邂逅
夜遅く、やはり讃岐坊の事に踏ん切りがつかない安房の坊海竣は、これが最後のつもりで待ち合わせの場所である無量光院前の横道に来ていた。
強い風が落ち葉や砂埃を巻き上げていたが、それほど寒さは感じなかった。
もしやと思い、無量光院一帯を探し回ったが、やはりどこをどう探しても”印はない・・”あきらめて帰りかけた。
その時・・
通りの向こうから、”どしゃり・・どしゃり・・”と異様な足音が聞こえてくる。
吹き付けてくる強風に手をかざしながら、その音の方を海竣は見た。
大きな黒い影がこちらに向って歩いてくる。
月光が照らす世界に浮き出た大きく黒い影。
それは”舘平盛春”であった。
もちろんそんな事は海竣は知らない。
月光に沈む顔面に、赤く光る双眼を海竣はみとめた。
盛春は空覚の脳みそを喰らうた時、もう一人の山伏の存在とその待ち合わせの場所を知って、それを排除する為やってきたのだ。
海竣は一瞬で理解した。
”こいつは識鬼だ。憑主した人間のなれの果て。そしてこいつに讃岐坊はやられたのだ”
「ぬし、識鬼であろう。讃岐坊をいかがした?」五間(9m)先の男に問うた。
瞬時に駆け出す盛春。
海竣は左手に持った油壺を口に注ぐと、右手の火打石を口の前で鳴らした。
海竣の口から吐き出された炎が盛春に襲いかかる。
盛春は飛び上がり炎を避けた。
すると信じられない事が起こった。
炎が盛春を追いかけて曲がったのだ。
まるで炎それ自身が生き物であるかのごとく!
炎の塊が盛春にぶつかる。着地と同時に転げまわり火を消す盛春。
立ち上がった盛春の体からは煙が立ち上がっていた。
”験力”山伏が過酷な山岳修行で会得する特殊能力である。
人によりその力の顕現は様々で、海竣は火を扱う事を得意としていた。
讃岐坊は念術、念動であり、山伏によっては水を鋭利な刃物の様に扱える者、鎌鼬の様に、空気で物を切り裂く事の出来る者すらいた。
熱くないものか、海竣の右手と左手には炎が揺らめいている。
”気”を高める様に体の前で両手を回し、盛春の動きを注視している。
「がぁああぁああああ!」無量光院の伽藍に盛春の雄叫びが木霊する。
盛春が一気に間合いを詰め、必殺の一撃をくりだす!
それを海竣の炎の両手が交差し受け止めると、盛春の右腕が燃え上がった。
盛春は海竣から飛び離れ、地面に叩きつけて右手の火を消した。
優勢に海竣が戦っている様に見えた。
しかし実の所、この”火遁の術”おいそれと使いこなせる訳ではない。
摂津の坊から識鬼の存在を聞き、半日かけて”氣”を練り上げておいたのだ。
そしてまた盛春には気づかれない様にしていたが、恐ろしく体力を消耗する。
”撃ててあと二撃、それでかたをつける”
路地の暗闇に海竣の炎の両手がゆっくり回っている。
それは強風に吹かれ棚引いていた。
盛春が凄まじい勢いで飛び込んできた。
それにカウンターを合わせ、必殺の炎の正拳をくりだす海竣!
なんと!盛春は炎の拳を左手で掴んだ。
海竣は至近距離から今度は左の正拳をくりだす。
それを今度は右手で掴む盛春。
盛春の両手から肉の焦げる嫌な臭いが立ち上がる。しかし盛春は意に介さない。
海竣は盛春に両手を広げられる形となり、盛春は海竣の首に喰いつこうとした!
咄嗟に盛春の胸を前蹴りで蹴ると、一回転して飛び離れた。
両手の炎は勢いを失い消えかかっている。
体力を消耗した海竣は片膝をついた。
胸を蹴られ、後ろによろめいた盛春だったが、体勢を整えて海竣に向き直る。
その両手からは煙が立ち上がっていた。
「我・の血肉と・なれ・・山伏」と盛春が初めて口を開いた。
「鬼の眷属、おぬし等は再び封印される運命なのだ、神妙に封印されよ!」
「先日・・の山伏・も同じ・・様な・事を・言って・いたわ・・」
「なに!?その山伏をいかがいたした?!」
「喰ろ・うた・・」
「くっ!」
盛春が海竣に飛び込んでくる!
突き出された右手を両手で受けたが、四間(7m)も吹っ飛ばされた。
海竣は転がされ瞬時に立ち上がる、顔を挙げた目の前に盛春の鬼の形相があった。
”南無三!”
まさに盛春の右手が海竣の腹部を貫ぬかんとした時!
”ドスッ”盛春の肩になにかが食い込んだ!
海竣から飛び離れる盛春。
無量光院の表路地にたたずむ一人の男の姿。
それは平泉館から高舘館に帰る途中の義経であった。
山伏の危急を見た義経は咄嗟に飛杭を投げつけたのだ。
飛杭とは杭の形をした鏢で、幼少期のまだ遮那王と呼ばれていた義経が、鞍馬寺で鍛錬したものの一つである。
「おぬし何者だ?人間ではあるまい・・」義経が問うた。
「お逃げあれ!御曹司!」海竣は叫ぶ。
義経に盛春は凄まじい勢いで飛び込んだ。
二人の体が交錯する。海竣は息をのんだ。
”ドサッ”なにかが落ちた。
それは盛春の右腕だった。
義経が電光の切っ先で斬り落としたのだ。
「ガァアアァアアアア」再び無量光院の伽藍に盛春の雄叫びが木霊する。
盛春は斬り落とされた右腕を拾うと、二間(3.6m)も飛び上がり塀の向こうに消えた。
走り去る足音を聞きながら義経は刀を鞘に納め、海竣に声をかけた。
「大丈夫か御坊?」
「助かりもうした・・」海竣の顔をみた義経は、
「おぉ昼間の・・あれはなんだ?」盛春の走り去った方向を見ながら義経は聞いた。
「”鬼”でござる・・」
「まこと”鬼”なる物がこの世に存在しようとは・・・」
「”鬼”とは呼びしなれど、その正体を実は解っておりませぬ、ただ、精神に寄生しそれを喰らい成長する。人肉を喰らい、五蘊を贄とし巨大化する事は解っておりもうす」
「では、あれは以前普通の人間であったという事だな」
「はい」
海竣は驚いた。
源平合戦の英雄である源義経の名は、この時代の人間なら知らぬ者はおらぬ。
識鬼の右腕を斬り落とすほどの、これほどの男だったとは・・
義経は意外な事を言いだした。
「少々話を聞きたい。我が屋敷に来て酒でも一献やらぬか?」
「それは願っても無い事で・・かまいませぬか?」
「かまうも、かまわぬもない、私が誘っておるのだ」
笑った義経の顔は、なんとも魅力的な美しい笑顔であった。
海竣が馬の轡をとり、義経の居館である高舘館へと歩き出す。
「そういえばまだ名前を聞いてなかったな」と義経
「安房の坊海竣と申します」
すると義経はしみじみと言った。
「安房(現千葉県南部)とな・・この奥州藤原御一門の御先祖である散位藤原朝臣経清殿のお父上、頼遠殿は従五位の身分を持ち、かつて下総の国(現千葉県北部)の役職につかれていたという。これもなにかの縁であろうかの・・」
強い風が二人に吹きつけ水干と袈裟をはためかせる。
それはまるで、これから二人に訪れる運命の予兆を思わせる強く激しいものだった。




