義経
夕刻、安房の坊海竣は空覚との待ち合わせの場所に来ていた。
澄み渡る空を見上げながら、”アトゥイとイカエラは無事でいるだろうか?”
と先日別れた二人のアイヌに思いを馳せていた。
そんな彼に、時折冷たい風が吹き付け袈裟をはためかせる。
ここは無量光院前の横道である。
初代清衡が中尊寺、二代基衡が毛越寺、三代秀衡が造営したのが無量光院である。
無量光院は平泉の中心に位置し、近くには奥州藤原氏の政庁・平泉館があった。
無量光院は京の平等院を模して造られ、新御堂と号す。
毛越寺の新院という意味である。
東西240m、南北270m、約6.5ヘクタールの敷地は、平等院より規模が大きかった。
本尊は阿弥陀如来で、地形・建物の配置は平等院を模したとされるが、中堂前の敷き詰めた瓦と、池に中島があるのが平等院と異なる。
本堂の鳳凰堂はほとんど同じ大きさだが、翼廊は一間(1.8m)長い。
東向きに作られた配置は、庭園から見る夕日が本堂背後の金鶏山(標高98.6m)に沈んでいく浄土思想を体現する為だ。
その金鶏山は、中尊寺と毛越寺の中間にあり平泉の都市計画の中心となった信仰深き山である。
讃岐坊と示し合わせた場所に、昨日から何度も足を運んでいるが、合図の印すら見つけられない。
印とは、真言の印を捩ったもので、心得の有る者だったら簡単に気付く。
それを軒先の土に書いたり、石を積み重ねておいたりする。
それがどこをどう探しても見つからないのだ。
”なにかあったのか?・・”嫌な予感がする。
解放された鬼共は、まだ力弱い状態であり、血肉と”氣”をその身に取り入れる事で力を増していくが、まだ時間が掛かる筈で”よもや遅れを取る事もあるまい”と楽観視していたのだ。
しかし彼自身、巌鷲山で襲われた巨大な狼と烏には、正直イカエラとアトゥイの助力無くしては封印なし得なかった。
彼の命もあったものか怪しいものだったのだ。
”何事もなければよいが・・”あたりに目を配った。
無量光院と日高見川(北上川)の間に平泉館(平泉の政庁)があり、川の水を引き込んだ人工の入江には交易舟が碇泊している。
荷卸しをする人足達が威勢のよい掛け声をあげていた。
北に遠く目をやると、今や鎌倉にも公の存在となった源義経が起居している高舘館があり、
平泉館の南側には藤原泰衡の居館である伽羅の御所が豪壮に建ち誇っている。
人足の掛け声で、海竣は平泉館裏の入江に目をもどした。
すると一人の山伏がこちらに歩いてくるではないか。
目を凝らすと知った顔であった。
「摂津の坊!いかがした?」歩いてくるのは摂津の坊老雲という、まだ若い修験者だ。
老雲は近づいてくるなり
「一人か?讃岐坊は?」と問うた。
「いやまだだ、じき現れると思うが・・」
老雲は顔を寄せてくるなり
「まずい事が解った。おぬし達が向かった鬼の洞穴にあったものだ。古文書を読み解いて解ったのだ。
十束剣に封印されていた鬼が解ったのだ」
「何者だ?」
「識鬼だ」
「平泉で起きたという地震はそれか?」
「おそらく五蘊鬼の憑主だ」
憑主とは、鬼の中でも特に力の強い、五鬼。
色鬼・受鬼・想鬼・行鬼・識鬼の五鬼が憑依し肉を持つ事をいう。
その際”精”の濁流が鳴動し、大きな地震につながる事があるのだ。
「では、讃岐坊はすでに・・・」海竣は悟った。
「覚悟せずばなるまい、そして我らの手に余るのも事実」
先輩の山伏で、なにくれとなく世話を見てくれた空覚はやさしい男だった。
海竣は心の中で法華経を唱えると、老雲に向き直った。
「巌鷲山で胎堕が進んでいる。急ぎ高野山に知らせに戻らねばならん!」
「まことか!?」
「摂津の坊、知らせに戻ってはくれぬか?」
「安房の坊はいかにする?」
「巌鷲山で大変世話になった者が、大怪我して難渋しておる。この地で皆の到着をまちつつ、彼等に助力したいのだ」
「あい解った。なんとか考えてみよう」
「考えるとは?」
「こちらに早く来れたのも、常滑焼を乗せた船に便乗させてもらえたからだ」
「知多の焼き物の舟とな?」
「あぁ立派な酒甕が仰山のっとったぞ」
「またあちらに向かう便がないか、問うてみよう」
「うむ、頼む」
すると颯爽と馬を走らせてくる一騎の武者が目に入った。
その武者は海竣と老雲を見つけると、手綱を引き馬を寄せてきた。
「どぅどぅ、」馬を巧みに制御し二人に近寄ってくる。
「御坊らはいずこから参られた?」男にしては澄んだ良い声だ。
その容姿は男らしいが美しく、隠しきれない気品があった。
「高野山」海竣は短く答える。
「おぉ、これからいずこに向われるか?」
「これから帰るところでござる」少々話をはしょって答えた。
「巌鷲山には行かれたのか?」
「なぜでござる?」
「この奥六郡の最北の地から・・やな予感がしてならぬ」
この勘のするどい、男にしては美しすぎる武者は何者なのか?
「貴殿はなにやら感じられる物があるのか?」と老雲
「雲の形、時季の風、土の臭いや、鳥の動き、それらの物全てが巌鷲を指している様に思える。
してなによりも奥六郡の岩手郡から出禍々しい”氣”が感じられてならぬ」
この状況を把握する力と勘の鋭さは天才的である。
問うまでもなかった。
郎党を連れず一人で馬を走らせるなど、大胆不敵にもほどがあるが
「判官殿(源義経)か?」
すると、くったくなく義経は答えたものだ。
「そのように呼ばれていた時もあったな、源九郎義経である」
「源氏の御曹司とはつゆ知らず、とんだ御無礼を・・」
「今ではただの厄介者よ、気になされな」
もしや我らを鎌倉からの刺客かもしれぬと、それを確かめに一人で近寄られたか。
だとしたら、すさまじい自信と度胸であると言わねばならない。
しかし、二人の山伏の立居振舞、自分(義経)を見ての挙動などを見て、鎌倉の刺客ではないと判断したのであろう。
人の意向をくみ取る洞察力と観察力、果断な行動力と源平合戦の折見せた兵法の知識、どれをとっても一流の指揮官である。
「巌鷲は・・まずい事になってござる・・」海竣は奥歯に物のつまった言い方になってしまった。
「・・・?」義経は美しい眼差しを海竣に向けている。
「それを知らせに高野山に戻る様、頼んでいたところでござる」と老雲を見た。
「さようか・・必要な事が有ったら言ってくれ、出来るだけ力になろう」
どこまで解っているのか、くどくは聞かずに義経は言った。
「お心遣い感謝します判官殿」
”鬼”について知っているのかいないのか、まこと不思議な男である。
頷くと義経は手綱を引き、平泉館に向って行った。
颯爽と馬を走らせる義経に暗さは微塵も感じられないが、彼と鎌倉との間には抜き差しならぬ緊張が張りつめているのだ。
去っていく義経の背中を見守りながら、海竣は一人の人間の持つ”力”について思った。
この人を放っておけない、この人の力になりたい、そう思わせるなにかを義経は持っていた。




