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鬼の眷属  作者: 上泉護
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平泉

昨日の寒さはどこへいったものか、今朝は曇よりとした空の下、落葉し裸となった木々の林を抜ける奥大道には生暖かい風が吹き、金色の阿弥陀象を図絵した笠率都婆(かさそとば)(卒塔婆)もどこか気味悪く感じる日だった。

その笠率都婆の横を一人の山伏が通り抜けた。

齢四十は超えていないだろうその歩みは、山伏特有の力強くリズムの良いもので、身の丈五尺八寸、鋼のような体に「なすび」顔が乗っている。

団子鼻と難く引き結んだ口、小さな眼が中央により一度見たら忘れられない顔で、頭に頭巾をつけ袈裟と篠懸の法衣を纏い、錫杖を持ち、背には笈、腰に法螺貝を吊るしていた。

この山伏、数日前出羽(でわ)より陸奥に入り、安房(あわ)の坊海竣と共に鬼の洞穴へ分け入った者で、名を讃岐坊空覚(さぬきぼうくうかく)という。

そこで(うだ)き岩が真っ二つに割れていて、ある筈の十束剣(とつかのつるぎ)が無くなっていた。

次々と破られていく日ノ本各地の結界。

危機感を募らせた二人は、危険ではあったが手分けしてあたる事にした。

安房の坊海竣は奥六郡最北岩手郡にある巌鷲山近辺の調査。

讃岐坊は鬼の洞穴から解放されてしまった鬼達を再び封印するためこの地に残り、その情報を得ようと人口十五万人と言われる黄金の都と謳われる平泉に向かっている。

暫くすると絢爛豪華な邸宅群や仏閣、毛越寺(もうつうじ)伽藍(がらん)が遠い丘の上からでも確認出来た。

「あれが平泉か……」讃岐坊は独り言ちた。

奥州藤原氏は百年、清衡(きよひら)基衡(もとひら)秀衡(ひでひら)泰衡(やすひら)と繁栄を極め、その拠点である平泉はこの当時日本第二の都市となっていた。

それは京において朝廷内部で源氏と平氏の政争が起き、都は荒廃し余裕が無かったと言う事情もあったが、その時の中央政府地方支配原理にあわせた奥州支配を進めた事が、奥州平泉にとって幸いした事による。

奥州藤原氏は朝廷から派遣された国司を受け入れ、それに協力するという姿勢を最後まで貫ぬく事で、朝廷の政争と無縁な状態を守り、強大な武力と中立で源平合戦の最中、独自の政権と仏法華咲く黄金文化を確立するに至る。

政権の基盤は奥州で豊富に産出される砂金と北方貿易であり、北宋や沿海州などとも独自の交易を行い、

戦乱の京を尻目に平泉は発展を続け、独立国の様相を呈していた。

交易と発展を支えた金鉱山は、北から八針(岩手県気仙郡)、今出山(岩手県大船渡市)、玉山(岩手県陸前高田市)、鹿折(宮城県気仙沼市)、大谷(宮城県気仙沼市)だったと言われ、平泉から東北に位置する三陸海岸沿岸に並んでいる。

空覚の平泉を見た最初の印象は、どんよりとした空が遠く地平線まで続き平泉を覆っている「暗雲」だった。

五間ほどの幅の通りを進んで行くと、瀟洒(しょうしゃ)な建屋が立ち並び行き交う人相手に団子や土産物、鮎を焼いた物などが売られている門前町に入った。

そして更に歩き続けると毛越寺が見えてきた。

永久五年(1117年)二代基衡が再興した毛越寺は、京の誇る法性寺に匹敵する庭園と大伽藍が存在し、

毛越寺本尊の薬師如来像には莫大な財力に物を言わせ、当代一流の仏師雲慶(ぶっしうんけい)に発注し造営を進めた。

黄金百両、鷲の羽百尻、アザラシの革六十枚、奥州産の優秀な馬五十一頭などが対価として京に送り届けられ、完成までの三年間それを運ぶ行列は絶える事なく、奥州藤原氏の富と威勢は都の人々の憧憬の的ともなった。

ところが雲慶が彫り上げた薬師如来像があまりにも見事だったため、鳥羽法皇が京の外へ持ち出す事を禁じてしまった。

あまりにも身勝手な事と言わざるをえない。

基衡は七日七晩持仏堂に籠って祈り、関白藤原忠道のとりなしで法皇の許しを得、ようやく安置する事が出来たというのだから、前九年、後三年の役を経て尚(つむ)がれる朝廷の傍若(ぼうじゃく)に、平泉の民の憤慨はいかばかりだったものか……。

空覚は大伽藍を見上げながら、そんな事に思いを馳せていた。

今の世は四代泰衡に成り代わっている。

泰衡の父三代秀衡は、奥州藤原氏初の鎮守府将軍として、奥州覇者の地位を法的にも確立した人で、その陰には京の摂関家出身の貴族、藤原基成(ふじわらのもとなり)がいた事を忘れてはならない。

基成は二代基衡の時に陸奥守を務め、任期後も京に帰る事無く平泉に残り、政治顧問として秀衡を支えた訳だが、四代泰衡はそんな基成の娘と秀衡の間に生まれ、奥州藤原氏の栄華は盛隆を極めていた。

讃岐坊は華麗で豪奢な大伽藍を見ながら、

都から遠く離れた北の辺境の地に、このような絢爛豪華な都が存在するとは……。

戦乱に荒廃してしまった京とは、天と地ほどの差がある。

京では餓死者が数千人も出ているというのに、この地で飢えている人間は一人も見かける事がない……。

浮浪者ですら顔艶が良く滋養が行き届いているようにさえ見える……などと物思いに耽っていた。

露店が立ち並ぶ通りで人々にそれとなく聞いて回ると、ほどなくしてこの平泉で異常な現象が起きている事が知れた。

浮浪者や市民、藤原武士の中で神隠しにあう者が続出しているらしく、それを突き詰めていくと、ある人物の名前が浮き上がった。

舘平盛春、真偽のほどは定かではないが、この平泉を大きな地震が襲った直後から身体が大きくなり始めたといい、家人の数人が神隠しにあったと噂されている荘官だ。

人の口の端にのぼる事柄は、時として真実を伝える。

讃岐坊は確信にも近い思いで、曇天の小高い丘を超え不気味な主がいるという荘園を目指した。

荘園が近づくにつれ空気がひりつき、まるで空気が帯電しているかの不快感を覚える。

一種異様な雰囲気のあぜ道を行き、下人の家々を見ながら家人の家とおぼしき家の間を抜けた。

空堀と築地塀に囲まれた館をぐるりと一周し、櫓が設けられた門の前に立ち声をかける。

「御頼み申す! ……御頼み申す!」

暫くすると、怪訝そうな顔をした武士が憔悴しきった顔を出した。

「何用か?」

「御家に寄進を願う者でござる。舘平盛春様にお目通り願いたい」

「今はそれどころではないのだ。お帰りなされ」

「何事にそうろうや?」

武士は舌打ちしたものの、舘平家で起きている怪異を霊験あらたかな山伏に聞いてもらいたくなったものか、讃岐坊に顔を寄せ小声で説明した。

「筆頭従者である鷲塚殿と、郎党の原西と申す者が行く方知れずなのだ……」

郎党とは中世日本の武士社会で一族や従者の事を指す。

平安時代中期に承平天慶勲功者や末裔から発生した武士階級は、田堵(たと)負名(田地経営)としての顔を持ち、在地にて田地経営を行い、武芸の鍛錬に励み国衙(こくが)の軍事動員が課せられた時は軍事活動に従事した。

その責務を負う事で武士達は国衙から「国内武士」としての認知を受け、武士身分を獲得(国衙軍制)していた訳だが、有事の際には戦力を一定以上確保する必要が有るため、主従関係を結んで自らに従う者を「郎党」と呼んで家臣とした。

郎党は武士と同身分ではないが、騎乗する権利を持ち、戦闘に参加する義務を負い、この頃の郎党の出自は、下人、所従もいれば百姓身分の者もいた。

話を戻そう。

「行く方知れず?」

「そうだ。昨日からどこへ行ったものか、皆で探し回っているところよ」

「そうか……ならばしょうがない。出直してまいろう。ちなみに舘平盛春様は御在宅か?」

一瞬嫌そうな顔をしたが、吐き出すように言い放った。

「不在だ! 今日もどこぞに参っておる事だろうよ!」

讃岐坊は確信を持ち、館の傍にある神社の軒を借りて休む事にした。

讃岐坊は安房の坊とかなりの強行軍で陸奥へと入ったので、その疲労からか、いつしかうとうとと居眠りを始めた。

陽が暮れ辺りは暗くなり、夜の(とばり)がおりる。

さすがに陽が落ちると寒さが増してきて空覚は目を覚ました。


すっかり寝入ってしまったか……まだまだ修行が足らんのぅ……。

などと思いつつ、こわばってしまった体を伸ばし一つ欠伸をした。

その時……。

どしゃり……どしゃり……と足音が聞こえてきた。

夕闇に沈むその人影は、六間の隔たりを持って立ち止まる。

神経を逆撫でするような嫌な空気が漂い、押し潰さんばかりの圧が讃岐坊に詰めて来る。

館に帰って来た盛春と神社の軒に佇む讃岐坊は、一目見ただけでお互いを「敵」として認識した。

ただの敵ではない、「強敵」である。

瞬時に二人は臨戦態勢に入った。

「がぁあぁああああああああっ!」

「こぉおおおおおおおおおおっ!」

先に動いたのは盛春で、二間も飛び上がり讃岐坊に襲いかかる。

讃岐坊は額にかざした右手と丹田(みぞおちの下)に添えた左手を合わせると、気合を込めて盛春にぶつけた!

「はぁっ!」

いわゆる念術であり、それは「氣」を練り上げたエネルギーで一種の念動である。

讃岐坊に飛び込んで来た盛春は後方に五間も吹っ飛ばされた。

「ぐぁあああああああっ!」両足を滑らしながら盛春は立ち上がる。

讃岐坊は氣を高めるため、口をすぼめ息を吸み、両足を大きく広げ、両手を上と下に向けて回し始める。

盛春もまた両足を大きく広げ、頭の高さで両手を広げた。

「がぁあぁあああああああっ!」

盛春の両目が爛々と赤く輝いていく。

地を蹴り這うような低さから突進する盛春に、讃岐坊は股間の下で合わせた両手を突き出す。

「はぁっ!」

またも盛春は四間も吹っ飛ばされた。

山伏として鍛え上げられた讃岐坊の「氣」は、二十年以上の修行の成果として盛春に襲いかかる。

「がっはぁっ!」

さしもの盛春もその圧力に圧倒されたが、にたりと笑い言った。

「これ……ほどの男が……いたとは」

「神妙に封印されよ、鬼の眷属!」

「鬼……とは笑わせる……真に鬼とは……おぬしらの事よ」

「……?」

「わ……からぬか? 人とは……執着にこそ本……質を委ねる……のだ」

「詭弁!」

「鬼とは……執着せし魂……の形・囚……われの魂は……人間が……より近い。鬼とは……おぬしらにこそ……ふさわしい……名ではないか」

「何?」そこに讃岐坊の隙があった。

氣を練りそこなった讃岐坊に、盛春ははずみもくれずに二間も飛び上がり襲いかかる。

「はぁっ!」再び”氣”をぶつけるが、一間ほどしか盛春は飛ばされなかった。

盛春は着地と同時に地を蹴り再び襲いかかる。

間に合わないと判断した讃岐坊は横に飛んだ。

二人の体が交錯する。

盛春と対峙した讃岐坊の脇腹の袈裟が大きく裂け血が竣出した。

「不覚!」讃岐坊が片膝を付きそうになった時、盛春が再び身を低くして突進する!

歯を食いしばり踏みこたえた讃岐坊は、掌底に氣をのせ盛春を撃ち貫こうとした。

が……一瞬だけ盛春の方が早かった。

盛春の突き出された異様な右手が、讃岐坊の腹部を貫いて背中から突き出した。

讃岐坊の口から血が噴き出す。

「ぶっ!」

最後の力で盛春の右手を両手で掴んだが、そこまでだった。

讃岐坊の首ががくりと落ちた。

盛春は絶命した讃岐坊をそのまま林の中に引きずり込むと、うつぶせにし肝の臓を引きずり出してかぶりついた。

肝の臓を喰い終わると、讃岐坊の体を引きちぎりながら、血をすすり肉と骨までバリバリと喰らいつくす。

小腸はまるで蕎麦をすするかのように、ズルズルと吸い込んだ。


暫くして林から出て来た盛春は、周囲の気配を探るように見渡した後、闇に沈む館の中に消えていった。


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