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第23話 ドリルジャンボ

 ザファル商会の担当者から電話が来たのは、昼飯の直後だった。


「カトーさん。第四鉱区の件で至急ご相談したい」


 ザファル本人ではなく、下っ端の事務方だった。

 声が上ずっている。


 用件は単純だった。

 廃棄処分としてヤシマから引き渡された削孔機——ジャンボドリルが、暴走している。

 パッチワークが限界を超え、機体が坑道内で自律稼働を始めた。

 制御不能。ドワーフの鉱員たちは全員退避。坑道に近づけない。


「おたくの置き土産でしょう。対処をお願いしたい」


 置き土産。

 確かに、ヤシマが直接操業していた時期にパッチワークが施された機械ではある。

 ただし、ザファル商会に事業全体を委託する際、備品機器はすべてヤシマが責任を負わない条件で無償譲渡した。ドリルジャンボは、「廃棄予定機械一式」として書面上の引き渡しまで完了している。

 つまり、法的にはザファル商会のもので責任も商会側にある。


 だが、法的にどうであろうと、パッチワークが暴走した機械を処理できる人間がザファル側にいないのも事実だろう。

 暴走を放置して産量が低下すれば、結局ヤシマにとって不利益になる。


「わかった。見に行く」


 電話を切り、ナイリザに声をかけた。


「出るぞ。採掘現場だ」


「何があったの」


「ドリルが暴走した。パッチワークの限界だろう」


 ナイリザは帳簿を閉じ、眼鏡を押し上げた。


「あら不思議。魔石は外したはずだけど。魔素の供給がないのにどうやって暴走したのかしらね」


「……使いたくなったってことか。ただで引き取ったゴミが動けば丸儲けだ」


「かもね」


 頭が痛い。そういう連中だとわかっていたのに、あれを引き渡したのはこちらの失策か。


「処理できるか?」


「見てみないとわからないわ。でも要は、魔石を外すか地霊を祓うかよ。どちらでも止まる」


 ナイリザは安酒のカップに蓋をし、事務用ベストの上から薄い作業着のブルゾンを羽織った。


 * * *


 ハイラックスを走らせて四十分。

 第四鉱区の坑口に着くと、異様な光景が広がっていた。


 坑口から百メートルほどの範囲に、ザファル商会の鉱員たちが散らばっている。

 ゴブリンの作業員が荷物を抱えて走り回り、コボルトの班長が帝国語で怒鳴っていた。

 坑口を遠巻きにして、頭を包帯で巻いた鉱員たちが座り込んでいる。ひしゃげたヘルメットを抱えたまま喋らない。

 誰も坑道には近づかないようだ。


 坑口の奥から、断続的に低い振動が伝わってくる。

 地面が揺れている。削岩の音ではない。もっと不規則な、何かが蠢くような律動。


 ハイラックスを降りると、ザファル商会の現場責任者が駆け寄ってきた。

 ダークエルフの中年男で、顔が土埃で真っ白になっている。


「ヤシマのカトーか。早く何とかしてくれ。ドワーフが全員引き揚げちまった。あいつら、パッチワークの気配がすると近づかねえんだ」


「中の状況は」


「三番坑の奥だ。朝から音がし始めて、昼前に壁を勝手に掘り出した。方向がでたらめだ。支保工を二本折られた」


「……三番坑」


 商会の報告書では三番坑の掘削は未定だった。

 ドワーフを使って一番、二番坑を掘り進める計画だったはずだ。

 そもそもドリルジャンボが配置されていた場所も三番坑ではない。


「予定にもない場所までわざわざ廃棄物を移動させて、起動させたのなら、うちの責任じゃない」


 そう告げると、責任者の男は目を泳がせた。


「それは……困る。このままじゃ採掘できない」


「そうだな。採掘が止まれば、うちもおたくも困る」


 ナイリザが坑口に近づいた。

 片手を壁に当て、目を閉じている。


「……魔素が強いわね。地霊は一体」


「三体じゃなかったか? 放置してた間に減ったのか」


「だったらよかったわね。融合してるわ。随分魔石を奮発したみたい」


「止められるか?」


 ナイリザは眼鏡を外した。

 ベストのポケットにしまい、髪を束ねていたゴムを外す。

 金髪が肩に落ちた。


 事務員の顔が消えていた。

 ナイロンの釣り具ケースから杖を取り出す。

 何人かの鉱員が杖を構えたナイリザに気づき、動きを止めた。

 声を押し殺してこちらの様子をうかがう。


 ナイリザはナイロン地のケースをこちらに押し付けながら呟いた。


「待っていなさい」


「一人で行くのか」


「邪魔よ」


 アンカーが側にいたら魔法の邪魔になるかもしれない。理屈はわかる。

 

 ずん、と重い音が足もとから響く。鉱員たちが再び右往左往しはじめた。

 地下の律動が一段と増した気がする。

 得体の知れない何かの随喜か、怨嗟か、両方か。


「おい。大丈夫なのか?」


 僅かに上ずった声が出てしまう。

 ナイリザは呆れたような軽い溜め息をついた。


魔術師プロに任せなさい。こんなくだらない業務でリスクは冒さないわ」


 宥めるように言うと、ナイリザは坑道に入っていった。


 * * *


 待つしかなかった。


 坑口の前でダークエルフの責任者と並んで立っていた。

 振動は続いている。時折、坑道の奥から砂埃が吹き出してくる。


 五分が経った。

 振動が止まった。


 唐突だった。

 断続的に続いていた地面の揺れが断ち切られた。

 同時に、坑口から乾いた風が吹き出してきた。

 砂埃ではない。空気そのものが違う。湿気が消え、鉄錆の匂いが消え、代わりに真冬の朝のような、何もない冷たさが鼻を突いた。


 坑口の周囲の岩肌が、白く変色していた。

 霜が降りたように見えるが、触れても冷たくない。石から色が抜けている。


 周囲のゴブリンやコボルトが後ずさりした。

 何かが起きたことだけは、全員がわかっていた。


 十分が経った。

 何の音もしない。


 ダークエルフの責任者が不安そうにこちらを見た。

 俺も不安だったが、顔には出さなかった。


 十五分ほど経った頃、坑道の奥から足音が聞こえた。


 ナイリザが歩いてきた。

 埃まみれだった。ブラウスの袖が破れ、頬に擦り傷がある。

 だが、足取りは平然としていた。


「終わったわ。機械は止まってる」


「怪我は」


「天井から石が落ちただけよ。大したことない」


 ナイリザは坑口の外に出ると、陽光に目を細めた。

 鉱員たちが、遠巻きに彼女を見ている。


「どうやって止めた」


「地霊を散らしたのよ」


「散らした、というのは」


「地霊を機体から引き剥がして、四散させた。もう二度と同じ機体には宿らない」


 さらりと言うが、パッチワークを力ずくで無害化したということだ。


 坑口の近くにいたコボルトの老鉱員が、ナイリザの顔をじっと見ていた。

 その口が、小さく動いた。


「……サーリス・ナジュラ=キル」


 「三位の星読み」。

 イヤーバッズは直訳するだけだ。意味はわからない。

 だが、恭しく捧げられたその言葉は、何かの称号のように聞こえた。

 宮廷魔術師で三席だったというナイリザの言葉を思い出す。


 ナイリザが振り向いた。

 眼鏡をかけていない緑色の瞳が、老鉱員を見据えた。


 老鉱員は口を閉じ、目を伏せた。


 ナイリザは何も言わなかった。

 眼鏡をポケットから取り出し、かけ直した。

 髪をゴムで束ね直す。

 事務員の顔が戻った。


「帰りましょう。仕事が残ってるわ」


 * * *


 帰りの車内で、俺は礼を言おうとした。


「ナイリザ」


「何」


「今日は——」


「奇遇ね。私も貸し借りは残さない主義なの」


 ナイリザは助手席で足を組み替え、窓の外を見ていた。


「いちいち帳簿につけて、また誰かさんに暴走されても困るし」


 釘を刺された。

 ラズワーンの件を持ち出され、思わず渋面になる。

 ちらと横を見ると、ナイリザの目は笑っていた。

 左手でざらりと無精ひげを撫で上げる。


「次からは相談する」


「そうしなさいな」


 ナイリザはカップの蓋を開けた。


「それはそれとして、今日の魔術師としての稼働は経費扱いよ。出張手当と危険手当。あと服が破れたからクリーニング代」


「経費で落ちるか微妙だな」


「落としなさい。ザファル商会の管轄でしょう。あっちの精算書に乗せればいいじゃない」


「……それもそうだな」


 ザファルの精算書はただでさえ汚い。ナイリザの出張手当が一行増えたところで、誰も気づかない。


 フロントガラスの向こうに、日本租界の街並みが見えてきた。

 第二太陽が高い。まだ午後の早い時間だ。


「ねえ」


「何だ」


「帰りにコンビニ寄って。安酒が切れたの」


「レベル1のコンビニは遠回りだ」


「ストロングゼロの在庫がもう二本しかないのよ。死活問題よ」


「……寄る」


 ハイラックスのウインカーを出した。

次話は5月5日(火)21時00分に投稿予定です。

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