平泉舘
陽が沈んだ平泉館には冷たく強い風が吹き付けている。
月光の雲間に星がのぞき、木枯らしが落ち葉を舞い上げていた。
急ぎ義経が呼ばれた理由には、源頼朝が泰衡、基成に義経追討の宣旨を朝廷に要請する動きのある事が明らかになったからだ。
平泉館の主殿には、藤原泰衡・国衡、そして泰衡の祖父にして、今や国衡の岳父である藤原基成、そして源義経の四人がいる。
ちなみに基成は、義経の母常盤が現在嫁いでいる一条長成の親戚筋に当る。
そこには複雑な人間関係が存在していた。
下膨れ顔で豊満な体がいかにも公家らしい基成と、青黒くむくんだ顔に陰湿な眼差しが印象的な泰衡、彫の深いゴツゴツした顔に武芸の鍛錬で鍛え上げた、がっちりとした毛深い小柄な体の国衡。
そして、美しく気品があるのに、どこか男らしさを感じさせる義経の四人は、不自然な組み合わせと言えよう。
四人は顔を突き合わせて、今後の平泉のかじ取りについて相談していた。
泰衡・国衡・義経の三人は、昨年末の文治三年(1187年)10月29日、秀衡が永眠するわずか前に、
秀衡の命で、心身決済して白山社に参り、起請文を書き神前にて誓約をなした。
その内容は・・・
泰衡は秀衡の家督を受け継いで奥州の御舘となり、平泉の政をなし、国衡は秀衡の妻(国衡は異母兄弟)を娶り、泰衡の養父となり平泉の兵を束ねて泰衡を補佐し、その泰衡と国衡は、先の伊予守義経を主君とし仕え、三人一味して頼朝攻略の策をめぐらし、奥州を守り抜け。
というものだった。
異母兄弟である泰衡と国衡が、泰衡の実母を国衡に嫁がせて、兄弟であった関係を義理の父と息子の関係にするという、一見おかしくもみえようが、兄弟仲の悪かった二人が、骨肉相はむ争いにならない様にする秀衡の苦肉の策であったのだ。
これは兄弟間なら対立・抗争がありうるが、親子は原則としてそれはあり得ない。
対立する国衡と泰衡を義理の親子関係にし、後家として強い立場を持つ事になる藤原基成の娘を娶らせる事で、国衡の立場を強化し、兄弟間の衝突を回避したものと考えられる。
それほど兄弟間は険悪であったのだ。
この秀衡の苦渋の策が、親族間の激しい相克を招く事になるとは、まだ誰も考えていなかった。
「ともがらも連れず単騎で来られたとか、危のうござるぞ九郎殿(義経の事)」と基成が言うと
「何事の事もござらん、自分の身は自分で守れる故」と義経は答えた。
「またその様に言われる。もう御身は御自身のみのお体ではござらぬぞ、この平泉を守って頂く大将軍なれば」と国衡
そんな三人の会話をうつむく様に聞いていた泰衡だが、
母を陸奥守・藤原基成の娘であり、異母兄の国衡は「他腹之嫡男」「父太郎」と称せられたのに対し、正室を母とする泰衡は「当腹太郎」「母太郎」と呼ばれ、嫡男として扱われてきた。
現在の実質的な奥州藤原家の”御舘”である。
頼朝が義経追討の宣旨を朝廷に要請している動きについて泰衡が口を開いた。
「御心配なされるな九郎殿(義経)、この泰衡、御舘(秀衡の事)の遺言に叛く事は決してない」
今更ながらの事を言う。
もしそうであるならば、ここで改めて言う必要もないのだ。
しかし、全てを解っていながら義経は何も言わなかった。
「もし宣旨がおりたとしたらなんとする?」と基成
「なんとする事もござらん、無視すればいいだけの事」と国衡
「御上の宣旨を軽んじろというか?」と基成は気色ばんだ。
「いやいや、御上とてこの宣旨は本意ではござらぬ筈、その意をくみ取りなにもせぬという事でござる」
「宣旨とはその様に軽く扱って良い物ではない!なんらかの形や結果を出さずして、なんの返答のあるべきか?」元公家らしい考え方である。
「その様な宣旨を御上が鎌倉に無理強いなされる前に、何らかの行動を起こすべきである。」基成は言い放った。
「いやいや、やはりここはなにもせぬのが一番、鎌倉の事は放っておけばよろしい」と豪胆な国衡は言い返した。
この岳父と義理の息子の関係もまた、うまくいってなかったのだ。
そんな義理の親子二人を眺めながら、義経は別の事を考えていた。
”おかしい・・・”
なにがおかしいのか、それは泰衡の様子がおかしいと感じるのである。
小心姑息な泰衡は、何事につけ御舘の己をないがしろにする事をいとむ。
黙り込んでいるにせよ、挙動や顔の表情に現れるのだ。
国家の大事は己がが決める。
たとえ己の才覚が足りないにせよ、そうせずにはおられない。そういう男なのだ。
たとえ兄や祖父の言葉であっても、自分の領域を侵す事を許さない。
しかし、それを面に出さない子狡さがあった。
”それが今はない・・”
何か考えているのか、兄と祖父の言い争いに加わらず沈思している。
「九郎殿はどうお考えか?」
先の見えない言い争いに嫌気がさして、国衡は義経に問うた。
「それは御舘(泰衡)がお決めなさる事、我が意はそれに従うのみでござる」
そうは言ったが、義経の内心は戦を避けたい一心であるのだ。
戦が始まれば罪なき無垢な市民が犠牲となる。
戦地に連れていかれる兵達、そしてその家族の事を想うと戦は避けねばならぬ。
世話になった秀衡の遺言がなければ、とうの昔にこの平泉を捨ててどこぞに遁走している。
しかし、秀衡は鎌倉の真の狙いが義経ではなく、この平泉である事を見抜いていた。
朝廷の力から離れた武家政権の確立を目指す頼朝は、己の手の及ばないこの平泉を敵視している。
日の本の平定は奥州藤原氏を打倒せずにはなしえない。そう考えているのは解っていた。
故に秀衡は義経に”平泉を頼む”と遺言したのだ。
鎌倉は今すぐにでも奥州討伐軍を編成したいところではあったが、問題があった。
義経の武略と、奥州17万騎の兵力が恐ろしいのである。
奥州だけの兵ならばいかようにもなるだろう。
しかし戦の天才義経の存在が合わさった時、鎌倉政権の根本を脅かすほどの脅威となるだろう。
だから、いろいろな手をつくして奥州藤原氏の内部分裂を図っているのだ。
おそらく、泰衡には頼朝からの密書が届いているに違いない。
しかし、義経が感じる泰衡の違和感とは、それとは違うものだった。
義経が感じるものは、しいてあげるなら
”執着”である。
一点を見つめる泰衡のうつむいた顔から感じるのは、強くなにかを思い煩う”執着”である。
それは”生”へのものなのか、利己心なのか、または別のなにかかは解らぬ。
しかし、泰衡の目には今までなかった、なにかへの”執着”を強く感じるのである。
そんな泰衡が口を開いた。
「祖父殿(基成)の御心配はもっともでござる。祖父殿は宣旨が出されぬ様に、引き続き付け届けと根回しを願いまする。
兄上(国衡)は万が一鎌倉が攻め寄せて来たときの為に、新たなる柵(砦の事)を増やして欲しい」
「心得た」と国衡
すると泰衡はいきなり関係ない事を言い始めたのだ。
「それよりも、アイヌの者達がこの地を捨てて北に逃れようとしているふしがあります。由々しき事だ!今までの恩を忘れて、身の危険を感じるや否や逃げ出そうとするとは!」
なにを言い出すのか?三人は驚いた。
どうやら鎌倉との戦でアイヌがこの地を逃げ出そうとしている。
と言いたいらしいが、まったく自分勝手なものの考えにはあきれ果てるものが有る。
普段から泰衡の事が気に入らない国衡が勢いよく言った。
「馬鹿な!そんなつまらん話を今する必要がどこにある?馬鹿も休み休み言え!」
まったくの正論である。
「馬鹿と申したか!馬鹿と!御舘である我に!いくら兄上といえどただでは済ましませんぞ!」
「馬鹿だから馬鹿と申したのだ!そんなアイヌなど放っておけば良いだけではないか!」
「また申したな!馬鹿と!」泰衡の中に異常な程の殺気が湧きあがる。
「まぁまぁ、そう熱くならんと落ち着きなされ!してそのアイヌの集落は何人程の物なのだ?」
二人をとりなす様に基成が言った。
怒りが収まらない様子の泰衡だったが、基成に向き直ると
「確か五十人ほどだと聞いています」
奥州藤原王国存亡の危機を話しているというのに、たった五十人足らずの集落の事を持ち出すとは、少々”異常”ともとれる泰衡なのだ。
基成と国衡はあきれ返ってしまった。
「もうよいわ!そんな吹けば飛ぶような集落など御舘のすきになされよ!」
軍議はもう終了と言わんばかりに、国衡は立ち上がり主殿を出て行ってしまった。
そんな国衡を暗い眼差しで見送る泰衡は、国衡がいようがいまいが関係ない、といった感じで続けた。
「ではその件に関しては、わしに任せてもらう。にっくきアイヌの奴ばらめ、目にもの見せてくれるわ・・」
義経は先ほどから感じていた泰衡の中の”執着”とはこれか、と思っていた。
しかし、その”執着”の仕方が異常なのだ。
自分を捨てて逃げ出すなど許さない。それくらいであるならば皆殺しにせんと言わんばかりだ。
「今はアイヌなどどうでもよろしい」とさすがの基成もあきれ果てて言った。
少し心配になった義経は
「御舘、手荒な事はなされな・・彼等にも彼等なりの考えが有ろうというもの」
じろりと義経を見た泰衡は、なにも言い返さなかった。
燭台のいくつかがゆらりと揺れた。
外の強い風が入り込んだものか・・
樋がガタガタと音をたて、会話がしにくい事この上なかった。
「まぁ仮に宣旨が出されようと、今まで通りこの平泉の道に変更はないという事じゃ」と基成
「それで良いな、御二方」
義経と泰衡は頷いた。
強風吹き荒ぶ平泉の夜は、意外にもそれほど寒くは無かった。




