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第24話 茉莉花

 城島が憔悴した若い男を連れてきた。


 若い男——名前は聞いたが覚えていない——は、ヤシマの本社採用、総合職五年目。佐藤常務の令嬢の婚約者だという。


 そんな紹介をするということは、社内政治絡みということだ。

 たいていのことはファクシミリ一枚で済ませそうな城島がわざわざ同行してきた理由はわかった。


 生地の質感から高級とわかるスーツ、ブランド物の腕時計。スポーツマン体形で適度に日焼けした肌。趣味はテニスかフットサルといったところか。

 自己肯定感に満ちた見た目に反し、肩を落として神妙に振る舞っている様子が妙にちぐはぐだ。

 俺の顔を見ると、助けを求めるような、しかし一瞬だけ値踏みするような目をした。


 城島は手短に事情を説明した。

 現地のキャバ嬢と深い仲になったが、痴情のもつれでトラブルになり、キャバ嬢がレベル1の検問までおしかけてくる騒ぎになったらしい。


「最初は気づかなかったんですが……その、メンヘラ気質というか、少しストーカー的な子で。こちらもいろいろ断れなくなってしまって」


「わかります、わかりますよ。日本人はモテるんです。プロ相手でも油断しちゃいけない」


「いや、ほんと、会社にまで迷惑をかけてしまって」


 男が語り、城島が相槌を打つ。

 まるで出来の悪い寸劇を見せられている気分になる。背中にナイリザの冷ややかな視線を感じるようだ。

 俺は曖昧に頷いて先を促した。


「たったそれだけか。珍しくもない話だ。放っておけばいい」


「そうもいかないんですよ」


 城島は声を落とした。


「彼は近々本社に戻される予定なんですが、その前に人事評価を汚したくないというのが佐藤常務のお考えでして。現地人との濃厚接触の記録があると、潜在的精神的変異を疑われてしまう」


 下半身トラブルそのものではなく、人事上のラベリングの問題。

 要は現地の埃がついた人間はメンタルヘルスに問題ありのレッテルを貼られてしまうというわけだ。

 いかにもありそうな話だった。

 よりによって駐在員にそれを明かす神経は疑うが。


「できれば人違いだった、というような一筆がほしい」


「一筆」


「最悪でも、これ以上揉めない確証は欲しいですね。示談以外の方法でもいいですよ。そこは現地に通じた加藤さんにお任せします」


 そういって城島はテーブルの上に茶封筒を置いた。

 拾い上げて中身を見る。二百万円くらいか。


「会社の金ではありません。業務としてはトラブルの調査ですが、口止め料とか手切れ金が必要になったら迷わず使っていただいて構いません」


 若い男は黙って座っていた。

 自分のしたことに対する反省はなく、ただ事態が処理されることだけを待っている目だった。


 ナイリザがぞんざいに茶を出した。

 カップを卓に置く音が、必要以上に硬かった。


 城島は茶に口をつけてから、小声で言った。


「僕、なんか嫌われるようなことしちゃいました?」


「……気にするな。ああいう性格だ」


 資料を受け取り、城島と若い男を送り出す。

 扉が閉まった後、階段の方から甲高い笑い声が聞こえた。

 あの男の声だ。

 トラブル処理を丸投げできて弛緩したのか、城島がよほど気の利いたことを言ったのか。

 理由はわからない。

 ただ、軽薄で癇に障る笑い方だった。


 冷め切ったお茶に口をつけながら、渡された資料に目を通す。女のプロフィールが書かれていた。

 二十代前半のダークエルフ。本名はマーリハ。源氏名は茉莉花。

 日本人向けの店でつけそうな名前だ。だが勤務先はニュー・エデンではない。

 夢幻楼、とある。


「ナイリザ、夢幻楼ってわかるか?」


「……知るわけないでしょ。ニュー・エデンより格落ちの店なら三番通りの先じゃないの。行ってみれば?」


 行ってみれば、の響きに拒絶の含みがあった。

 自分を巻き込むな、ということか。

 この手の話に辟易しているのかも知れない。


 どちらにせよ、キャバクラへの初動調査にナイリザを同行させる理由は特にない。


 * * *


 金曜日の夜だった。

 もちろんこちらの暦に曜日の概念はないが、多くの日本企業は本国に合わせ、5日営業の後に所定休日、法定休日を一日ずつ置いている。

 明日から休日。つまりは金曜日だ。


 客を装って夢幻楼に行くにはちょうどいい。

 そう思っていたが、週末の残務処理に思いの外手間取った。

 気がつけば九時を回っている。

 まあ、繁華街に足を向けるには程よい時間だ。

 ナイリザは定時で帰った。

 付き合わされるのがよほど嫌だったらしい。


 三番通りの入り口の路面店で遅い夕食をとった。

 動物性のスープに小麦粉の塊が浮かび、パクチーのような香りに痺れるような酸味の青い種子が散らされている。

 よくわからない料理だが、腹にはたまる。


 宵の口を過ぎた繁華街では、既に出来上がった酔客も多い。

 路地裏で吐瀉物を撒き散らす日本人サラリーマン、客を探すダークエルフの夜鷹、路面のベンチに腰掛けて団扇を仰ぎながら盤戯に興じる老コボルト。

 相変わらず異様な光景だ。


 夢幻楼は探すまでもなく見つかった。

 四番通り。パーラー・ニルヴァーナの並び。

 通りの入り口近くに大きなネオンサインを出していた。


 入り口に立つハーフオークの黒服に声をかける。

 フリーでいいと伝えると、すぐに中へと通された。


 ニュー・エデンと比べると、内装は安っぽいが、それなりに手入れされている。

 照明は暗く、煙草の煙が低い天井に溜まっている。

 客層は日本人と現地人が半々。現地人の男が大声で笑い、隣の卓では日本人が静かにグラスを傾けている。

 時折、あちこちで女たちの派手な嬌声が沸いた。

 

 茉莉花を指名することも考えたが、やめた。

 初めての客に指名されたら警戒するだろう。

 誰でもいい。まずは同僚の女に話を聞いてみたい。


 少しだけ座り心地の硬いソファーに腰掛け、煙草に火をつけた。

 待っている間に、店内を観察する。

 女たちは人間、エルフ、獣人、ハーフ。人種はまちまちだが、どの女も日本語を少しは話す。

 他所のテーブルを眺めていると、女の回転の癖のようなものも見えてくる。

 日本人の卓ではホステス役は動かない。現地人の卓につく女たちは、入れ替わったり、店の奥に戻ったり、ヘルプで出たりと忙しない。


 遅い。

 指名なしのフリー客に女がつくまでの時間は、その店が人員に余裕があるかどうかのバロメーターだ。


「カトウさん!」


 不意に、甲高い声が飛んできた。

 振り向くと、見覚えのある猫獣人が、客のテーブルから立ち上がってこちらに歩いてきた。

次話は5月7日(木)21時00分に投稿予定です。

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