第31話 聖女はボスの正体を知る
翌朝、といってもまだ日が出て間もない時間ですが。
目を覚ました私は、そっと隣の部屋の扉をノックします。
「おはようございます。ルイン様」
「ええ、おはよう」
直ぐに扉が開き、顔を出したミリィと挨拶を交わす。
どの時間に起きてもこうして返事を返してくれるのですが、彼女はちゃんと寝ているのでしょうか。
もちろん聞くと「きちんと休ませて頂いてますのでご安心ください」とだけ返ってくる。
確かに肌ツヤも悪くはないので、疲労は溜まっては居ないと思うのですが、折を見て休ませる必要があるでしょうね。
「ルイン様。念のためお耳に入れておきたいことが」
「なにかしら」
「夜中じゅう、館に人の出入りがあったようでございます。幸い今は落ち着いているようですが」
「そう。もしかしたら事態が急変したのかもしれませんね。
分かりました。この時間から伺うのは失礼でしょうから、朝食の時に確認してみます」
黒犬と言えば夜行性の魔物。
なら夜の間に活動が活発になっていたとしても不思議ではない。
他には特に報告は無かったので、寝室に戻った私は日課である朝の鍛錬を行うことにした。
この世界において女神様に授けられたアビリティをいかに使いこなすかが重要になってくる。
特に強いアビリティであればあるほど、その重要性は顕著になる。
5年前、アビリティに目覚めて間もない私はその力を過剰に発揮してしまい、本来助けるべき人達まで死なせてしまった事がある。
もし今同じことが起きれば、十全に力を発揮して多くの人を助けることが出来るだろうと思うが慢心はしない。
「ふぅぅぅ」
呼気と共に体内を空にする。
同時に心を無に近づける。
まるで深い泉の底にいるかのように静かになる。
一瞬、このまま眠り続けたら穏やかなままなのかもしれないという誘惑に囚われるけど、そうもいかない。
吸気と共に空気が全身に行き渡るように、魔力を練り上げれば春の日差しを受けたように全身に温かみが宿る。
更に呼吸を繰り返して体内の魔力密度を限界まで高めていく。
「……」
限界に達した魔力は気を抜けばすぐに四散してしまう。未熟な人が無理をすれば思わぬ魔法を発動させて自滅することだってあり得る。
だから慎重に抑え込み、循環させ、維持し続け、限界がきたらゆっくり開放する。
維持できる時間は今は持って10分。大魔法を放てばまた1から練り直しだ。
実戦ではこの状態のまま何時間も戦い続けることになるだろう。
魔法だって撃ち続けることになる。
つまり魔力を練り上げる速度も維持し続ける胆力ももっと鍛えなければならない。
そうして10回ほど繰り返したところで朝食の用意が出来たとミリィが私を呼びに来た。
食堂に入れば既に伯爵は席に座られていた。
「おはよう。昨夜は良く眠れましたかな?」
「おはようございます。ええ、お陰様で」
当たり障りのない挨拶を交わすも、伯爵の目元に隈が出来ているのが分かる。
ミリィの報告通り、徹夜で指揮を執っていたのでしょうね。
軽めの朝食を終え、食後のお茶を飲みながらこれからについて話し合う。
「昨日から何か進展はありましたか?」
「……ええ」
伯爵は悩む様子を見せつつも、何かを決断した顔で私を見つめると頭を下げた。
「こんなことを頼むのは自分の力不足を露呈するようで情けないですが、聖女様のお力をお貸しいただけないでしょうか」
「頭を上げてください。一体何があったのでしょうか」
「はい、実は……」
昨夜。私たちが寝床に着いた後に例のボスが魔物を率いて街を襲撃してきたという。
幸い外壁で食い止めることには成功し、街の中に被害は出なかったものの、防衛に当たった内、1000人程が負傷しさらに1500人程がボスの呪いを浴びて倒れたそうだ。
今のところ命に別状はないそうだけど戦線への復帰は厳しく、次の襲撃を受ければ街中への被害も覚悟しなければならない。
「奴らは今も散発的に襲撃を仕掛けつつ、本隊は西側の森の中でこちらの様子を伺っています。恐らくは今夜にも総攻撃を掛けてくるでしょう」
「そうでしたか。冒険者ギルドの方はどうなっていますか?」
「そちらにも応援を依頼しましたが、Aランクの冒険者はダンジョンに向かったままで連絡が取れないとのことです。
それ以外の者では防戦一方で、いたずらに進撃すれば被害を増やすだけになるでしょう」
「それほどまでに恐れられるボスとはいったい」
「『命喰らう牙』です」
「まさか!!」
『命喰らう牙』とは見た目こそ黒犬の上位種と呼ばれる影狼と大して違いのない魔物だ。
しかし危険性は影狼の2ランク上の災害級と言われている。
その特性は周囲に強力な吸命の呪いを振りまき、吸った生命力で自身の強化や眷属の生成を行う。
(昨日の呪いを見た時にそこに思い至らなかったのは失敗だったわね)
以前南の国で確認された時は、街が1つ丸ごと呪いに侵されて壊滅したという。
しかもボスの存在に気づき、救援を呼んだ者が戻ってきた時には魔術師を中心とした高位冒険者数十名しか生き残っておらず、ボスの姿も消えていたという。
……ただ、その情報と照らし合わせると今回は呪いの被害が随分と少ない気がする。
魔の森に接したこの街の人には自然と呪いに対する耐性が付いていたと考えることも出来るけど、何か呪いを防ぐ方法があるのかもしれない。
それさえ分かれば被害を最小限に防げるのだけど。
でもそれは伯爵も気づいて調査していそうね。
あとはボスを倒す方法か。
「私の最大級の神聖魔法であれば、ボスも1撃で倒すことは可能かもしれません」
「おぉ」
「ですがそれを撃つには多少時間が掛かります。
その間に逃げられたり、眷属に襲われる危険があります」
身体強化しながら魔法の発動が出来れば良いのですが、今の私ではどちらかが疎かになってしまう。
「そうですか。そうなると護衛を付けて打って出る、というのも上策ではありませんね」
「はい。ですので、魔物たちが街を襲ってくるところを迎え撃つのが良いかと思います」
「分かりました。奴らは今夜にも再び襲撃を掛けてくるでしょう」
「そうですね。では私はこの後、夜に支障の出ない範囲で呪いの治療に当たろうと思います」
「よろしくお願いします」
再び頭を下げる伯爵。
貴族であるのにここまで謙虚な態度を取れるのは称賛に値するのではないでしょうか。
東側の貴族たちに見習わせてあげたくなりますね。
そうして伯爵との打ち合わせを終えた私をメイドのミレルさんが待っていた。
どうやらあの少年が目を覚ましたようだ。




