。
その中を、大量の聖なる魔力が通り抜ける。
目が開けていられない程の極光が迸る。
「う!ぐぉおおおぉ!」
黒ノ書が断末魔をあげる。
「さ、先を急ぎましょう!」
振り向き、皆にそう告げる聖女。
「うぐぅ、まさか聖気まで使えるとは…」
「あら、まだ生きてましたの?丈夫なのですね。では、次なる聖魔法で消滅させましょうか?」
黒ノ書に掌を向ける聖女。
「勘弁だ!割に合わねぇ!俺はここらでドロンするぜ!」
黒ノ書の靄は、先程の攻撃でかなり薄くなっている。
次に聖魔法を喰らえば、確実に消滅するだろう。
「そうして頂けると助かります。こちらも急いでるので」
聖女に黒ノ書を追撃する気はないようだった。
「ひとつ、聞いていいか?」
黒ノ書が聖女に問う。
「はい、なんでしょう?」
「これから、お前は何をしに行く?」
「迷える子羊の為に、杭を打ちに行くんです」
「は?」
「それ以上は言えません」
微笑みながら答える、その姿はまさに聖女。
巨大なハンマーを肩に担いでいなければの話だが。
「けっ!一つ忠告しといてやる」
「何でしょうか?」
「聖女の命は色々使えるって事だ」
「あら嫌だ」
そう言い残し、黒ノ書は消え去った。
「貴方を許します。人は許せる生き物ですから」
ハンマーを地に置き、手を合わせ、濁りのない笑顔を輝かせる聖女。
黒ノ書の悪態が、聞こえてくるようだった。
『聖女の記憶を一部取り戻しました』
『記憶レベル11/1000、スキルを一つ解放します』
スキル∶聖気
消費MP、30秒毎に―2000
範囲内にあらゆる攻撃が入らなくなる。
※聖女のスキンを獲得しました。
◆
商業施設内の、住民達が集まる吹き抜けの大ホールにカード一行は辿り着いた。
二人が獣車を降りていると時、カードが目を覚ます。
焦って飛び起きるカード。
「どうなってる!?」
「今着いた」
「今回は、戦闘中じゃなくて良かったな」
胸を撫で下ろし、息を吐くカード。
戦闘にならなかっま為、操術は発動しなかった。
「良し!行こう」
商業施設外の柱に、獣車を固定して中に入る三人。
一階は広いワンフロア、中央に螺旋階段があり、三階まで続いている。
その上の階には、エレベーターで行けるみたいだ。
「なんか、いっぱいいる?」
入口脇のロッカーに身を潜める。そこから少し顔を出し状況を確認する。
フロアの光景にサエラは目を見張る。
広いフロアを、何かを探すように徘徊する複数の魔物達。
「ふむ、ゴブリン、トロール…?あれはベヒモスかの?」
カイルは指折り、魔獣の数を数えている。
ゴブリンとは、人型の緑色の体表をした子鬼。
知能は低いが、武器位は使える、と言うか、振り回せる。
集団で行動する生き物。ちょっと臭い。
トロールとは、大型で人型の魔物。
身長は2mから3m程、殆どがぽっちゃり体型。
凄く臭い。
「小さいのう」
カイルが呟く。
「小さいって?どういう」
それが気になったカードは、直ぐに聞く。
「小型のベヒモスなんぞ、聞いたことがない。ベヒモスと言えば、大抵巨大なものだ」
小型だと、なんだかカバに見えると笑うカイル。
「そうなんだ?」
「小型でも、戦闘力が変わりないのなら、厄介極まりないがな」
「そんなに強いの?」
不安になったサエラがカイルに聞く。
「まぁ、災害級ではある」
さらっと、怖い事を言うカイル。
「ではあるって…」
見える限り、ゴブリン20体、トロール10体、小型ベヒモス10体。
ゴブリンの群れが、ホールの端に固まっている住民を見つけ、襲い掛かろうとしていた。
悲鳴を上げる住民。
魔物としては弱い部類だが、数が増えれば当然、脅威度は上がる。
戦闘経験がない住民なら尚更だ。
身を固め震えるしかできない。
「カイル!」
カードの呼びかけで、瞬時に動き出すカイル。
青銀色の長髪を靡かせ、床につきそうな程低い姿勢で走り、ゴブリンの群れの背後まで数mの所で、カイルはスキルを発動する。
「わかっておる、《王威》!」
カイルの全身から、覇気が溢れる。
不可視の波動が、周囲に広がる。
王威、範囲スタン。
消費MP―500。
覇気に触れたものはスタン状態になる。
住民に迫った魔物の一団は、無効化に成功した。
ゴブリンとトロールはスタンに掛かるが、小柄のベヒモスには効果がないようだ。今もゆっくりと移動している。
取りこぼしのゴブリンとトロールもいる。
「仕方ないか、地道に削るぞ!」
カードの指示に一切迷わず従う二人。
「「了解!」」
手際よく残ったゴブリンとトロールを狩っていく三人。
ベヒモスは動きが少ないので、ひとまず放置する事にした。
ベヒモスとは、通常、山のような巨体である。
出現すれば、過ぎ去るのを待つしかないと言われる程の脅威。最早災害と変わりはない。
何故、目の前のベヒモスが、競走馬ほどの大きさなのかは分からない。
カイルの見立てでは、召喚獣の類であるとの事だった。
「目的はさっぱり分からんがの」
そう言った時には、既にゴブリンとトロールは殲滅されていた。
とは言え、召喚獣であれば、能力は術者に依存するので、通常のベヒモスよりは、強くはないと考えられる。
勿論、術者が通常のベヒモスより強ければ、その限りではないが。
その時、轟音と共に巨大な影が降ってきた。
天井を突き破り、降ってくる巨体。
割れたガラスが一階に降り注ぐ。
キラキラと輝く脅威に、再び恐慌に陥る住民。
ガラスと共に降ってきた、巨大な塊が地につくと、衝撃波が起き、数mのクレーターが出来上がる。
「また、厄介なやつが現れたものだな」
舌打ちするカイル。
「厄介?ベヒモスよりも?」
「ベヒモスは害意がない。ただ進むだけだ」
「この厄介な奴は?」
「害意の塊だ。喰う目的では無くても、手当たり次第に殺していく。人だろうが、魔獣だろうが関係なくな」
「なる程、奴を止めよう、今直ぐに止めよう!」
カイルの説明に焦るカードは、力を込めて大剣を握る。
「そうだな」
「ところでアレの名前は?」
「オーガキングだ」
「…キングって強そうだねぇ」
「まぁ、強いだろうよ。主程ではあるまいが」
「そうなんだ?」
オーガキングは、人型の魔物でトロールより更にデカい。
10mはある身長、長い腕を振り回すだけで、それは殺傷能力の高い武器となる。
行く手を阻むあらゆるものを、粉砕するオーガキング。
眼前に魔物を発見するオーガキング。
無造作に小型ベヒモスを手で掴み取る。
それが可能な程のサイズなのだ。
「おいおい…」
躊躇なく、小型ベヒモスを喰らう。
さすがに、他の小型ベヒモスも逃げ出す。
「なんだ…コイツ…!」
青ざめるサエラ。
「あまり食わすな!食うたびにHPが増えてる。きっとその他のステータスも上がってる!」
看破スキルで、オーガキングのステータスを確認したカードの指示が飛ぶ。
オーガキングに狙われる住民。
振り回す腕がもう間近、間に合わない。
「くそっ!聖気」
金色の薄膜が展開される。
住民を聖気で囲み守る。
「頼む!サエラ!カイル!」
「了解」「任された!」
二人は聖気を背に、オーガキングに立ち向かう。
「行くぞ!青い炎!」
カイルの放った蒼炎がオーガキングを包むが、ダメージはさほど与えられていない。
鬱陶しそうに、手を振るオーガキング。
いつの間にか、高く跳んでいたサエラ。
オーガキングの頭上を軽く越え、そこから急下降し脳天にナックルを振り下ろす。
鈍い音が響き、オーガキングが膝をつく。
「よし!」
「油断するな!」
オーガキングは、なりふり構わず両腕をぶん回す。
「うお!」「わぁ!」
二人は弾き飛ばされた。
転がった二人に向け前進、拳を振り下ろそうとした時、オーガキングは突如、右腕を跳ね上げ体勢を崩す。
「なんだ?」
「分からんが好機だ!」
オーガキングの腕に小さい穴が開いていて、そこから血が流れている。
銃で撃たれたような跡。
「狙撃…か?」
体勢を元に戻すオーガキング。しかし、狙っていたサエラとカイルへの攻撃が、一拍遅れる。
「速さアップ《極》!」
隙を見逃さず、カードが聖気を解き、オーガキングに瞬時に迫り、黒い大剣で連撃をする。
建物の中では、断罪は撃てない。
「おぉおお!!」
裂帛の気合。黒い大剣が嵐を生む。
刻まれ続けるオーガキングは、倒れる事も許されず、ダンスを踊るように不気味に動き続ける。
「主よ、もう事切れておるよ」
カイルはそっと、カードの背中に手を当てた。
「…っは!」
止めていた息を吐く。
背中に手の温かさを感じ、我に返り、カードは連撃を漸く止めた。
糸が切れたように、その場に崩れ落ちるオーガキング。
巨体の倒れる地鳴りの後には静けさが満ちる。
「終わった…」
その後、小型のベヒモスは消失した。
誰かが召喚したものだと確定した。
不自然な魔物の暴走。
ゴブリンとトロールが群れる事はない。
何者かが仕組んだと思われる。
召喚された小型ベヒモスの術者と、同一人物かは分からない。
それと、謎の狙撃。
敵ではないのだろうが、姿を見せない者を信頼する事は出来ない。
「次は?」




